1943ローマ降下戦38
最初に視界に入ってきたのは予想通り四号戦車だった。
シチリア島での戦闘では重量級ながら主力戦車である中戦車に該当すると思われる新型戦車が確認されていたが、製造開始から間もないせいか、あるいは重量級の贅沢な車体故に生産効率が悪いのか、ドイツ軍の数上の主力は生産体制の上でもこの四号戦車であるらしい。
もっとも、出現した四号戦車は北アフリカ戦線から確認された主砲を長砲身のものに換装した型のようだったが、全体的な形状は異なっていた。
奥山大尉は、最初は識別表と実物の形状の違いから、四号戦車とは全く別の戦車かと判断しかけたのだが、実際には追加された装甲のせいでこれまでの型式とは全く異なる形状に見えてしまっていたらしい。
そこまで形状が大きく変わるのであれば、全くの新型戦車としたほうが抜本的な改良を図れるのではないのか、奥山大尉はそう考えたのだが、実際には追加された装甲はごく薄いものでしかないらしい。
撃破した車両を確認した所、追加された装甲板は硬度はそれなりに高かったものの、厚みは10ミリを切る程度でしか無かったという話だった。それでも従来の装甲を覆うように薄板を配置したために砲塔などの形状が大きく変わって見えてしまっているらしい。
特に側面からでは距離や角度によっては重戦車である虎戦車と誤認する場合もあるようだった。あるいは、ドイツ軍がそのような効果を追求したために現在のような増加装甲の形状となった可能性も否定できなかった。
これまでもドイツ軍の戦車で暫定的な改良が行われた場合、従来の装甲板の上に新たな装甲板を増設することがあった。
理論的には同厚であれば防弾鋼板を重ねるよりも一枚板であるほうが耐弾性は向上するはずだったが、既存の生産体制を流用する為か、あるいは戦車全体ではなく装甲板そのものの製造工程の都合などから従来のものに追加装甲を施される場合も少なくないようだった。
それだけドイツ軍の戦車は戦訓を反映した細かな改良が多いということなのだろうが、そのような場合は追加される装甲板は従来のものの上に密着して取り付けられていたから、今回の増設とは思想からして異なっていた。
追加された装甲板の硬度が高いという情報からすると、もしかするとこの追加装甲は弾頭の破砕効果を狙ったものかもしれなかった。
砲弾の弾頭形状は装甲板に対して食いついて貫通するために、各国軍とも効率の良い形状を研究していたが、表面焼入れなどの手法で装甲板の一部を硬質化した場合は靭性が低下して脆くはなるものの、その表面の硬化層で弾頭先端部を変形させて侵徹を防ぐことができた。
戦艦などの大型戦闘艦の場合は、さらに推し進めて主装甲板を艦体の内部に配置して多重装甲とでも言うべき装甲配置を行っているものもあるらしい。
四号戦車が戦車砲弾を被弾する確率の高い正面だけではなく、側面にまで追加装甲で覆われているのは重量対策からしても不可解だったが、硬度が高くとも薄板だから追加された装甲は軽量に仕上がっているのではないか。
いずれにせよ、出現した四号戦車は実戦を反映して着実に強化が図られているはずだった。初期生産型の制式開始年度だけを見れば相当に旧式化していたはずだが、それだけに当該車両を知り尽くした将兵も少なくないのではないのか。
勿論、ドイツ軍が戦車を単独で投入したわけではなかった。四号戦車の後方には、戦車の分厚い装甲を盾にするように歩兵部隊が随伴していた。もっともも、彼らは単に戦車を盾にしているだけではないはずだ。
視程の長い平地での行軍であるためにそう見えるが、実際には彼らも敵歩兵や対戦車砲の早期発見、制圧を分担しているはずだ。その代わりに戦車は火力と装甲を提供しているというわけだった。
このように戦車部隊と歩兵部隊が密接に協同を行っている場合、両部隊の分離を図るのが常識的な考えだった。
重装甲と重火力を併せ持つ戦車だったが、その重装甲が仇となって車内からの視界は悪かった。その為に意外なほど戦車は近接戦闘に巻き込まれると脆く、最近になって各国軍で有効射程は短いながら大火力の噴進砲や無反動砲の配備が進み始めるとその傾向は大きくなっていった。
そのような対戦車部隊の脅威を排除して、戦車の火力を最大限発揮させるのが随伴する歩兵部隊の役割だったから、効率よく戦車部隊を撃破するには防御側は歩兵部隊をまず戦車から引き剥がさなければならなかったのだ。
歩戦分離を図るにはいくつかやり方があった。一般的には速射性の高い機関銃などの対人火器で制圧を実施することだった。この場合、歩兵部隊はその場に釘付けとなるものの、戦車はその重装甲があるものだから前進を継続し、結果的に戦車だけが単独で進出することになった。
あるいは、火器に頼らずに人工、自然を問わずに地形を利用する場合もあった。狭隘で戦車が進出できない進出路を強制したり、もっと積極的に対戦車壕を構築することで、逆に歩兵部隊のみを突出させるのだ。
だが、今回の場合はどちらも不可能だった。
飛行場周辺の平坦な地形に対しては自部隊を掩蔽するだけの陣地を構築するのが精一杯で、戦車の進出路を制限できるほどの大規模な土木工事を行うだけの工数はなかったし、挺進集団が持ち込んだ軽機関銃は軽量で運用は容易だったものの継続射撃能力などはそれほど高くは無かった。
それに軽機関銃の使用弾薬は九九式自動小銃と共通化された7.7ミリの小銃弾だったから、重機関銃などと比べると弾頭重量は軽く射程も短かった。
それ以前に頑丈な三脚で地上に固定して、適度な散布界と山なりの弾道を用いて遠距離で制圧射撃を行う重機関銃と、分隊を支援するために小銃の射程で直射で火力制圧を行う軽機関銃では同様に運用するのは難しかったのだ。
おそらく、そのような事情は先程交戦した降下猟兵師団には察知されていたようだった。
それに周囲は機動旅団麾下の特殊戦部隊が索敵と警戒にあたっていたが、飛行場周辺は視界が開けていたから相当遠距離からでもこちらの陣地構築作業や残存する重火器の配置なども確認できていたのではないか。
侵攻してくるドイツ軍は慎重だった。歩兵は戦車部隊の火力発揮を邪魔することなく、同時に援護が可能な距離や配置を保っていた。逆に戦車も機動力を無意味に発揮して突出したりせずに、歩兵部隊の直前を低速で進んでいた。
地形からして伏兵の存在は無視できるからそのような行動が可能だったのだろう。
最初に狙われたのは挺進戦車隊だった。速射砲の大半が失われた今では、挺進集団にとって火力の要となってしまった四三式軽戦車は、それまでに掩体壕に入っていた。
だが、構築された戦車用掩体壕は中途半端なものでしかなかった。
本来は戦車用掩体壕は脆弱な車体を隠蔽して、砲塔のみを露出した状態で防御戦闘を行うためのものだったが、日本軍の軽戦車は比較的背が高く、陣地構築作業中に牽引車としてこき使われながら、中戦車並の車体高を隠せるだけの掩体壕を構築し切ることはできなかった。
そのせいで四三式軽戦車の何両かは車体上部まで敵前にさらしている状態だった。
その一方で、四三式軽戦車は挺進集団に配属されるために、原型である二式軽戦車から空輸を前提とした徹底した軽量化が行われていたが、その改設計によって全周視界を有する司令塔も廃止されていた。
砲塔上部から突出させた塔状構造物の全周に視察口を設けた司令塔は、車長が安全な車内から周囲を監視するものだった。四三式軽戦車はそれが軽量な潜望鏡方式に変更されていた。
潜望鏡も一応は全周視界があるが、全周の観察には主動での旋回作業が必要だからある程度の時間が掛かるし、視界が狭く感覚的にも即座に判断するのは難しいらしい。
中途半端な深さで水平も完全には確保されていない戦車用掩体壕の中に入った四三式軽戦車の車長達は、相当に難しい判断を強いられたのではないのか。
掩体壕に入ったことで、逆に身動きのできなくなった四三式軽戦車に対して、遠距離から四号戦車の主砲が次々と放たれていた。遠距離にもかかわらず被弾した四三式軽戦車は次々と装甲を破砕されて撃破されていった。
原型である二式軽戦車自体が、戦車連隊で使用される主力戦車ではなく、旧式化した九五式軽戦車の代替として捜索連隊に配属される偵察車両や砲兵機材を搭載する観測車の原型として開発されたものであるために、装甲はごく薄いものでしかなかった。
軽量化された四三式軽戦車では装甲はさらに薄くなっていたから、四号戦車が装備する長砲身の75ミリ砲に最も装甲の厚いはずの砲塔前面でも対抗できないようだった。
勿論、挺進戦車隊も黙ってやられている訳ではなかった。位置が暴露されたと判断した時点で、中途半端な偽装を解いて反撃に移った車両は少なくなかった。
だが、千メートルを超える遠距離での砲撃戦は、偵察用の補助戦車を原型とする四三式軽戦車には荷が重かった。命中弾が無いわけではなかった。不利な条件を跳ね返して次々と彼方の四号戦車に命中弾を与えた四三式軽戦車もあったほどだった。
四号戦車の中には、被弾して鈍く赤白い閃光を放った瞬間に破片を撒き散らしたものもあった。その派手な様子に塹壕で戦車戦闘を見守っていた挺進集団の兵士達からも押し殺したような歓声が上がったのだが、その声もすぐに落胆したものに変わっていた。
被弾して破片を撒き散らしたはずの四号戦車は、一瞬その場に立ち止まったものの、すぐに前進を再開していたからだった。四三式軽戦車から放たれた砲弾が命中した砲塔周囲の外観は被弾前と一変していたが、その様子は識別表で見慣れた北アフリカ戦線までの四号戦車に類似したものだった。
おそらく命中した37ミリ砲弾は、奥山大尉が予想したとおりに硬質化した薄板の追加装甲を粉々に打ち砕いたものの、内部の主装甲に損害を与えるには至らなかったのだろう。
この距離の37ミリ級戦車砲弾の貫通力は、最新の徹甲弾でも50ミリを超えることはなかった。最近の強化された中戦車の正面装甲は、最低でも傾斜した50ミリ程度はあったから、四三式軽戦車の主砲で四号戦車の装甲を貫通させるのは難しかったのだ。
被弾した様子が派手なものだっただけに、挺進集団の兵士たちの期待は大きかった。その分何事も無かったかのように前進を再開した四号戦車が彼らに与えた影響は大きかった。
声には出さないが、兵士たちが浮足立ってきたのを奥山大尉は敏感に感じ取っていた。このまま不利な戦闘が続けば、塹壕に隠蔽された状態で敵戦車を引きつけて近接戦闘に巻き込むという当初の作戦も破綻してしまうのではないのか。
いらだちを覚えながら、奥山大尉は挺身戦車隊が陣取る掩体壕の方に振り返っていた。
このまま四三式軽戦車が四号戦車に対して効果のない射撃を継続するのは意味がなかった。それくらいならば、むしろ目標を戦車から歩兵に切り替えて欲しかった。
十分な数の歩兵部隊さえいなければ、近接戦闘で後方に回り込んでエンジンを破壊するなどのやり方で戦車を撃破することも不可能ではないのだ。
それが、彼らを四号戦車に対して無防備な態勢で、自分たちの最終的な勝利のために犠牲になれと言っているのと同じことだとは奥山大尉は気が付いていなかった。
だが、奥山大尉達が何かを言うよりも早く、挺身戦車隊の四三式軽戦車は行動を開始してしまっていた。その時点で残存した戦車は1個小隊にも満たない数だった。
その数少なくなってしまった戦車が、機動を開始しようとしていた。示し合わせたかのように一斉に排気管からから勢い良く白煙を吐き出すと、掩体壕から一挙に抜け出そうとしていた。
この距離では四号戦車の重装甲を貫けないのが明らかだったから、おそらく各車の車長は自車の小口径砲が通用する所まで一気に距離を詰めるつもりだったのだろう。
だが、それは無謀な試みだった。全中隊が揃って一斉に機動を行えば幾らかは接近できたかもしれないが、備砲の性能差を考えれば相当近距離で撃ち込まなければ貫通は難しいのではないのか。
むしろ装甲の薄い側面や後方に回り込むことを前提としたほうが良さそうだった。
勿論、ドイツ軍の歴戦の戦車兵が掩体壕から支援砲火も無しに軽戦車単独で飛び出すような稚拙な判断を見逃すはずもなかった。
四三式軽戦車の機動開始は、結局は彼らの撃破を早めることにしかならなかった。
軽量化の際に補機が簡略化された結果、四三式軽戦車が搭載するエンジンの馬力は低下しており、加速度は軽量化にも関わらずむしろ低下している傾向があった。
だから掩体壕から抜け出して、二式軽戦車が最高速度に達して複雑な機動を開始する前に、次々と狙いすました射撃が彼らを襲っていたのだ。
あるものは前進しようとしたところを正面から命中した砲弾によって押しとどめられたように擱座し、もっと運の悪いものは急造の掩体壕から抜け出す為に不用意に傾斜路を後進して晒した無防備な車体上面を撃ち抜かれていた。
戦車隊が全滅したことで、挺進集団を絶望が襲っていた。これまではたとえ無力な射撃しか行えなかったとしても、戦車隊が盾となってくれたおかげでかろうじて歩兵部隊は射撃対象とならずに無事でいたからだ。
だが、脅威となる戦車が全滅した今、四号戦車も榴弾に切り替えて陣地攻撃に移るはずだった。
厄介なことに、近接戦闘にしか対応していない挺進集団は、遠距離から砲撃する彼らに対抗することは難しかった。残されたのは精度の低い山砲や戦車相手には効果のなさそうな擲弾筒や軽機関銃だけだったからだ。
四号戦車を先頭とするドイツ軍部隊の行動は予想通り慎重なものだった。機動を開始した四三式軽戦車を遠距離からの停止射撃で確実に仕留めたドイツ軍は、隊形を整えながらゆっくりと陣地に接近し始めていた。
今は一時期に射撃は停止していたが、いずれ大容量の榴弾による陣地への射撃が開始されるはずだった。
追加装甲によって魁偉な外観となった四号戦車を睨みつけながら、奥山大尉は密かに考えていた。
―――この戦車が自分達、三途川の子供たちの石を崩しに来た河原の鬼というわけか……
やはり自分たちに地蔵菩薩様の助けはなかった。奥山大尉はそう考えていた。
しかし次の瞬間、奥山大尉は思わず眉をしかめていた。爆弾が炸裂したかのような甲高い音の直後、妙にくぐもったエンジン音が聞こえていたからだった。
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