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1943ローマ降下戦40

 減口径器とは、砲口に取り付けて発射された砲弾の直径を文字通り減少させる特殊な器具だった。元々は東欧から英国に亡命した技師が英国陸軍の2ポンド砲用に開発したものであるらしい。

 英国軍の2ポンド砲は直径40ミリの砲弾を使用するから、概ね日本軍の37ミリ砲と同等の砲だった。一部の四三式軽戦車に搭載された減口径器はこの40ミリの2ポンド砲用のものを37ミリ砲用に改設計したものだと奥山大尉は聞いていた。


 このような減口径器を採用しているのは日英だけだったが、同様の原理を用いる兵器はドイツ軍にも存在しているらしかった。この技術は開戦以前から各国で研究されたものだったからだ。

 減口径器、あるいはドイツ軍で幾つか採用されている減口径砲の原理はある意味で単純なものだった。その目的は、同等口径の従来火砲よりも格段に高初速の砲弾を発射することにあった。



 通常、発砲直後の砲弾は薬莢内部に充填された装薬の燃焼によって生じた加圧によって、砲身内で実際に目標まで飛翔する弾頭部を加速させることになるが、弾頭が受けるエネルギー量は、当然のことながら装薬の燃焼によって生じるエネルギーを上回ることはなかった。

 装薬の燃焼によって生じるエネルギーを最大限回収するため、弾頭が加圧される時間を延長するために砲身を延長させたり、薬莢に装填される装薬量の増大や燃焼時間を調整させられる装薬形状、種類の変更などが以前から試みられていた。

 減口径砲もその一環であると言えた。ただし、減口径砲では通常形状の砲に比べて砲身や砲口にも変更があるものの、最大の変更点は弾頭、特に弾頭底部にあると言ってよかった。


 減口径砲の砲身、あるいは減口径器は砲身底部と比べて絞られた形状になっていた。発射された弾頭は装薬の爆発によって加速されながら砲口から飛び出すときはその絞り込む形状によって一回り細めに変形させられていた。

 つまり、発砲直後は砲身底部と同じ断面積によって加圧されるものの、砲口から飛び出して飛翔する時には一回り小さくなるから、着弾時の砲弾形状と比べて一回り大きな砲から打ち出されたのと同じエネルギー量を与えられたのと同じことになる。

 これによって同等の砲口直径を持つ通常構造の砲と比べて格段に高初速を得るのが減口径砲の利点となっていた。



 だが、減口径砲には欠点も少なくなかった。膨大な加圧によって変形される弾頭底部の外縁部分には安価な金属を利用できるが、中心部は弾頭重量を稼ぐためにも密度や硬度の高いタングステンなどの特殊で高価な金属を使用せざるを得なかった。

 また、そのような弾頭は砲身内で変形するために内部に炸薬を充填させる榴弾とすることはできなかった。

 特殊な形状の榴弾をドイツ軍では開発しているらしいが、初速が大して必要ない榴弾を減口径砲で使用したとしても、砲口を出る時にはひと回り小さな口径にしかならないから砲身などの規模と比べて炸薬量は少なく、効率は悪いはずだった。


 今次大戦において、対戦車戦闘を重視して榴弾を搭載せずに徹甲弾のみ搭載していた英国歩兵戦車隊が、北アフリカで地形を活用して隠蔽されていた対戦車砲との交戦で苦戦したという戦例があったが、減口径砲も同様に対戦車砲に特化したことで汎用性を失ってしまったのではないか。

 というよりも、結局高初速を極めた減口径砲は、大口径砲を使用できない何らかの限定的な状況でのみ有用な歪な技術体系に過ぎないのだろう。



 減口径器の優位性は限定的なものに過ぎなかった。単に大威力を求めるのであれば、より大口径の砲を搭載したほうが手っ取り早かったからだ。

 実際、英国陸軍のクロムウェル巡航戦車やチャーチル歩兵戦車は型式が更新される度に備砲の口径拡大が行われていた。


 それに大口径砲であれば榴弾と共に高初速の特殊な徹甲弾を発射することも可能だった。原理的には、従来の徹甲弾よりも高速を得るという点では減口径器に通じるものがあったのだが、最近では硬芯徹甲弾の使用例が増えていた。

 高密度の弾芯を利用するのは減口径器用の砲弾と一緒だったが、硬芯徹甲弾は弾芯の周囲に密度の低い軽量合金を配置することで弾体全体の重量を削減して、その分だけ高初速で発射する事が可能だった。

 この硬芯徹甲弾であれば、従来型構造の徹甲弾よりも高速で着弾するために貫通距離は拡大される一方で、弾体そのものは発砲時に変形することはないから、減口径器のように弾頭の変形によって内部が摩耗しやすい特異な形状の砲身とする必要は無かった。



 もっとも、硬芯徹甲弾の一両当たりの搭載数はそれほど多くはなかった。

 敵戦車でも最新型の重装甲のものでなければ通常の徹甲弾でも威力は十分なこと、実戦においては意外なほど榴弾の使用率が高いことなど幾つか理由もあったし、三式中戦車装備部隊では長砲身75ミリ砲装備型と短砲身型装備型で比率も変わっていた。


 だが、硬芯徹甲弾の搭載数が少ない最大の理由は、砲弾の生産数が少ない事にあった。

 本国周辺領域以外に勢力圏を持たない枢軸側に対して、国際連盟側はアジア圏植民地などの資源地帯の他に、生産能力の高い日本本土などの安全な後方策源地を有していた。

 しかし、採掘量が少なく、また加工も難しいタングステンは切削用工具などにも必要だったから、徹甲弾の生産量はそれほど多くは出来なかったのだ。



 もちろん、減口径器は硬芯徹甲弾よりも砲弾の生産体制に関する状況は悪かった。比率云々以前に減口径器を搭載した砲からは貴重なタングステンを多用した特殊な徹甲弾しか使用できなくなっていたからだ。

 結局、減口径器は無理をしてでも軽戦車で対戦車能力を確保しなければならない挺身戦車隊のような部隊以外では運用が難しかったのだ。


 威力偵察などに使用される捜索連隊などに配属される通常の軽戦車隊であれば減口径器で無理に貫通能力だけを追い求める必要はなかった。

 威力偵察では榴弾を用いて敵野戦陣地に襲撃をかける場合も少なくないし、自車では処理できない強力な敵戦車と遭遇したのであれば後退して友軍の主力戦車部隊に応援を求めればいいだけだったからだ。


 また挺進戦車隊の四三式軽戦車も、全車に汎用性に欠ける減口径器を搭載するわけには行かなかった。確か一個小隊で一両程度の装備数だったはずだ。

 どうやら着陸に失敗して遺棄されていた滑空機はたまたまその減口径器を装着した車両を搭載していたらしい。


 榴弾の発射能力が無くなってしまった一方で、減口径器の搭載で高初速化された砲弾の威力は大きかった。元搭載砲の規模や砲弾の形状にもよるが、減口径器では五割増し程度の貫通距離向上が見られるらしいと奥山大尉は聞いていた。

 そうであれば、この距離から四号戦車を撃破するのも不可能ではなかった。もっとも、それは今のように奇襲が成立すればという前提条件があった。



 一時は二両の四号戦車の撃破に沸き立った陣地内が次第に静まり返っていた。理由は明らかだった。辻井中佐が乗り込んだ、というよりもしがみついている四三式軽戦車が最初の発砲以後はひたすら逃げ回っていたからだ。

 反撃のために停止することは出来そうもなかった。優勢な敵戦車が絶え間なく発砲を続けていたからだ。ここは逃げの一手を撃つ他無かった。

 四三式軽戦車は確かに減口径器によって火力は向上していたが、防護力は貧弱なままだった。1発でも被弾すれば、徹甲弾の直撃ではなく榴弾であっても致命的な損害を被るのではないのか。


 しかも、回避行動にも限度があった。動きの読まれやすい直進を続けるのは危険だったから、四三式軽戦車は複雑な機動を続けていたが、微妙な操作を強いられる操縦士にはかなりの疲労が蓄積されているはずだった。

 それに、四三式軽戦車は原型である二式軽戦車と比べて補機類の能力が貧弱だったから、自重の軽さから何とか誤魔化しているものの、長時間断続的な加減速を続ければ機関が過加熱などから故障する可能性もあるのではないか。


 今は逃げ続けている四三式軽戦車も、いずれは敵戦車の火線の前に絡め取られるようにして撃破されてしまうはずだった。ただ平地が広がるだけの飛行場周辺はある意味で逃げ場所がない空間だったからだ。

 仮に逃げに逃げ続けることが出来たとしても、それは戦線からの離脱を意味するはずだった。



 ―――結局は辻井中佐も賽の河原で石を積み続ける子供の一人に過ぎなかった、ということか。

 そう考えながらも、奥山大尉は奇妙な安心感を覚えていた。いくらなんでも、あの辻井中佐が鬼どもを追い払う地蔵菩薩様だとは考えたくなかったのだが、大尉自身はそのことにまだ気が付いていなかった。


 奇妙な声が上がったのは、そうして嵩にかかって砲撃を続ける四号戦車から、相変わらず危なっかしい姿勢で辻井中佐がしがみついたままの四三式軽戦車が回避を続けていた頃だった。

 兵の一人がいきなり声を上げたのだ。


 その兵が見ていたのは四三式軽戦車の方ではなかった。正確ではないが、発砲を繰り返す四号戦車の方を見つめていたようだった。あるいは蛇に睨まれた蛙のように、四三式軽戦車を射撃しながらも着実にこちらに向かってくる四号戦車から視線をそらすことができなかっただけかもしれない。

 だが、結果的にその機影に最初に気が付いたのはその兵だった。


 機影が見える。兵がそういった時、奥山大尉が考えたのは敵機の襲来だった。ドイツ軍が戦車部隊を含む有力な地上部隊を援護するために急降下爆撃機なども持ち出してきたのではないか、そう考えたのだ。

 敵部隊はドイツ軍では空軍に所属するという降下猟兵師団だというから、空軍部隊との連絡も取りやすいのではないか、そういう考えもあった。



 しかし、最初にその機影を見つけた兵以外にも何人かが騒ぎ始めた頃になると、奥山大尉も妙なことに気が付いていた。その機体の進行方向がこの陣地ではなく、四号戦車の部隊に向かっていたからだ。

 誤爆ではないとすれば、友軍機の来援と見てよいのではないか。


 同時に奥山大尉は首を傾げていた。友軍機が到着するには状況が符合しないような気がしていたからだ。

 友軍の前線で最も近いのはシチリア島からメッシーナ海峡を越えてイタリア半島のつま先の部分であるカラブリア州に上陸した部隊のはずだが、そこからローマまでは少なくとも500キロ程度は距離があるはずだった。

 距離だけを見れば、比較的航続距離の短い陸軍機でも増槽を装備すれば戦闘行動半径に入らないことも無いはずだが、シチリア島とローマ間を最短距離で飛べば大半が洋上飛行となるはずだし、そもそも友軍前線とローマの間には有力なドイツ空軍部隊も展開しているはずだった。

 航法能力や航続距離に優れる重爆撃機などの大型機でもない限りは洋上を大迂回してローマ上空に姿を表すのは無理があるのではないか。だが、機影を見る限りではその機体が軽快な単発単座機であることは明らかだった。


 空母から発艦した機体が洋上から接近したのではないか。その可能性も考えたが奥山大尉はすぐに否定していた。事前の説明では今日の午後遅くにならない限り友軍艦隊からの航空戦力は期待できないと聞いていたのだ。

 こちらも無理をすればローマまで部隊を派遣できる可能性はあったが、航続距離はともかく、危険な夜間着艦の可能性が高くなるから実際には難しいらしい。



 ではあの機影は何処の所属のものなのか、奥山大尉は首を傾げていた。よく見るとその後方にも何機かまとまった数が接近しつつあったから、単機で飛来した偵察機などではないことは明らかだった。

 だが、次の瞬間奥山大尉は絶句していた。今まで太陽光の加減などでその機影の塗装色などはわからなかったのだが、四号戦車に向けて唐突に射撃を行ったことで、発射口を眩く照らし出す閃光が表れていた。


 その閃光は機体の前方に満遍なく表れているように見えていた。水冷エンジンを搭載した鋭い機首形状は明らかだったが、少なくともエンジン配置などの都合上から主翼に銃兵装を集約させた三式戦闘機やスピットファイアである可能性は無かった。

 機首からも閃光が見えたから、その点ではエンジンを胴体中央部に移設して翼面に加えて機首にも大口径機関砲を装備した三式襲撃機に似ていなくもなかったが、同機には機首上部には機銃は装備されていなかった。


 むしろ、そのような配置は枢軸軍のBf109などに類似していたのだが、奥山大尉にとっての最大の問題はそこではなかった。大尉も海軍や英国軍などの日本陸軍以外の国際連盟軍に参加する他軍の運用機種については詳しくなかったからだ。

 それよりも、発砲炎によって照らし出された機体色の方が異様だったのだ。


 ―――よくわからんが、あんなに軽薄な真っ赤に塗った機体が友軍機にあったかな……

 戦場で見るには異様なほど鮮やかな紅い機体を唖然として見上げている奥山大尉達の目の前で、集中した射撃をエンジン上部に受けて四号戦車が次々と炎上していった。

四三式軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/43tkl.html

クロムウェル巡航戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cromwellcruisertank.html

三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03tkm.html

三式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hf1.html

三式襲撃機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3af.html

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