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1943シチリア海峡航空戦4

 アミオ350は、郵便機として開発が進められていたアミオ341を原型として、これに実戦機として改修を受けた双発の高速爆撃機だった。

 それまで前大戦のあとを引きずった様な旧式機ばかりが配属されていた爆撃機大隊にとって、アミオ350は同時期に採用されたリオレ・エ・オリビエ451などと共に期待の新鋭機となる、はずだった。



 多くの新鋭フランス軍機と同様に、対独戦の敗北とその後の軍備制限がアミオ350の運命を大きく狂わせていた。生産開始が今次大戦勃発前後となったものだから、敗戦までに空軍に引き渡された機体の数は少なく、部隊に配備されていた機体も少なからず戦闘や事故で喪失していた。

 休戦時に残存していた機体は、工場で最終組立中だったものを含めても30機程度であったというから、1個爆撃機大隊の定数を満たすので精一杯だったはずだった。


 しかも、残存した数少ない機体の仕様は同一のものではなかった。

 元々郵便機を改設計したアミオ350系列の機体は同時並行して多数の改修機が生産ラインに並べられていたからだ。


 最も生産数、残存数の多かったのはノームローン社製の空冷星型エンジンを搭載して双垂直尾翼方式をとったアミオ354だったが、残存機の中にはエンジンをイスパノスイザ製の水冷エンジンに換装した機体や、垂直尾翼を単式とした構造の異なる機体まで入り混じっていた。

 どのような管理体制のもとで設計が進められていたのかは分からないが、エンジンを水冷V型でも英国ロールス・ロイス製のマーリンに転換したものや、高々度飛行用の気密操縦席仕様まで実験機さながらに製造されていたらしい。


 プレー曹長にはそのような行為自体が本格的な大量生産体制を阻害していた原因なのではないのかと思えたのだが、実際に空軍上層部も高性能ながらも生産体制の貧弱なアミオ社に半ば見切りをつけていたらしく、休戦後は実質上アミオ社は休業体制にあったらしい。

 今次大戦開戦時期にはフランス空軍は旧式機から新型機への転換時期にあったが、そのような過渡期らしく同程度の性能の機体が複数平行して採用されてしまっていたが、双発の高速爆撃機もアミオ350系列とレオリ・エ・オリビエ、LeO451がほぼ同時期に制式採用されていた。


 アミオ350系列とLeO451はほぼ同程度の性能だったが休戦時の残存機は200機近くが稼動状態にあったLeO451の方が遥かに多く、休戦後もドイツ占領軍で一部の機体が使用されて生産が継続されたたために、休戦軍として知られるこれまでのヴィシー・フランス空軍の双発爆撃機主力はLeO451で占められていた。

 この2機種はノームローン社の同じ型式の空冷星型エンジンを搭載していたために、主機の取り合いとなってしまったことも生産数の限られる休戦期のフランス軍でアミオ350系列が冷遇される一因となっていた。



 しかし、皮肉なことにこの主力機であったLeO451とアミオ354が同じノームローン社のエンジンを搭載していたことに加えて、アミオ350系列が半ば無節操に多種なエンジンの搭載を試していたことが、再軍備によってヴィシー・フランス空軍が急拡張を図る中で思いもよらぬ形でアミオ350系列の再評価に繋がることになっていた。

 急拡張を図ろうにも休戦期に設備の稼働率を調整していたノームローン社のエンジン生産数が伸び悩んでいたことから、同社製エンジンを主機とするLeO451を大量生産することは難しく、代替としてアミオ354に目が向けられていたのだ。


 もちろんエンジン生産数が制限されている以上は、同じノームローン社製のエンジンを搭載するアミオ354の再生産にはメリットは無かった。単に少ないエンジンを取り合うだけになるからだ。

 そうではなく、以前試作されていたアミオ350系列を再設計して、別種のエンジンを搭載することでノームローン社の数が限られたエンジン生産数にとらわれない高速爆撃機の生産体制を構築しようとしていたのだ。


 新たな搭載エンジンの候補は、実質上ルノー社がダイムラー・ベンツからライセンス生産権と技術供与を受けて生産を開始したDB605以外になかった。

 それでロールス・ロイス社製のマーリンエンジン搭載機として設計されていたアミオ353を原型としてDB605搭載機として再設計したアミオ359が急遽制式採用されることになったのだ。



 再軍備が開始されたヴィシー・フランス空軍にLeO451と共に再び制式採用されたアミオ359だったが、これまでのところ生産数はそれほど多くは無かった。

 LeO451と重複しないように選択されたはずのルノー社製DB605が今度は戦闘機の重点整備対象となるドヴォアチヌD.525と取り合うことになってしまったからだ。


 だが、従来装備していたエンジンと比べて格段に大出力のDB605に換装した上に、双発機で両主翼中央部のナセル内にエンジンを搭載するために同じように主機の型式を水冷正立V型から水冷倒立V型に換装した単発機のD.525と比べると再設計時の無理がなかったから、アミオ359はこれまでの型式やライバルとも言えるLeO451よりも高性能の高速爆撃機に仕上がっていた。



 サルディーニャ島沖合いまで進出してレーダーによる長距離哨戒を行っていたのもアミオ359にレーダーを搭載した哨戒機型だった。

 通常のアミオ359は原型となったアミオ353や、アミオ350系列の祖先であるアミオ341のように機外に余計な突出物を持たない流麗な形状を保っていたが、哨戒機仕様の場合は無骨な空中線を胴体から無造作に突き出すように装備していた。


 もちろん機内にはレーダー本体が備えられており、哨戒機仕様では爆撃能力は失われていた。

 空中線を含めてもレーダーの重量はアミオ359の搭載量からすればまだ余裕が有るはずなのだが、三座の高速爆撃機としては小型のアミオ359の機内には余計な空間がなかったから、レーダー本体は爆弾倉内に搭載するしか無かったのだ。


 しかもアミオ359に搭載されたレーダーは波長の長い旧式のものだったから、波長に合わせた空中線は巨大でかさばるものになっていた。本来はもっと大きな四発機などに搭載されるべきサイズのレーダーだったのだ。

 日英やドイツではもっとコンパクトなレーダーがあるらしいが、ヴィシー・フランスは休戦期に弱電関係の技術開発が予算などの点から停滞していたせいで、量産可能な国産レーダーの品質は他国に劣っていることは否めなかった。


 この巨大な空中線による抵抗は少なくないらしく、哨戒機仕様のアミオ359は原型機と比べると機動性や航続距離に劣っているらしいとプレー曹長も聞いていた。

 あるいは、現時点でヴィシー・フランス空軍で最有力のアミオ359だからこそレーダー哨戒機仕様でもこの程度の性能低下で済んでいると解釈すべきなのかもしれなかった。



 性能に劣るレーダーを補う意味もあってか、哨戒機仕様のアミオ359はサルディーニャ島の沖合まで進出してレーダーによる哨戒を実施していた。その哨戒に出ていた機から通信がはいったのは先程のことだった。レーダー探知圏に接近する機影を確認したというのだ。

 だが、この探知報に対する反応は当初はささやかなものだった。緊急発進体制にあったプレー曹長達の小隊が出撃準備体制に入っただけだったのだ。


 実は、レーダー哨戒に出たアミオ359が敵機を発見するのは珍しいことではなかった。

 他国製のものに劣るとはいえ、哨戒機仕様のアミオ359に搭載されたレーダーは肉眼による監視よりも探知距離は長いから、サルディーニャ島の遥か手前から接近する敵機を発見することが出来たのだ。



 ただし、レーダーで探知された目標がサルディーニャ島まで接近して迎撃機が実際に接敵するケースはそれほど多くはなかった。

 発見された目標が爆撃機編隊の場合は島内まで進出してくるが、多くの場合は長距離偵察機による偵察行動だったからだ。


 使用される機材は、日英混成だった。

 爆撃機の場合は夜間爆撃であれば搭載量の多い英国の四発爆撃機が主力であり、昼間の強行爆撃の場合は搭載量が少ない代わりに重武装の日本製の重爆撃機が主力となっていた。

 偵察機の場合は、英国製の場合はモスキートであり、日本製は一〇〇式司令部偵察機が使用されていた。



 プレー曹長たちも日本軍の一〇〇式司令部偵察機にはかつてレバノン上空で煮え湯を飲まされたことがあった。

 一〇〇式司令部偵察機は双発複座の長距離偵察機であるにもかかわらず、空気抵抗を極限まで廃した機体構造の効果が大きいのか多くの単発単座の戦闘機よりも高速であり、さらに最近の型式では排気過給器を搭載しているのか高々度飛行能力も高かった。

 そのせいで遠距離からレーダーで探知したにも関わらず、こちらの迎撃機が上昇するまでの間もなく高々度を悠々と航過する一〇〇式司令部偵察機を見送る悔しい思いをしたのは一度や二度ではなかった。


 モスキートの方は別の意味で厄介だった。高々度飛行能力こそ一〇〇式司令部偵察機に劣る点があったものの速力は同等だったし、何よりも初期型の後部旋回機銃を除いて非武装の一〇〇式司令部偵察機と違ってモスキートは偵察機型の他に爆撃機型や戦闘爆撃機型も存在していたからだ。

 大規模な夜間爆撃隊の前には爆撃照準のために主力に先発する少数のモスキートが照明弾などを投下するのが常だったし、時には偵察機に欺瞞するような飛行針路をとった戦闘爆撃機による奇襲で地上レーダーなどが破壊されることもあった。



 いずれの場合にせよ敵機の機種によって出撃機数や到達高度まで迎撃体制も変化するから、出撃時にその正体を見極めることも重要だった。

 それに場合によっては偵察機が何度も島内に侵入するような飛行針路をとって、迎撃機が出撃を繰り返すことで疲弊させるようなこともあった。

 そして、決まってそのような偵察機の侵入が相次いだ時には、相次ぐ出撃で搭乗員や管制隊が疲労して迎撃体制に穴が空いたのを見計らったようなタイミングで敵重爆撃機による襲撃が開始されていたのだ。



 だが、幸いなことに、サルディーニャ島に飛来する国際連盟軍の機体には特有の行動原理があるから、レーダーによる観測でもある程度は敵機の機種を推定することは可能だった。


 例えば偵察機の場合は高々度、あるいは高速を利して単機で飛来するが、重爆撃機の場合は機銃座の死角を補うために多数機で襲来するのが常識的だった。それに、飛行針路も重爆撃機の場合は何らかの欺瞞をとることはあっても攻撃対象に接近を余儀なくされるが、偵察機は迎撃体制の整ったレーダー探知圏の奥深くまで飛来することは少なかった。


 開戦時には高性能を誇った一〇〇式司令部偵察機であっても、現在では性能の陳腐化が進んでおり速度面での優位は相対的に低下していたから、写真撮影などの偵察行動には不利であっても、迎撃機の上昇に時間の掛かる高々度を飛行して安全を図るほかなく、曲がりなりにもレーダー捜索網が構築されたサルディーニャ島上空に安易に侵入することは出来ないのだろう。


 モスキートの場合は、機体構造が頑丈なのか高々度から侵入して偵察対象の目前で降下して離脱を図ることもあった。降下による速度上昇で一気に脱出を行おうとしたのだろう。

 だが、その場合も連続したレーダー観測で偵察対象を事前に把握できていれば、降下速度に追いつけなかったとしても予想進路に展開して迎撃することは難しくなかった。



 そして、緊張に包まれたまま待機していたプレー曹長達のもとに続報が入っていた。上空のアミオ359からのものだった。


 続けられていたレーダー観測の結果、先ほど探知された機影は複数の大型機からなる編隊によるものらしいというのだ。

 アミオ359に搭載されたレーダーは波長や機上で確保できる電力の関係から、探知目標が編隊の場合は個体を識別できるほどの分解能はないが、これまでの国際連盟軍の攻撃でレーダー手も何度も同じような目標を観測して経験を積んでいるから、推測に間違いはないはずだった。


 防空戦の指揮を執る司令官は直ちに出撃を命じていた。出撃するのは緊急発進体制にあるプレー曹長達の小隊だけではなかった。

 離陸までに時間は掛かるかも知れないが、可動機全てが出撃する可能性もあった。


 あるいは夜間迎撃を考慮してまだ明るい今の内に全力出撃を行うことはないかもしれないが、連続した敵爆撃機の襲来を警戒した配置がとられるのは間違いなかった。



 ここしばらくサルディーニャ島に対する重爆撃機の本格的な襲来は行われていなかった。嫌がらせのような偵察機の単機による飛来は頻発していたが、基地への襲撃が無かったものだから施設の整備が図られていたほどだった。

 今だ抗戦の続くシチリア島内での戦闘に国際連盟軍の重爆撃機が投入されたのではないのかという予想もあったが、狭い島内での戦闘であれば双発機どころか単発の襲撃機でも十分間に合うはずだから、不自然さは拭えなかった。

 それどころかシチリア島内ではすでに制圧された西部の航空基地の整備が急速に進んでおり、四発機が頻繁に島外から飛来しているとの情報もあったのだ。


 サルディーニャ島在住のフランス空軍では、この重爆撃機の襲撃が停止しているのをむしろ本格的な航空戦の前兆だと捉えていた。

 つまり、散発的な襲撃を控えて戦力を温存してその間に十分な物資を集積して、北アフリカからだけではなく整備されたシチリア島内からのものを含めて多方向から同時に本格的な進攻が開始されるのではないかと考えていたのだ。



 司令部の判断が正しいとすれば、プレー曹長達の緊急離陸に始まる今日の出撃は長引くことになりそうだった。曹長は機内で改めて身構えながら前方に視線を移していた。

 接敵まであと僅かなはずだった。

アミオ359の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/amiot359.html

ドヴォアチヌD.525の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/d525.html

一〇〇式司令部偵察機三型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100sr3.html

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