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1943北大西洋海戦14特設巡洋艦護国丸

 ふと周囲が明るくなってきていることに気がついて、岩渕三等兵曹は長時間電探表示面に向けていた顔を上げてしょぼついた目で周囲を見回した。

 プロムナードデッキ前部に設けられた指揮所は、壁面にそうように電探表示機のリピーターや各種の無線機などの機材が所狭しと配置されているものだから、前方にしか外が見える窓が無くなっていた。

 そのさして大きくもない窓も視界内に巨大な砲塔が鎮座しているものだから、それほど広い範囲は見えなかった。


 だが、指揮所の奥からでも船首楼がほのかに明るく照らされているのが見えた。岩渕兵曹が指揮所にこもっている間にどうやら洋上には曙光が差し始めていたらしい。

 それを見ると岩渕兵曹は思わず眉をしかめていた。護国丸の乗員たちにとっては太陽が上がっても気分が明るくなるどころではなかった。特設巡洋艦護国丸がこれから戦おうとしている相手は強大だったからだ。

 夜戦ならばともかく、昼戦になれば敵艦からの命中率は向上するだろう。船団護衛隊に所属する駆逐艦楓からの報告によれば、現在交戦中の敵艦は戦艦か、少なくとも大型の巡洋艦であるらしかった。

 特設巡洋艦である護国丸の船体は貨客船時代と変わりないから、相手が戦艦だろうが、巡洋艦だろうがその主砲弾がどこにあたっても致命傷となる可能性は高かった。



 船団護衛隊旗艦である興国丸に座乗する伊崎少将は、戦艦らしき敵艦に対して船団護衛隊に所属する大型艦全てに迎撃を命じていた。その命令に従って船団から遠く離れて前方を警戒していた護国丸も呼び戻されていた。

 元々護国丸は他の特設巡洋艦と違って戦隊を組むべき僚艦も無く、司令部直率という奇妙な配置となっていた。船団全てに目を配らなくてはならない船団護衛隊司令部にとっては中間の指揮系統結節点を持たない護国丸はやや持て余す存在となっていた。

 だから護国丸は、外側から見ればほぼ商船のままなのだから、なかば囮の意味もあってか船団から遠く離れた海域で哨戒任務についていた。

 それが急に呼び戻されるとともにやはり船団護衛隊の指揮系統の中で中間結節点を持たなかった戦艦レゾリューションと急遽臨時の部隊を組んでいた。


 英国海軍に所属するレゾリューションは、先の欧州大戦末期に建造されたリヴェンジ級に属する古株の戦艦だった。

 リヴェンジ級は大戦の末期から終結直後に就役していたものだから、軍縮条約時代には中途半端に艦齢が若く、今次大戦が勃発した頃には大規模な近代化改修が行われなかったために結果的に英国海軍で最も旧式な戦艦となってしまっていた。

 大戦勃発後は、リヴェンジ級戦艦の多くが船団護衛などの二線級に任務に従事するなか、レゾリューションはフランス降伏直後のダカール攻略戦に投入されたが、そこで損害を受けて南アフリカで修理を行った後、しばらくはインド洋で行動していた。


 しかし、北アフリカ戦線が国際連盟軍優位で安定するとともにジブラルタルも奪還されて中部大西洋まで航空哨戒網が広がった今では、インド洋に危険が及ぶ可能性は低かった。

 少なくとも幸運な潜水艦以外の枢軸国艦艇がインド洋に進出できるとは思えないから、レゾリューションをインド洋で行動させる必要性は薄くなっていた。

 だから、長期間の戦闘航海によって一部機器の不具合や老朽化が顕著になっていたレゾリューションは、英国本土での本格的な修理工事を兼ねて本国艦隊への帰還命令が出ていた。

 レゾリューションがこの船団に随伴しているのも、万が一の事態に備えたというよりもは英国に向かう船団に便乗したといった方がよかった。少なくとも船団に随伴していれば海防空母による航空直援や海防艦、護衛駆逐艦による対潜警戒という支援が得られるからだ。


 だが、ドイツ海軍と思われる大型艦艇が接近している今では、レゾリューションは船団護衛隊にとって最後の切り札となりつつあったのだ。特設巡洋艦でありながら船団護衛艦隊の中ではレゾリューションに継ぐ砲力を持つ護国丸が随伴しているのも同じ理由だった。

 戦艦級の戦力に対して砲撃戦を行って有効打を与えられそうなのはこの二隻だけだったからだ。



 護送船団の司令部は、船団に所属する輸送船には隊列を保ったまま退避するように命じていた。だが船団直衛には、海防空母や海防艦を除けば、自衛戦闘能力を持つ一等輸送艦しか護衛につけることは出来なかった。

 周囲の海域では、未だドイツ海軍潜水艦の存在が予想されていたから、船団を解散するのは危険だった。

 船団の大部分を占める戦時標準規格船は従来型の民間貨物船の設計を原型としているから、軍用艦艇と比べると乗員数は少なく、独行した場合は目視による対戦警戒はまばらになるし、一隻づつ防衛することが出来るだけの護衛艦艇はとてもではないがさけなかった。

 だから船団を解散した場合は多くの輸送船が独航船となって、敵潜水艦の格好の獲物になってしまうはずだった。

 それどころか海防艦や一等輸送艦を船団直衛から引き抜かなかったのは、それらの艦艇が自衛戦闘が可能な程度の砲力しか無く、対艦攻撃能力を欠いているからに過ぎなかった。



 だが、これから敵戦艦に対峙しようとしている艦艇にしても大した対艦攻撃能力があるわけでもなかった。高角砲や小口径の平射砲では戦艦級の艦艇が有する装甲に対して全く無力であるから、松型駆逐艦や特設巡洋艦が保有する魚雷発射管を使用しない限り敵艦を撃沈するのは不可能だろう。

 しかし機動力や装填数に劣るこれらの艦艇による雷撃戦は極めて不利だった。

 艦隊型駆逐艦には雷数などで劣るとはいえ、松型駆逐艦が保有する雷撃能力は標準的な駆逐艦程度はあると考えてよかった。これに対して第22戦隊に所属する報国丸型二隻の特設巡洋艦が有する雷装は、松型駆逐艦のそれよりも一回り小さい53センチ魚雷が片舷2射線に過ぎなかった。

 それ以上に民間商船を原型とした鈍重な特設艦艇では高速で航行する正規艦艇に対して射点につくこと自体が困難であるはずだった。



 先行して独航していた自由フランス海軍の兵員輸送艦ノルマンディーによって事前に敵艦の存在を察知したにも関わらず、彼我艦艇の圧倒的な戦力差から状況は船団護衛艦隊にとって不利に進んでいた。

 すでに先手をとって雷撃戦を挑んだ楓と檜は、高速で航行する敵艦に命中弾を得られなかったらしい。それどころか敵艦主砲によってすでに檜を撃沈されていた。松型駆逐艦には次発装填装置が無いから、すでに楓には威力に劣る高角砲しか無いはずだがそれでも果敢に接触を保っているらしい。


 ほかに戦力になりそうなのは第22戦隊の二隻の特設巡洋艦だった。報国丸型の大型貨客船を原型としているから搭載された砲は一応は松型駆逐艦の12.7センチ砲よりも砲口径は大きい14センチ砲だし、装甲など全くない無防備な船体ではあったが、総トン数で一万トンに達するその巨大な船体を沈めるのは戦艦主砲であっても難しい、はずだった。

 最も搭載された砲は旧式の単装砲だし射撃指揮能力も低いから砲撃も雷撃も高速の敵艦に対する命中率は低いはずだ。だから実質上第22戦隊は囮にしかならないのではないのか。


 やはり敵戦艦に対して有効打を与えられそうなのは戦艦であるレゾリューションと戦艦に継ぐ砲力を持つ護国丸だけだと考えて良さそうだった。



 しかし護国丸に本当に敵艦を食い止められるだけの戦力価値はあるのだろうか。ふと岩渕兵曹は、不安に思って護国丸に高い打撃力を与えることとなった巨大な砲塔を見つめた。

 プロムナードデッキからの視界の大半を占める連装20.3センチ砲塔は、典型的な三島型貨客船であったはずの護国丸に据え付けられているのを見ると恐ろしく歪な存在としか思えなかった。



 元々護国丸は報国丸型の1隻として大阪商船が建造を計画していた大型貨客船だった。一定以上の性能を持つ商船の建造に対して助成金を交付する優秀船舶建造助成施設法の適用を受けて四隻が建造された報国丸型は、第二次欧洲大戦の勃発と同時にそのすべてが海軍に徴用されることとなった。

 もっとも報国丸が本来航行するはずだった南アフリカ経由の欧州航路は開戦と同時にドイツ海軍による通商破壊艦が出没するようになっていたから、海軍に徴用されなかったとしても大阪商船が当初目論んでいたような利益率を揚げることはなかったのではないのか。


 当初は四番船か三番船を南米航路に振り向ける計画もあったらしいが、これも開戦と同時に自然消滅した。もともと南米への航路は大した収益が望めなかった。

 大正から昭和初期の頃は南米への移民もあったらしいが、同時期に第一次欧州大戦やシベリア-ロシア帝国の成立などに起因する輸出の増加や急激な工業化が、地方農村部などで発生していた余剰労働力を貪欲に吸収していった結果、海外への移民は激減していた。

 この工業化による農村部の労働力吸収は、すでに余剰人員というレベルを超えており、中には高給の工場労働者となるため農家に生まれた長男であっても都市部に移住するものもあった。

 とうの昔に小作人制度は崩壊していた。小作人として地主から高い賃料で土地を借りて農作をするよりも工場労働者となる方が豊かな生活が出来るからだ。

 だから、一部の農村部では農業従事者の減少の結果、一家あたりの農作面積が増大し、逆に米国のように大規模な機械化が農業の分野においても起こりつつあった。


 これに伴い海外への移民どころか、一度海外に移民した日系人の二世や三世の中には親族を頼って日本本土へ出稼ぎに出たり、帰国するものも多かった。南米航路の多くはこれらの日系人乗客を当て込んだのかもしれないが、日系人達の帰国ブームは一段落した気配があり、すでにドル箱路線とは言えなかった。


 しかし報国丸型のうち、徴用前に当初計画されていた航路についたのは報国丸ただ一隻だった。その後は中華民国支配領域の上海などへの航路に短期間ついただけで、すぐに海軍によって特設巡洋艦として徴用されることとなった。



 建造当初は、少なくとも図面の上では同型船だった報国丸型だったが、特設巡洋艦として改装された後に姉妹船と同じ姿となったのは一番船と二番船である報国丸と愛国丸の二隻だけだった。

 この二隻は戦艦の副砲や軽巡洋艦の主砲として使用されていた14センチ単装砲を8門と他に機銃、雷装を装備した典型的な特設巡洋艦として改装された。


 兵装は旧式の軽巡洋艦と同程度か劣る程度に過ぎないが、水上偵察機一機を搭載していることと、貨客船を原型としていることからなる長大な航続距離と余剰の収容人員数は大きな魅力だった。

 海軍は大型特設巡洋艦の報国丸と愛国丸を第22戦隊としてまとめると、長距離船団の護衛艦として運用した。


 第22戦隊の二隻は直接的な戦力としてというよりも、貨客船譲りの余剰収容人員数をいかして、撃沈された船舶船員達の収容先としても活躍していた。水上機の母艦としても、専用の特設水上機母艦ほどではないにしても大型船だから安定して運用することが出来たから、海防空母が就役するまでは有力な対潜哨戒機母艦としても運用された。

 一等輸送艦の中には大発発進用の軌条やデリックを改造して水上機母艦として再設計されたタイプも存在したが、排水量1200トン程度の一等輸送艦では荒天下での航空機運用は困難であり、大型巡洋艦並みの排水量を誇る報国丸の母艦能力にはかなわなかった。


 だが、このようにバランスの良い特設巡洋艦として改装された報国丸と愛国丸とは違って、開戦当初艤装段階にあった三番船護国丸といまだ船台の上にあった四番船興国丸は歪な改造を受けることとなった。

 興国丸は、この時期に実用化が急速に進みつつあった各種電探の集中運用や、貨客船ならではの余剰スペースを生かした大型指揮所を設けた旗艦専用艦とも言うべき艦となった。これは実験的なものだったが、興国丸に装備された指揮所はこれまでの運用状況などから有用な装備であると判断されていた。

 さすがに興国丸が設けたような大型の空間を他艦種で確保することは難しいが、これから先、効率化、簡略化したものは正規の軍艦でも採用されるのではないのか。


 その一方で、興国丸は報国丸、愛国丸よりも軽武装だった。指揮所や電探のスペースは余力のある大型貨客船の船体に盛り込むことが出来たのだが、それらの新兵器に使用される電力は膨大なものになった。

 結局興国丸は後部船倉両脇の14センチ単装砲や水上機の代わりに後部船倉内部にディーゼル発電機を追加搭載している。


 しかし興国丸は、船台上にあった頃から改装を受けたにもかかわらず、特設巡洋艦としての外見上はさほど報国丸と変わっていない。たしかに備砲や電探、ディーゼル発電機排気筒の有無などによって容易に識別は可能だが、基本的なシルエットは変わっていないからまだ同型船であることは分かりやすいはずだ。

 これが護国丸の場合は、備砲の種類そのものが全く違うのだから、船橋を除けば同型船を原型としていると認識するのも難しいのではないのか。

 中身はともかくある意味で外観だけ見れば電探が乱立しているだけにしか見えない興国丸よりも、護国丸の方が異様な姿をしているのかもしれなかった。

松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html

特設巡洋艦興国丸の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/hskkoukokumaru.html

特設巡洋艦護国丸の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/hskgogokumaru.html

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