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1942ベイルート航空戦10

 片岡中佐は、列線に並ぶ日本製の一式戦闘機を横目で見ながら、滑走路に向かって歩いていた。

 北アフリカ戦線に派遣された自由フランス軍部隊は、英国製のやや旧式化したハリケーンを主装備としているそうだが、ノルマンディー連隊の現在の主力は一式戦闘機だった。

 本来ノルマンディー連隊の装備として予定されていた機体は一式戦闘機ではなかったのだが、急に連隊主力の派遣が決まったものだから、新型機の供給が間に合わなかったのだ。

 そこで現在編成中の日本人と体格が近い旧仏領インドシナ諸国からの義勇兵からなる部隊に本来は供給されるはずだった機材や、新型機の配備までの訓練機として使用されていた機材までやりくりして何とか数を揃えていた。

 部隊の人員同様に、機体の方も急遽かき集めていたのだが、整備状況は悪くないようだった。熟練した整備兵の数は少ないはずだが、逆に義勇兵の整備兵見習いの数は多かったから、今のところ整備部隊の能力に不足はないのだろう。

 これが戦闘が本格的に開始されて、機材の消耗が激しくなればどうなるかは分からなかったが。



 列線に並ぶ一式戦闘機は、ノルマンディー連隊に急遽配備されたものだから、サブタイプは一致していなかった。現行生産型の一式戦闘機二型と初期生産型の一型が入り混じっていたのだ。

 昨年度に日本陸軍初の軽単座分類となる戦闘機として制式採用されたのが一式戦闘機一型だった。軽単座戦闘機分類を定めた当初は、対戦闘機戦闘に任務を限定して銃砲装備を従来と同程度の機銃装備に留める代わりに、既存のエンジンでも格闘戦に秀でた機体となるように軽量級の機体として設計されるはずだった。

 だが、完成した一式戦闘機一型は、確かに海軍の零式艦戦が搭載した栄、ハ115エンジンを搭載した格闘戦向けの軽量級戦闘機として仕上がってはいたが、昨今の軍用機における防弾装備の充実を受けて初期計画の7.7ミリ機銃から12.7ミリ機関砲2門に銃砲装備は増強されており、さらに最近では空気信管式の炸裂弾も安定して供給されるようになっていたから、火力面での強化は著しかった。


 一式戦闘機一型の部隊配備後に、主にエンジンの換装などを行なった改良型として開発されたのが一式戦闘機二型だった。戦線に投入された一式戦闘機一型は旋回性能などの機動性こそ他国の主力戦闘機よりも概ね優位にあったものの、やはり軽戦闘機として設計されたゆえかエンジン出力が低く最高速度では劣っていたからだ。

 エンジンは一型が搭載したハ115をベースに過給器を強化するとともに、圧縮されて高温となった吸気を冷却するために過給器とシリンダー間の吸気路に中間冷却器を設けたハ115-2が二型には搭載されていた。

 エンジンカウリング下面に装備された滑油冷却器と一体化した中間冷却器や吸気路の移動など補機類の改良点は多かったが、シリンダーやクランクといった主要部品は原形そのままだったからエンジンの寸法は殆ど変化がなかった。

 銃砲兵装も一型同様に12.7ミリ機関砲2門だったが、機関砲の銃身とエンジンを収めたエンジンカウリングはより空気抵抗の小さい洗練されたものに換装されていた。

 また、薄い主翼構造のため機首以外に機銃を装備する空間が捻出できなかったため銃砲兵装こそ一型と変わりなかったが、落下タンク懸架が陸軍の他機と共通化された統一式のものになっており、両翼に250Kgまでの爆装を行うことも可能だった。



 相応に性能に差があるはずの一式戦闘機一型と二型だったが、外見上の差異は機首や機体下面に集中していた。そのため、一列に並べられた一式戦闘機の後方を歩く片岡中佐には、一型と二型の区別が容易にはつかなかった。

 エンジン出力の違いによる速力の差よりも、二型と一型では落下タンク懸架の型式が異なることから当然互換性もないしタンク容積も異なることから同一行動を取らせることは難しかった。

 進攻作戦では主に大容量落下タンクを使用できる二型を使用し、一型は近距離の地上支援や訓練、あるいは予備機として使用する計画になっていた。もしかすると格納庫から引き出されて列線に並べられているのは一式戦闘機二型のみなのかもしれなかった。


 この一型と二型が混じりつつも一式戦闘機を定数一杯分と、若干の試験運用中の増加試作機を装備した自由フランス軍ノルマンディー連隊を基幹戦力として、日本陸軍の九七式重爆撃機を装備した第6飛行大隊、一〇〇式司令部偵察機装備の独立飛行中隊を加えたのがシリア方面軍の航空部隊だった。

 以前の戦闘序列では一個連隊規模の英国空軍が加わっていたのだが、その部隊はすでに北アフリカ戦線に派遣されており、その代わりに自由フランス軍からノルマンディー連隊が加入された形になっていた。

 シリア方面軍の作戦計画では一〇〇式司令部偵察機による入念な偵察飛行によって得られた情報を元に、ノルマンディー連隊の援護を受けた第6飛行大隊が日本陸軍航空部隊のドクトリン通りに敵航空基地を作戦開始と同時に爆撃して在地の航空機を撃破する航空撃滅戦を実施する予定だった。

 これによりシリア方面への進攻開始と同時に初撃で制空権を確保できるはずだった。そののちは、ノルマンディー連隊は敵残存機による攻撃からの防空や対地支援攻撃を実施する予定だった。



 ノルマンディー連隊の主装備である一式戦闘機二型は、日本陸軍装備の仕様を策定した兵器研究方針の中では、本来であれば対戦闘機戦闘に任務を限定することで成立する軽単座戦闘機として開発されたのだが、対戦闘機戦闘から大型機の迎撃まで多用途に用いられる主力戦闘機の本命として誕生されるはずだった重単座戦闘機が様々な事情で不在の結果、実質上は日本陸軍の主力戦闘機として運用されていた。


 一式戦闘機と同じく中島飛行機で開発された二式戦闘機は、強力な空冷エンジンによる高い上昇能力を持っていたのだが、その反面翼面荷重は大きく、戦闘機としての機動性は低かった。

 実質上対大型機用の迎撃戦闘機として陸軍に認識されてしまった二式戦闘機は汎用的に使用できる主力戦闘機として運用するのが難しく、制式化はされたものの、日本本土駐留の防空隊などの迎撃を主任務とした一部の部隊への配備に留まっていた。

 重単座戦闘機の本命と考えられていた二式戦闘機の性能が期待はずれに終わった一方で、軽単座、重単座戦闘機と複座戦闘機の分類を作り上げた現行の兵器研究方針とはやや異なる経緯で川崎航空機が開発していたのが水冷エンジンを搭載したキ60だった。


 1930年代なかばに、政治的な事情から川崎航空機はドイツダイムラー・ベンツ社との技術提携を解消せざるを得なかった。そしてダイムラー・ベンツ社に代わって日英政府の仲介で新たな提携先となったのが同じく水冷エンジンを開発していたロールス・ロイス社だった。

 川崎航空機がロールス・ロイス社との技術提携を始めた最初の機体が同社製のケストレルエンジンをライセンス生産したものを搭載した九八式戦闘機だった。

 キ60はこの現行の陸軍戦闘機で唯一の水冷エンジン搭載機である九八式戦闘機の後継機として試作開発された機体だった。そのエンジンはケストレルからマーリンエンジンに切り替わっており、この大出力水冷エンジンとより洗練された機体構造によって、同エンジンを搭載したスピットファイアと同程度の性能を発揮することが出来た。

 さらに、段々と出力向上が図られていくマーリンエンジンとそれを搭載したスピットファイアの性能向上を見る限りでは、同様のエンジンと構造を持つキ60は、二式戦闘機が持ち合わせていなかった発展余裕をも持ち合わせているようだった。



 実際にキ60が飛行するまでは、兵器研究方針からの逸脱もあって陸軍航空本部は冷淡な姿勢だったが、試験飛行で重量のある水冷エンジン搭載機であるためか、二式戦闘機よりも上昇力で劣っていたことを除けば、概ね性能上全般で優位を示した後は手のひらを返したかのように、一転して次期主力戦闘機としての内定を決定していた。

 その当時は航空本部に勤務していた片岡中佐も、陸軍のキ60への態度の急変が異様であったのを覚えていた。それだけ二式戦闘機の性能への不満と、次期主力戦闘機となる重単座戦闘機への期待が大きかったのだろう。


 ただし、キ60は航空本部の方針と離れたところで、ほとんど川崎航空機の自主研究として試作開発が進められていたのだが、それゆえに実際に陸軍戦闘機の運用研究を行なっていた明野飛行学校などからの細かな指摘点は少なくなかった。

 確かにキ60は次期主力戦闘機としての地位を約束されてはいたが、実際に制式化されるのはこれらの陸軍搭乗員たちからの指摘を受けた改善点を織り込んだ機体になるはずだった。

 すでに変更点が少なくないことからキ61という別符号を与えられたその次期主力戦闘機は、すでに航空本部で制式化が内定されていたが、未だ本格的な生産体制は整っていなかった。

 予定通り来年度に制式化されれば三式戦闘機と命名される予定のキ61は、現状では未来の存在でしか無かったのだ。



 実は、本来の予定ではノルマンディー連隊の装備機はすでに制式化が決定しているも同じであるキ61となるはずだった。一式戦闘機はそれまでのつなぎにすぎなかった。

 地上要員の育成の遅れなどからノルマンディー連隊の実戦投入は来年度となることが想定されており、その時点での最新鋭機が供与されるはずだったからだ。

 三式戦闘機は日本陸軍でも最新鋭の機体となるはずだったが、自由フランスは新たに自陣営に加わった海外植民地であるニューカレドニアから産出される鉱物資源とのバーター取引で最新鋭機を取得する予定だったようだ。


 それが急な計画の変更でノルマンディー連隊は一式戦闘機配備のままで前線に投入されることになってしまったのだった。

 だが、一式戦闘機、特にエンジンを換装した二型は対戦闘機戦闘に限れば現在の日本陸軍が装備する最も有力な戦闘機の一つには違いはなかった。搭乗員たちも概ねこの機体に慣れているから、日本人向けにまとめられたコクピットに大柄なフランス人の一部が窮屈な思いをしている以外は特に問題はない、はずだった。



 それまで断続的に聞こえてきたエンジン音が急に変化していた。片岡中佐は慌ててエンジン音が聞こえてくる方に首を向けた。

 列線に並ぶ一式戦闘機の主翼が作り出す影から、唐突に液冷エンジン搭載機特有の鋭く尖った機首をもつ戦闘機が姿を表していた。基地上空での降下と旋回を終えて滑走路に着陸する寸前のようだった。

 無意識の内にその数を数えていた片岡中佐は、4つ目の機影を確認したことで思わず安堵のため息をついていた。

 あの機体は三桁の単位で生産されているとはいえ、書類上は増加試作機に過ぎなかった。どんなトラブルが生じるかは片岡中佐にも分からなかったし、それ以上に日本軍最新鋭の機体が敵機に通用するのかどうかが不安でもあったのだ。

 それに、あの機体はその中でもごく最近になって完成したばかりの最新の改修機でもあった。主な変更点となるエンジン自体には使用実績はあったのだが、日本でライセンス生産が開始されたばかりのエンジンが実戦で無事動くかどうかも不明なままだった。

 片岡中佐の不安を打ち消すかのように、緊急出撃していた新鋭の水冷エンジン搭載戦闘機、キ60改は小隊四機が揃って安定した様子で次々と着陸を開始していた。


 キ60は、何事もなければ三式戦闘機の名で陸軍次期主力戦闘機となることが内定しているキ61の試作機、あるいは原型機としてその任を終えていたはずだった。

 だが、陸軍にとって予想外だった二式戦闘機の迎撃機としての特化と三式戦闘機の制式化の遅れが問題となる中で、暫定的な重単座戦闘機としてキ60も量産が川崎航空機に命じられていた。

 重中間戦闘機などとも俗称されているキ60は、書類上は増加試作機の名目ですでに百機以上が生産されているらしい。生産された機体の多くは、現在液冷エンジン搭載機の九八式戦闘機を使用している部隊に機種転換の形で配備されていったが、将来配備予定の三式戦闘機に向けた訓練用、あるいは評価用としてノルマンディー連隊にも一個小隊四機と損耗部品が送られてきていた。


 ただし、三桁の単位で量産されたとはいえキ60の仕様は確定したものではなかった。生産ロットごとに微妙に仕様が違うらしく、初期に生産された機体と、現在ハイファ基地に着陸しようとしている最新型では、エンジンすら変更されていた。

 これは、キ60が三式戦闘機となるはずのキ61の試作機であったことに起因していた。キ60の生産ラインとは、川崎航空機にしてみればキ61のための生産ラインとなる将来投資、あるいは生産ラインの試作、原形に他ならなかったからだ。

 だから、キ61の仕様が固まるに連れて、キ60の生産ラインにも段階的にその改修点が織り込まれるようになっているようだった。


 キ60改と暫定的に呼称されている機体も、原形機が搭載していたロールスロイスマーリン12から、キ61の生産型で搭載される予定のマーリン45エンジンに変更した機体として仕上がっていた。

一式戦闘機一型の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1lf1.html

一式戦闘機二型の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1lf2.html

二式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2hf.html

キ60の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hfp.html

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