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1943久里浜―ローマ1

 内務省企画院に務める後藤は、後席の二人に目を向けるたびに違和感を覚えながら一軒の家の前に車を止めていた。


 その家は、国鉄横須賀線久里浜駅から程近い賑わった場所にあった。

 ただし、横須賀線が海水浴場などに訪れる観光客向けに現在の終着駅である久里浜駅まで進捗されたのは十年ほど前の事だったから、おそらくこの家が建てられた当時はもっとひっそりとした環境だったのだろう。

 家主の事情は詳しくは知らないが、病身を得て退役した軍人があまり騒がしい環境を好むとは思えなかった。



 戦時中であるにもかかわらず、鉄道網が整備されたせいか首都圏から家族連れで海水浴に訪れた観光客で久里浜駅周辺はごった返していた。そろそろ8月になろうかという頃だから、海水浴には最適な季節かもしれなかった。

 あるいは海水浴場に向かう呑気に見える観光客が多いのは、今次大戦における戦場が日本本土から遠くはなれていることと、国内では遣欧軍に送る増援部隊を編成するために召集されるよりも、国際連盟軍を支えるために増産が続く軍需品の受注によって各種工場などが空前の好景気をきたしている事のほうが国民にとって身近な出来事であるせいかもしれなかった。

 そうであれば自分たちの仕事も成果を上げていることになるのだろうか、そう考えながら運転席から降りた後藤はお抱え運転手のように急いで後席の扉を開けていた。


 今回の会合に赴くのに使用したのは、石川島自動車製作所製の四輪駆動の大型乗用車だった。

 原型は野戦において指揮や伝令車両として運用される大出力エンジンを搭載した軍用のものだったが、日本陸軍の予想戦場である原野の広がる満州やシベリアーロシア帝国領内での使用を前提としたために諸外国製の同様の車両よりも高い不整地走破能力を備えていたことから、特に地方で民間車として運用されている車両も少なくなかった。

 だが、最近では首都圏や主要都市では道路の舗装化が進んでいたから、軍用自動貨車の設計を転用して路外走行能力を与えられていたこのような車両は市街地で使う乗用車としては姿を消しつつあった。

 ましてや海水浴客で賑わう観光地にあってはその巨体は完全に持て余されていた。



 ―――だからトヨダの車にしておけばよかったのに。

 ちらちらと物珍しそうにこちらを眺める観光客の視線を感じながら後藤はそう考えていた。トヨタ自動車工業は日本本土での更なる道路整備の充実を睨んでより市街地向けの懸架装置と小回りの聞く小型の車体を持つ大衆車を市場に投入していた。

 石川島自動車製作所などの同業他社も自社製、あるいは英国企業の現地生産の形で車重1トン以下程度の小型乗用車を相次いで発売していた。


 だが、民間車のように偽装していたものの、この車両は普段は企画院で使用している公用車だった。

 戦時体制にある現在、人員物資両面における動員計画を立案する企画院では視察などの目的で道路整備事情の悪い地方へ移動することも少なくないから、民間仕様ではなく原型の軍用車を企画院の要職を占める革新官僚たちと気脈の通じた統制派の陸軍高官の伝手から譲渡してもらっていたのだ。

 そのせいでこの公用車には市街地では場違いな感があふれていた。縁側で新聞を広げていたその家の主である老人もどこか呆れたような顔でこちらを見上げていた。



 大型乗用車の後席から降り立ったのは二人の男女だった。

 二人の年齢は大きく離れていた。先に降りた和装の男の方は初老に達していたが、後から降りた女はすぐに目深につばの広い麦わら帽子を被ってしまったものだから人相が分かりづらくなっていたが、40を超えたようには見えなかった。


 初老の男の方は、地味ながらも生地のしっかりとした着物と羽織をまとっており、一見するとどこかの老舗の大旦那かのような格好だった。

 それに対して若い女のほうは、夏らしい爽やかさと清楚さを感じさせる純白のワンピースを着込んで、さらに赤いリボンの掛けられた大きな麦わら帽子で顔を隠すようにしていた。

 これにワイシャツにネクタイ姿の後藤が運転手として加わっていたから、大旦那が後妻か娘、想像を逞しくさせれば妾を連れて避暑地に訪れたように見せようとしていたのだが、実際には遠目で格好だけ見たのならばともかく、人相までわかるほど近くから観察すれば強烈な違和感を感じるのではないのか。


 僅かに鼻髭を蓄えた初老の男は、丸眼鏡の奥に隠された目つきは鋭く、頭髪が短く切りそろえられた企業人のようにはまったく見えない頭部には長時間被っていた軍帽の跡が色濃く残されていた。

 机仕事の多い高級将官であるにもかかわらず残されたそのような跡は、男が長い間軍務に服していた証拠のようなものだった。


 若い女の方も違和感という意味では負けてはいなかった。清楚な雰囲気を醸し出しているのは、服装の上に顔を隠すように麦わら帽子をかぶっていたからだ。

 整ってはいるが、表情らしいものが全く浮かんでいない能面のような顔を見せれば、そのような雰囲気は消し飛んでしまうはずだった。

 それに二人共衣類は慌てて偽装の為に用意された新品だから、着こなした感は全く無かったはずだった。


 この二人に比べれば、出向元の内務省に入省してまだ数年の若年ということもあってか、後藤はまだ運転手に見えないこともなかった。

 もっともその後藤にしてみても、実際には高等文官試験を及第して内務省に入省した高級官僚だったから、本来は運転手がつけられる方の立場の人間だった。

 内務省の高等文官出身の同期入省者の中には、すでに地方の県警察部などの出向先で課長職に就いているものも少なくないから、後藤が運転手をしているのはそれはそれで違和感があった。



 これも全ては今日の会合に関わる人間を極限するとともに、特に報道関係者などの外部のものに会合の存在自体を漏らさないための措置だった。

 後藤やその上司である若い女、企画院官僚の長谷などはともかく、それだけ初老の男、統合参謀部総長たる永田大将は名を知られた人間だったからだ。

 それにしては逆に二人の格好は目立っているような気がして、後藤は内心でため息を付きながらも二人が降りた乗用車の扉を閉めていた。早く家の中に入ってしまえば問題はないだろうからだ。


 仮に永田大将の正体が露見しても、同伴者や先に到着しているはずの客人の正体さえ分からなければ会合の存在は隠し通せるはずだった。

 永田大将と歳の離れた後妻はまだ40前後だったし、先妻との間に生まれた長女は30歳を僅かに超えたごろだったから、遠目で顔をはっきりと見られなければそのどちらかと判断される可能性が高いのではないのか。

 そう考えながらも後藤は素早く道路の前後に目を向けて、密かに伏せさせている憲兵隊、海軍警務隊派遣の護衛官以外に不審な人影が無いのを確認していた。



「随分と大げさなことだな、鉄」

 のんびりと新聞をしまって縁側から腰を上げながら家の主が永田大将に呆れたような声を上げていた。大将の方は冷徹な態度を崩さない統合参謀部勤務のいつもの姿とは違って、近しいものだけに見せる親しげな様子で苦笑しながら頭を下げていた。

「ご迷惑をお掛けします。十寸穂兄さん……それで、客の方はどうですか」

「随分と前に来ておるよ。裏の間に通しておる」

 そっと竹垣の扉を開けて三人を通しながら家の主はそう言っていた。



 この家の主である永田十寸穂は永田大将とは歳の離れた兄だった。永田大将の方が後妻の子で、父親が50歳の頃に生まれた遅い子供だったらしい。それに対して、先妻の子で次兄となる十寸穂の方は確か大将とは10歳ほどは離れていたから、すでに70歳には達していたはずだ。

 歳の割には矍鑠とした様子の老人だったが、実際には歩兵中佐まで進級を続けながらも、大正年間に大病を得て予備役に編入された身だった。


 当時の詳細までは後藤は聞かされていないが、陸軍士官学校出身の正規の士官で、永田大将が陸軍地方幼年学校に入校した頃に陸軍中尉として幼年学校の区隊長を務めていたというから、将来を託望された士官の一人には違いなかったのではないのか。

 父親を早くに亡くした永田大将にとって、年が随分と離れた上に陸軍士官学校を出た大先輩でもある十寸穂は、兄というよりも父代わりであったらしく、階級では兄の退役時のそれを遥かに上回っていても未だに頭が上がらないらしい。


 だから、永田大将が忙中閑ありと言った様子の時でも、妻か嫁入りを控えた長女を連れて十寸穂の家に訪れたとしてもそれほど違和感はないはずだった。

 それが今回の会合の場にこの家が選ばれた理由だった。



「うちの者は全員出かけてわし一人だから気にすることはない。その代わり茶も出せんが我慢してくれよ。それにしても……」

 何事も無かったかのように縁側に戻って新聞を再び手にした十寸穂は、ちらりと永田大将の脇に立つ長谷と後藤を一瞥してから、つまらなそうな声で続けた。


「お国のためとなれば、この家を使ってもらうのは全く構わんがな。鉄、たまには重子さんや松子ちゃんも連れて来ておくれ」

 永田大将は新聞に目を通し始めた十寸穂にただ頭を下げながらいった。

「今度鉄城やちびたちも連れてきますよ」

 そういうと、表情をあらためて一度長谷と後藤に頷くと、永田大将は勝手知ったる様子で案内もなしに縁側から上がると家の奥へと進んでいた。



 後藤は一旦躊躇して新聞から目を上げる素振りも見せない十寸穂に一礼して靴を脱いだが、長谷はためらう様子もなく堂々と永田大将に続いていた。

 ただし、普段の背広姿と違って動きづらいのか、長谷はワンピースの裾を気にしている様子だけはあった。

 その後に続きながら、後藤は首を傾げる長谷の様子を驚愕しながら見つめていた。家の中に入ってすでに麦わら帽子は脱いで怜悧な表情を露わにしていたのだが、感情に乏しいその顔立ちながらも普段は首を傾げる動作など目にしたことがなかったからだ。

 そういえば、それなりに長い付き合いのはずだが、地味な色の背広以外の格好をする長谷の姿を後藤が見たのも初めてのはずだった。


 後藤にとっても長谷は分かりづらい女だった。

 長谷は元々は企画院の前身の一つである内閣外局の資源局の出身だった。資源局は将来予想されうる国家総動員体制において必要となる人員、物資の生産や管理の調査や戦時の運用に関する研究を実施する機関として設立されていた。

 そのような関係省庁を横断する機関に配属されていたのだから、長谷が優秀な官僚であったのは間違いなかった。噂では現在の企画院の設立そのものにも関わっているらしかった。



 後藤と同じく、長谷も帝国大学在学中に高等文官試験を及第した才女だった。しかも、女性では初の試験及第者だった。

 欧州諸国と同じく、先の欧州大戦における人手不足などから盛んになり始めた女性の社会進出だったが、高級官僚の道に進んだものはまだ数が少なかったはずだ。


 戦時における工場労働者などを対象とした女性の社会進出を推進する立場の企画院であれば、長谷の経歴は格好の宣伝となるはずだったが、実際にはそのような計画を推進させようとするものは院内には誰一人としていなかった。

 一般社会と隔絶した高学歴の高級官僚を宣伝したところで女性の広範な社会進出が促されるのかといった効果そのものを疑う声の一方で、対象である長谷が感情に乏しく、同僚達も笑み一つ見たことがなかったから、仮に新聞などに載せられたところで逆効果になるとされていたからだった。


 後藤はここしばらくはそんな長谷の下で企画院と密接な関係のある陸海軍共同の軍令機関である統合参謀部の依頼で調査研究活動を行っていた。今日の会合に同席するのもその一環であるとも言えた。

 だが、庁内で勤務するいつもと大して変わらない様子の長谷と違って、後藤は緊張の色を隠すことが出来なかった。


 永田大将の会合の相手は、企画院の閣僚とつながりを持つ統制派に対抗する陸軍内の派閥である皇道派の元重鎮であったからだった。

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