1943ローマ降下戦39
妙にくぐもってはいたものの、エンジン音自体は聞き慣れたものだった。というよりも、先程まで聞こえていたものと同じものだった。
塹壕に潜む兵士たちの息遣いや、接近する四号戦車が上げるエンジン音や履帯が地面を叩く轟音などに混じってしまって判然とはしなかったが、その音を聞いたのは奥山大尉だけではなかった。
怪訝そうな顔で周囲のものと顔を見合わせている兵士は一人や二人ではなかったのだ。
そのエンジン音は四三式軽戦車のものだった。エンジン本体は同車の原型となった二式軽戦車に搭載されていたものと同一のものだったが、更にその原型を辿れば旧式化した九五式軽戦車に搭載されたものにたどり着くものだった。
機動戦用の戦車として、それ以前に日本陸軍で制式化されていた八九式中戦車よりも格段に高い高速性能を要求された九五式軽戦車は、燃費は良好なものの重量出力比に劣る従来型のディーゼルエンジンの搭載を断念して、より高出力のガソリンエンジンを搭載していた。
さらに言えばそのエンジンは元々航空機用のものを再設計したらしいから、技術的には九五式軽戦車よりもさらに遡ることになる。
ただし、実際に二式軽戦車に搭載されたエンジンが旧式化したものとは言い切れなかった。エンジン本体の主要寸法や形状に大きな変化は無かったものの、機関関係の技術発展に伴って過給器や燃料供給系統などの各種補機は最新のものに切り替わっていたからだ。
エンジン本体の製造工程も信頼性向上や工場の設備更新などで変更されているというから、実質上は直径や行程といった主要な要目だけが同一なだけで全く別のエンジンだとも言えた。
だが、二式軽戦車に搭載されたものと四三式軽戦車に搭載されたエンジンにはさらに違いがあった。エンジン本体の基本的な構造は同一のものであったのだが、付随する補機は軽量化されたものが搭載されているらしかった。
実際には搭載された補機は軽量化というよりも、簡素化と言ったほうが良いものであったらしい。挺進戦車隊の随伴部隊として特に指定されていた第4中隊を率いる奥山大尉は、挺進戦車隊の段列で整備を担当する下士官からそのようなことを聞いていた。
従来型よりも軽量であるかどうかが各種部品の選択基準だったというから、それも無理はなかった。軽量であるのはいいが、簡素化によって本質的な性能が低下したり、ポンプや配管などは消耗による部品交換の頻度が大幅に増してしまったものも少なくないらしい。
簡素化されたのは機関室に内蔵される補機類ばかりではなかった。機関室上部側面に備えられた排気管も消音効果の低いものが搭載されていた。
吸気ファンも性能が低下していたから、吸排気系統の性能低下などによって実質上のエンジン出力は二式軽戦車搭載のものと比べて数十馬力は低下しているという話もあった。
だが、それ以上に消音器の簡素化によってエンジン音の音質が変化してしまった効果のほうが大きかった。そのせいで四三式軽戦車は静粛性が低下するとともに、独特の甲高いエンジン音になっていたからだ。
今聞こえてきたのは、その甲高い四三式軽戦車のものと判断してほぼ間違いなかった。だが、状況はよく分からなかった。エンジン音が聞こえてきた辺りは、着陸に失敗した滑空機の残骸が集められて転がっている辺りだった。
別に滑空機を再生するためや滑走路を空けるためではなかった。単に陣地を構築する際に不足しがちな資材に滑空機の残骸を転用しようとして空き地に集積していただけのことだった。
だが、明らかにエンジン音はその残骸の中から聞こえてきていた。奥山大尉は目を凝らしながら残骸の群れを観察していたが、一点で視線が停止していた。
それは比較的原型を保った滑空機の残骸だった。主翼がもがれていたから、再生不可の単なる残骸と判断されたのだろうが、顕著な切欠き傷などはあるものの、貨物室が設けられている胴体中央部は概ね原型を保っているといってよかった。
ただし、胴体前半の操縦席は完全に崩壊していた。おそらく、着陸時に前方にあった障害物を避けられずに、操縦席のある機首から激突してしまったのだろう。
その際にさらに胴体が傾いて主翼が地面と接触、破損してしまったのではないか。
あの操縦席の損害の様子からして、機首に配置されている操縦士や機関士は即死だったはずだ。その後半の胴体もかなり揺さぶられていたはずだから、同乗者も負傷したか、運が悪ければ衝撃で首の骨を折って戦死したものもあったのではないか。
一見すると、その滑空機が全損扱いされていても不自然のない状況だった。
だが、奥山大尉の見る限りでは貨物室の被害はそれほど大きくはなさそうだった。乗員は戦死したとしても、荷物が頑丈に固縛されていたのであれば使用可能な状態にある可能性はあるのではないか。
―――はて……あの滑空機に詰め込まれていたのは何だったかな……
奥山大尉は、滑空機に残された識別番号を読み取ろうとしながらそう考えていたのだが、大尉が記憶した内容を思い出すよりも早く、エンジン音が一挙に高まっていた。
次の瞬間、破損した滑空機の残骸にあった亀裂をえぐり出すように、勢い良く内部から開かれていた。
唖然とする挺進集団の将兵たちの目の前で、滑空機の拡げられた残骸の亀裂から一両の四三式軽戦車が走り出していた。
奥山大尉は、唐突に出現した四三式軽戦車に呆けながらも、無謀だと感じていた。先程、小隊規模の同車が一斉に接近機動を取ろうとしたところで碌な損害を四号戦車に与えられずに、次々と一方的に打ち据えられてしまったのを目撃したからだった。
小隊規模で出来なかったことがわずか一両で可能とは思えなかったのだ。
だが、奥山大尉の懸念を他所に、四三式軽戦車は勢い良く滑空機の残骸の群れから躍り出ると四号戦車の正面で停車していた。
よく見ると、その四三式軽戦車の砲塔は真っ直ぐに四号戦車の群れを指向していた。停止した状態で正確な射撃を行うために停車しただけなのだろう。
奥山大尉の目には、その四三式軽戦車が動揺を押し殺して射撃を行うまで、永遠の時間が過ぎたような気がしていた。
実際にはそれほど長い時間ではなかったはずだった。そんなに長時間停車していれば、いくら唐突に出現した四三式軽戦車に動揺していたとしても、四号戦車からも射撃が飛んでいただろうからだ。
そのような奥山大尉達の焦燥を他所に、無造作に四三式軽戦車は発砲していた。
しかし、奥山大尉は違和感を感じていた。先程まで連続して発砲していた他の四三式軽戦車と比べて妙に射撃音が甲高かったような気がしていたのだ。
もっとも、奥山大尉の違和感は発砲音だけではなかった。よく見ると、四三式軽戦車の砲塔の後ろ側に人間大の何かが付着しているような気がしていたのだ。それが赤白い発砲炎と衝撃に煽られて、端部をはためかせていたのだ。
―――あれは軍服……か、だとすると本当に誰かが砲塔にしがみついているのか……
唖然としながら奥山大尉は四三式軽戦車の様子を見つめていた。その直後に弾着があった。
先程まで滑空機の残骸の中にいて、そこから飛び出した直後の射撃だったにも関わらず照準は正確なものだった。おそらく残骸の中で四三式軽戦車の修復と調整を行いながら、乗員は次々と被弾する僚車に歯噛みしながらも亀裂の隙間などから接近する四号戦車の様子を十分に観察していたのだろう。
砲弾が命中したのは、先程別の四三式軽戦車からの射撃を受けて、追加装甲を吹き飛ばされて本体の装甲を露出させていた四号戦車だった。砲塔に鋭い閃光が発生していたのだ。
明らかに命中弾があったにも関わらず挺進集団の将兵たちからは感嘆するような声は上がらなかった。先程の戦闘で四三式軽戦車の射撃が無残な結果になってしまったのを目撃していたからだ。
今度も四号戦車の重装甲を貫通出来ずに終わるのではないのか、将兵たちはそう感じていたようだった。
だが、命中弾があって数秒後、奥山大尉達は再度唖然とすることとなった。いきなり四号戦車が停止すると、慌てふためいてドイツ軍の戦車兵達が飛び出して来たからだ。
ドイツ兵達が慌てているのはこの距離からでもすぐに分かっていた。それほど彼らの動作は大ぶりなものだった。
もしかすると、追加装甲は当初の予想以上に分厚く、四号戦車はその追加分を失ったことで脆弱となったのかもしれない。一瞬そう考えたのだが、すぐに奥山大尉は首をふることとなった。
命中した四号戦車の反応を確かめるよりも早く、照準の微調整をおこなったその四三式軽戦車が次弾を放っていたからだ。
二発目の発射はその戦車にとっても賭けだったはずだ。運が悪ければ素早く反応した四号戦車による反撃を受けたかもしれなかったからだ。だが、予想外の位置から出現した敵戦車の存在に混乱していたのか、四号戦車による反撃は遅れていた。
それに、よくわからないが砲塔後部にしがみついた人間が、砲塔内の車長をせっついていたような気がしていた。
その頃になると、奥山大尉は砲塔にしがみついた人間の見当がつくようになっていた。あれはしばらく姿を消していた辻井中佐ではないか。
おそらく中佐は運良く残骸の中から使用できそうな四三式軽戦車を見つけて、自車を着陸事故で失って四散した乗員をかき集めて密かに準備をさせていたのだろう。あるいは準備を始めたところで戦闘が開始されてしまったものだから、そこから出るに出られなくなってしまったのではないのか。
だが、回収作業を無断で行っていたのはともかく、辻井中佐が一戦車の指揮をとるのは無茶苦茶だった。本来中佐は挺進戦車隊を隷下に置く挺進集団ではなく、上級司令部である遣欧方面軍付の参謀だったからだ。
それに前線視察の名目でしかないのだから、参謀である辻井中佐には指揮権どころか作戦指導の権限すらなかったのではないか。
もっとも、挺進戦車隊に配属されていたのは機甲科の将兵だったから、機甲科設立当時から高い政治力を発揮していた辻井中佐に逆らえるものはいなかったのかもしれなかった。
しかし辻井中佐がどれだけ急かしても、同地点で発砲できるのは二発が限界だった。二発目の行き先も確認せずに、砲塔にしがみついたままの中佐を振り落とす勢いで四三式軽戦車は急発進していた。
それに遅れて四号戦車の反撃による射弾がまばらに着弾していたが、着弾点はいずれも急発進した四三式軽戦車の位置からは遠くはなれていたから、大地を掘り返すだけで終わっていた。
その四三式軽戦車の二射目が着弾したのはその直後だった。今度も命中弾だった。事前の入念な確認があったとしても、射撃精度は恐ろしく高かった。
砲手がかなりの手練なのは間違いなかった。それに初弾発砲から次弾までの間隔はごく短いものだった。照準を行う砲手はもちろん、装填手も膂力に優れた選りすぐりのものが乗車しているのではないのか。
あるいは、降下時に機材を損失してしまった戦車兵は少なくなかったから、辻井中佐が特に優れた技量の兵ばかりを選出して乗せたのではないのか。
経緯はともかく、また命中弾があったのは確かだった。
今度は先程撃破されたものよりも派手だった。閃光と共に追加装甲が派手に吹き飛ばされたところまでは同じだった。
だから挺進集団の将兵も先程と同じく本体には砲弾が届かなかったのだと思ったのか、命中弾そのものには関心を示したものの、その効果には懐疑的だった。
その後の反応もそのようなものを伺わせるものだった。四三式軽戦車が勢い良く走り回って敵弾を回避し続けている間も、被弾した四号戦車は本体装甲を露出させながらも、数秒間は何事もなかったかのように前進を続けていたからだ。
だが、それも長くは続かなかった。唐突に状況が変化していた。被弾した四号戦車がつんのめるように不自然に停車したかとおもうと、次の瞬間に砲塔、車体、全ての開口部から爆炎を拭き上げていたからだ。
奥山大尉達は唖然としながらその様子を見つめていた。状況は明らかだった。砲塔正面から命中した四三式軽戦車の射弾は、追加装甲ごと砲塔の装甲を貫通していた。
しかも、貫通後も弾体は十分な運動量を残していたのだろう。それが敵戦車砲塔内の即応弾にでも命中して誘爆を起こしたのではないのか。
搭載砲弾の誘爆で生じた爆圧は大きかった。ドイツ軍では装薬だけではなく、徹甲弾でも内部に装薬を持つ徹甲榴弾だったから爆発物は多かったのだ。それが一斉に爆発したのだとすれば、車内で生じた膨大な爆圧が逃げ場を求めて開口部の扉全てを吹き飛ばしたとしても不思議ではなかった。
唐突に、奥山大尉は記憶が繋がった不思議な感覚を覚えていた。不時着した滑空機の識別番号から搭載物の詳細を思い出していたのだ。
あの四三式軽戦車は、これまで撃破された僚車とは違って、特殊な減口径器を砲口に据え付けた対戦車戦闘専用車両のはずだった。
四三式軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。
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