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1943ローマ降下戦37

 強固な陣形を構築するには不利な条件が多かった。飛行場周辺は航空機を運用するために必要な平坦な土地が広がっていたからだ。というよりも、起伏に乏しいそのような土地を選んで飛行場を建設したのだろう。

 組織的な伐採でも行われていたのか、周囲には僅かな疎林が点在しているだけだった。しかも元々民間用の飛行場であるためか管制塔などの規格も貧弱なものでしかなかった。

 勿論、爆撃に備えた掩体や退避壕などは姿形も見えなかった。



 空港付随施設が僅かなものしか無かったせいも合って、飛行場周辺は障害物もなく視界は広かった。先程の戦闘における挺進集団がそうであったように、低伸弾道で長射程高初速の砲があれば、かなりの遠距離からでも容易に制圧が可能なのではないか。


 だが、すでに挺進集団が保有する速射砲の大半は弾薬を使い切っていた。

 戦闘が一段落した段階である程度回収された何両かの四三式軽戦車も長砲身の高初速砲を備えていたが、牽引式の速射砲が一式中戦車の備砲と同一弾道の57ミリ径であるのに対して、軽戦車の備砲は一回り小さい37ミリ径のものだったから、制圧射撃に必要な榴弾の威力では砲弾容積の面から言っても相当に不利であるはずだった。


 先程の戦闘では、相手が挺進集団と同じ軽装の空挺部隊である降下猟兵師団であったから何とか撃退出来たのだが、態勢を立て直してくるであろうドイツ軍が同じ愚を冒すとは思えなかった。

 機動旅団指揮下の部隊やイタリア兵らの証言によれば、市街地での戦闘では数は少ないながら主力戦車である四号戦車が確認されていた。狭隘な市街地の地勢を活かした近接戦闘で何両かは撃破されたらしいが、部隊の定数を考えればまだ残存する戦車があってもおかしくないらしい。

 それにこの場合、時間はドイツ軍に有利だった。三式中戦車などの重量級の装備を大量に保有する国際連盟軍の主力部隊が明日にならないと上陸してこないのに対して、ドイツ軍の装甲師団は近隣まで接近しているらしいからだ。



 この時期、両軍ともに空挺部隊でも大火力が発揮できるように、軽易な構造の噴進砲や無反動砲の配備が始まっていた。大勢の操作員や牽引車の必要な速射砲や山砲とは異なり、噴進砲であれば最低限砲手と弾薬手だけでも運用は可能だった。

 軽装備の部隊に野砲並の大口径火砲を与えた噴進砲だったが、このように開けた地形ではその真価を発揮することは難しかった。噴進砲にせよ無反動砲にせよ、原理上従来の火砲よりも初速が低く、弾道が山なりになる傾向があったからだ。

 安定した地形から高度な照準具などの支援を受けて放たれる野砲や山砲ならばともかく、一人の兵士が運用する噴進砲では長距離射撃時のの命中精度は低かった。


 噴進砲弾の最大射程は500メートル程度あるものもあったが、移動目標に対する実用上の射程は100メートルもないのではないか。

 もちろんその距離から敵戦車に有効打を与える噴進砲は有力な兵器だった。例えば、遮蔽物が多くて戦車が自在に起動できない市街地で用いるのであればその実用性は高いといえるだろう。

 おそらくローマ市街地での戦闘でドイツ軍の四号戦車を撃破したのも機動旅団が持ち込んでいた噴進砲なのではないか。

 だが、平坦な地形では遠距離から命中精度の高い射撃が可能なカノン砲を備える敵戦車に一方的に打ち据えられてしまう可能性は高かった。



 大威力長射程の火砲が無い以上、残された手段は陣地の構築しかなかった。塹壕や掩体を構築して部隊の防護と隠蔽を図るのだ。

 戦車を含む敵部隊に対しては、数少ない火砲や戦車で牽制を図るとともに友軍陣地に引き付けることとなる。戦闘距離が短縮されるような状況であれば、有効射程の短い噴進砲でも命中弾を与えられる可能性は高かった。


 だが、実際には本格的な掩体壕を短時間で構築するのは難しかった。工兵機材が圧倒的に不足していたからだ。

 日本陸軍には今年度に制式採用されたばかりの三式装甲作業車を始めとする工兵部隊用の車両が存在していた。この車両は、機甲部隊に随伴するために従来の装甲作業車よりも格段に大型、高速化が図られており、数々の特殊機材を選択装備する贅沢な工兵車両だった。


 専用の工兵以外にも戦車部隊の段列が回収作業などに使用する力作車もあったから、最近の日本軍は前線での工兵作業の機械化が急速に進められていると言ってよかった。

 これらの車両はいずれも大容量の排土板を車体前部に備えていたから、一挙に大量の土砂を掬い上げることが出来た。最新の三式装甲作業車などは、交通壕や射撃壕などを短時間で構築できる塹壕掘削専用の機材も運用できたから、作業効率は格段に高いはずだった。



 しかし、挺進集団などの軽装備部隊がこのような工兵車両を運用するのは難しかった。これらの車両は、いずれも戦車並みの重量があったからだ。

 というよりも、最近では工兵車両は戦車を原型として開発することが多かったのだ。特に戦車部隊の段列に配備する力作車は、部隊に配備される戦車と同型の車体を原型としたものとされるのが常識的だった。

 回収作業に必要な牽引力はその車両の自重に直結するが、日本軍の戦車は九七式中戦車以降重量の増大が著しかったからだ。つまり、新型戦車で旧式戦車を牽引するのは容易である一方で、その逆は重量差が大きいから不可能だったのだ。


 三式作業車も開発経緯が工兵部隊の近代化と機動化を図るものだったから、最新鋭の三式中戦車を原型としていた。大重量の長砲身砲などは砲塔ごと省かれているが、工兵用の装備も決して軽量なものではないから、自重は30トンを超えているはずだった。

 これでは大容量の滑空機を用いても空輸など不可能なはずだった。



 結局、挺進集団は装甲作業車などを用いれば短時間で安々と構築できそうな塹壕を、乏しい機材を用いて人力で延々と作業するはめになっていた。

 奥山大尉達の第4中隊のように元々工兵科出身が多く、大円匙や十字鍬を持ち込んだ部隊は少なかった。個人携帯用の小円匙を持っていればいい方で、中には降下中か戦闘中に個人装備を喪失してしまったのか、円匙の代わりに飯盒の蓋や銃剣で必死になって掘削作業を行っている兵も少なくなかった。


 だが、飛行場周辺の土は硬く手作業での掘削は困難を極めていた。地形からして、元々の土質が硬く締まったものだとは思えなかった。飛行場を開設するにあたって、滑走路だけではなく周辺まで転圧されていたのではないか。

 あるいは単に飛行場に出入りする車両や人員によって、交通量の多い街道が自然となるように押し固められてしまったのかもしれなかった。


 状況は不利だった。当初から飛行場をめぐる戦闘に投入されて損害が大きかったにも関わらず、奥山大尉率いる第4中隊も築城作業を続行していた。中隊は敵部隊の襲来が予想される正面に集中して投入されると共に、一部を割いてこうした作業に不慣れな他隊や一般市民の指導にも当たっていた。

 作業員の頭数がものを言う作業では、ローマからなし崩し的に部隊に同行して駆けつけていた一般市民の存在感は、意思疎通の困難さを差し引いたとしても大きかった。中にはローマ郊外に在住する農夫なのか、持ち込んだ農機具を使って見よう見まねで穴を掘り始めたものまでいた。



 しかし、作業を監督、指導しながらそうした大勢の兵や市民が構築している最中の陣地を見つめていた奥山大尉は焦燥感を感じていた。予想される敵部隊の襲来時間や規模を考慮する限り、時間までに完成する陣地の強度は到底長時間の抗戦に耐えない。そう考えていたからだ。

 足りないのは時間や工兵機材だけではなかった。掘削した陣地を補強する木材や番線などの資材も不足していた。着陸事故で破損していた滑空機の残骸までも資材に転用されているほどだった。


 貴重な戦車も、そうした滑空機や撤退したドイツ軍の残した残骸を滑走路から撤去したり陣地予定地まで移動させる牽引車として使用されていた。

 不足する資材を補うために、作業隊を編成して丸太などを切り出してくることも一時は考慮されたが、周囲には僅かな疎林しかなかったし、そもそも鋸などの切断用の機材も不足していたから作業には長時間かかると判断されて断念していた。



 ―――これではまるで賽の河原ではないのか。

 奥山大尉はふとそう考えてしまっていた。


 この世とあの世の境目にある三途川、その河原である賽の河原では早世した子供達が親不孝の報いで石塔を造らされている。

 積み上げた石で塔を築き上げることが出来ると、子供は三途川を渡って極楽へと行けるというのだが、実際には石塔が組み上がる前にあらわれた鬼によって崩されてしまうために、子どもたちは延々と石を積み重ねるという責め苦を受けるというのだ。


 おそらく、親よりも子供が先に死ぬものではないという説教の一環だったのだろうが、祖父母などから昔にその話を聞かされた奥山大尉は、子供心に理不尽なものを感じていた。

 親よりも先に死んだ子供だって、死にたくて死んだわけではないだろう、そう考えていたのだ。


 いま必死になって壕を掘っている兵たちも、賽の河原の子供たちと本質的には同じことをやらされているのではないか。

 この作業効率では、簡易で一瞬で破壊されてしまうような陣地しか出来ないはずだから、ドイツ軍という鬼に築き上げた石塔を蹴散らされて、結局は自分たちの塚穴を掘っているのとかわらないのだ。

 防戦を行うにしても、こんな開けた土地ではなく、もっと効率のいい場所に陣地を構築すれば良さそうなものだった。例えば防衛線をローマ市街地の外縁辺りまで下げれば、遮蔽物も多くなるし、戦闘距離が短くなるから噴進砲でも優位に戦えるのではないのか。



 挺進集団司令部は何を考えているのか、奥山大尉は憤りを覚えていた。司令官や高級参謀は、当初の命令にあった要地の確保という文句に縛られているのではないか。

 だが、状況が変わったのだからもっと柔軟に考えても良さそうなものだった。というよりも、航空機一機とて存在しない現状で飛行場にこだわる理由が奥山大尉には見いだせなかったのだ。

 一時的に飛行場から後退したとしても、市街地に篭っている間に到着した友軍とともに奪還を試みれば良いだけではないか。機甲部隊を含む上陸部隊本隊にはそれだけの戦力があるはずだった。



 ―――賽の河原の子供たちは最後には地蔵菩薩様によって救われるはずだが、自分たちを助けてくれるお地蔵様はいるのだろうか……

 奥山大尉は沈痛な面持ちでそう考えていた。大尉に声がかけられたのはそんな時だった。

「こんな所にいたのか、奥山大尉。探したぞ」

 慌てて振り返ると、息せき切った様子の厨川大尉が立っていた。


 厨川大尉は、奥山大尉にとって陸軍士官学校の先輩だった。満州共和国の軍事顧問に赴任したと風のうわさで聞いていたのだが、実際には機動旅団指揮下の特殊戦部隊に配属となっていたようだった。

 配属された部隊は分からないが、飛行場でイタリア軍や市民兵を糾合して駆け付けてきた厨川大尉と再開していたのだ。


 だが、陸士時代に面識はあったものの、それほど親しくしていた記憶はなかった。単に顔見知りと言った程度だった。その厨川大尉が奥山大尉に何のようがあるというのか。

 怪訝そうな顔になっていた奥山大尉に気がつく様子も見せずに、厨川大尉は慌てた顔で言った。

「斥候に出ていたうちの若いのがこちらに向かってくるドイツ軍を発見した。その部隊にはやはり戦車が随伴していたらしい。数はそれほど多くはないが、おそらく四号戦車ということだ。

 奴らがここに到着するまであまり時間はないはずだ。今うちの連中で出来る限りの足止めを図っているところだが、この地形では稼げる時間はたかが知れている。イタリア兵はともかく、塹壕掘りの市民はもう帰らせたほうがいいだろう」


 奥山大尉も眉間にしわを寄せながら頷いていた。元々イタリア兵はともかく、一般市民は陣地構築が終了した時点でローマ市街まで帰らせるつもりだった。非戦闘員を戦闘地域から退避させるだけではない。単純に戦闘能力の低い彼らまで収容できるほど陣地に余裕がないからでもあった。

 だが、次の瞬間に奥山大尉は怪訝な顔になっていた


「あの……辻井中佐はどこに言ったんだ。軽戦車隊の面倒は中佐が見ていると聞いたんだが……」

 厨川大尉はそう言ったが、奥山大尉は首を傾げていた。

「ついさっきまで戦車隊から離れて、他に使える戦車を探してそのあたりにいたはずですが……しかし、何故小官に聞くのですか」

 そう言われると、厨川大尉もまた怪訝そうな表情を浮かべていた。

「奥山大尉は、あの辻井中佐の担当だと聞いていたのだが、違うのか。あの中佐は北アフリカでも暴れまわったと言うから、お目付け役だと聞いていたぞ」


 奥山大尉は厨川大尉からそう言われて、思わず脱力した表情を浮かべていた。

 だが、その表情も長くは続かなかった。すぐに見張りの兵から声が上がっていたからだった。

四三式軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/43tkl.html

一式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkm.html

三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03tkm.html

三式噴進砲の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3atr.html

三式装甲作業車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03cve.html

三式力作車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03arv.html

九七式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97tkm.html

四三式滑空機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/43g.html

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