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第7話「ゴーントレット」

 白い光の中に、寄り添う子供達の影がゆらめく。

「ねえ、アイエルは帰らないの?」

「うん、今日からずっとフェレロのそばにいることになったの」

「ほんと?やったぁ!……でもどうして?」

「そ……それはね……」

 ふと消えてしまいそうなあやうさ、それはとある物語の場面のようであり、もどかしく流転しながら繋がってゆく脈絡のないシーンは目覚めを待つ意識の中で柔らかく感情を昂らせる。

「……ごめん、いいたくなかったらいいんだ。そっかぁ、これからずっとアイエルといられるんだ」

「うん……でもフェレロ、私……」

「だいじょぶ!ぼくがアイエルをまもってあげるよ!あ、そうだ、いっしょにおフロいこうよ!ビルケウがにじいろにひかってとってもきれいなんだ!」

「え……ええっ?」


おい!フロなんて行ったか?


 夜通しにぎわう街をを仄かに照らすビルケウの漣がまだ覚めやらぬフェレロの瞳に光を与える。夜明け前のけだるい時間、建国祭で盛り上がるリベラシオン広場の喧噪もさすがにやや落ち着きを見せているようで、人々はやがて訪れる競演の時を語り合いながら湖の目覚めを待っていた。フェレロは上体を起こすとまだ薄暗い室内を見渡した。となりのベッドではハナが静かな寝息をたてている。君将主催の決勝進出者への激励の宴はソラウィの操者やヒュピィアの技師を交えてそれは盛大にとり行われ、慣れないフェレロとハナは勧められるまま様々な料理や飲物をたらふく頂いたあげく、よいよいになって早々と就寝してしまったのだった。頭がはっきりしてゆくにつれ思い出されてくる昨日の出来事、しかしそれにかき消されようとしている目覚める直前の幻影をフェレロは手繰りよせた。

「……夢……なのか……アイエル……今のは……ラーマで出会ったあの子……けれど……」

 徐々に増してゆく湖面の輝きは港町のシルエットを街区へとなげかけ、上空を覆っているヴーに蒼い色彩を与えてゆく。ビルケウの「惶」によってもたらされる首府の朝、遠く近くに刻を告げる鐘の音が聞こえてくる。フェレロはえもしれぬ郷愁を胸におぼえながらバルコニーへと出た。ひんやりとした朝靄が体を包み込む。見上げる王宮の尖塔は鋭く惶に照らされる天を指し、その印象的な光景がフェレロの魂の深層に語りかけてくるのであった。

「何だろう……首府……あたたかさと痛さがいっしょにやってくる……ここはいったい……」

 目映い旭光のなか、一条の光がまっすぐフェレロの方へと飛んで来た。朝いちばんの瑞々しい惶を身体いっぱいに浴びてきたルゥラは大袈裟なポーズでその力を誇示してみせる。フェレロは笑顔を見せた。

「おはようルゥラ、いよいよだね」

「アイ♪」

「どう、ひとっ飛びいこうか?」

「アイアイ!」

 フェレロは昨日から着たままのゆるんだ装具をキリリと締め上げて部屋の扉をそっと開けた。天窓からの光はまだ弱々しく、絢爛とした屋内の装飾もその鮮やかな色彩を見せてはいない。部屋から出たフェレロはそっと扉を閉め、錠前がかかったのを確認すると忍び足で階下へと降りていった。謁見の間を抜けて、ロビーの庭園側にある駐機場への回廊へと向かおうとしたとき静かな、しかし張りのある声がフェレロを呼び止めた。

「……こんな早朝からどこへ行くんだ」

 そこにはゆるやかな長いベイルに身を包んだソラウィ、カロンの姿があった。

「やぁ、朝駆けは日課なんだ。一緒に行く?」

「いつも一緒にいるのだな……フフッ……遠慮は無用だ、貴様たちは貴賓だからな、好きなようにするがいい」

「うん、何だか落ち着かなくて……君より先にレネリィ捕まえないといけないからね」

「なるほどな……わかった、おい、この者を通してやれ」

 カロンは入り口を警護する翼士兵に告げた。フェレロは礼を言うと開かれた駐機場へと向かう扉の向こうへと駆け出してゆく。外の光に溶けてゆくそのシルエットを見送るカロンは、傍らのルゥラを包みこむ瑞々しい惶の輝きに羨望と嫉妬の念を抱くのであった。

「蒼の惶波……蒼明のソラウィ……まさか……彼はアイエルと……」



「逞しき者たちよ、今こそその勇を我に示せ!」

 王宮の2階部分に設けられた観閲バルコニーに立つネュピアスが高らかに声を上げる。隣接する広場を埋め尽くす群衆の歓声、スタートを見ようとなだれ込んでくる人々にもみくちゃにされながらハナは未だグリッド上に姿を見せないフェレロを探していた。

「……今日、この日に、我がリエラの建国を祝うにあたり、新地淅を拓きたる先達に敬意を表しその志を永く後世へと語り継ぐため、そして彼らの魂がなお我々の中に息づいている事を今一度分かち合うため、ここにジャントゥユの開催を宣言する!」

「も〜どこいっちゃったの?フェレロ、開会宣言始まっちゃったよ〜」

 流れに逆らってパルクへと向かうハナの上空を、楔型に隊形を組んだライトニングが轟音を響かせながら航過する。今回予選5位までを占めるソラウィの出場機だ。左にターンした編隊は一機ずつローリングしながら離脱して観客の前を通過してゆき、ヒュピィアの機体と操縦者がそれに続く、バンクや急上昇を見せて観客にアピールするマッキナ使いたちの演技に会場の興奮は最高潮に高まった。

「うを〜もう我慢できねぇ!パレードなんかいいから早くおっぱじめろてんだ!」

「うんうん、昨日のあの子のマッキナすごかったよね!」

「おうよ!翼士隊がなんだってんだ、もうソラウィなんて恐かねぇやな!」

「声が大きいよっ……あれ?でも今のパレードの中にあの子いたっけ」

「……えっ?」


 王宮の尖塔を遠く仰ぎ見る湖岸に立つ小さな祠、風は草原の花々を揺らしてさらさらと渡り、空へと吸い込まれてゆく惶の揺らめきが七色の放射をフェレロへと投げかける。首府の喧噪を離れた人気のない岬の断崖の上、ソラウィを模した像をその頂点に配した石廟の前でルゥラはさっきから楽しげに誰かと語らっている。競技開始前の大切なひととき、けれどフェレロは特に焦るでもなく、ポォと光を纏う小さな相棒を見守っていた。

「クスッ、ルゥラはほんとにここが好きなんだね」

「アイ♪」

「うーん……風が気持ちいいなぁ……首府は面白いけど、暮らすのはちょっと疲れそうだね」

「アイアイ」

「最近思うんだ、今のこの穏やかな時って、いつか懐かしく思い出す時が来るのかなって……」

「?」

「うん……なんだかわかんないけど、もうこんな風にのんびり出来なくなっちゃうんじゃないかなって……そんな気がするんだ」

「……」

 ルゥラは顔を上げてフェレロの横顔を見た。ちょっと寂しげな瞳は遥か上空、ヴーのさらに高い領域を傍視している。ルゥラはそっとフェレロのほほに寄り添って口づけた。

「ルゥラ……うん、大丈夫だよ、僕らはいつも一緒だから」


 ドン・ドン・ドン


 首府の尖塔の周囲に空砲が轟く。白煙が王宮を包み込み、一瞬ビルケウの水面がざわめいた気がした。

「?……いけない、もうすぐスタートだ。ルゥラ、行くよ!」

「ア、アイ!」

 コールから10秒、翼士隊のアラートでも不可能な駿さでF/Fは浮上した。鋭い滑走、流麗なフォルムのマッキナは惶のカーテンを切り裂くように湖面を加速してゆく。遥か後方に立ち上る衝撃波の水柱、機首や翼前縁には圧縮された惶が青白く輝き、その際立つ光芒はリベラシオン広場からでもはっきりと視認できるほどであった。海岸沿いの観客たちの目を釘付けにしながらみるみる近づいてくる光の翼。次第に聞いた事もない惶のこだまが会場を硬質な共振で包み込んでゆく。

「き……来たーッ!」

 惶輝一閃、F/Fが矢のように広場上空を突き抜けた。わずかに遅れてきた負圧域が切り裂くような衝撃波と共に旋風を巻き起こし、会場は紙や衣服などが舞い飛び大変な騒ぎになった。

「待てーッ!船券が……俺の船券がッ!」

「くはーッ、強烈な後流だな……飛ばされそうだ!」

「フェ、フェレロ!」

 ハナはF/Fの涼やかな惶波の迸りを目にするとあわてて後を追った。最終調整を終え次々とパルクへと戻ってくる各マッキナの整備班をかきわけ、観客席を隔てる柵を制止を振り切ってよじ上り、息を切らせてコースへと戻ってきたフェレロのもとへと駆け寄ったハナはその襟もとをつかんでぐいぐい振り回した。

「どこいってたのよーせっかくいい位置につけてたのにーパレードでてないからこんな後ろからスタートになっちゃったじゃないのーばかばかばかすごくすごくしんぱいしたんだからーぜぇぜぇ……」

「ハハ、ごめんハナちゃん」

「……はぁはぁ……ほんとにもう……あ……そうそう、今回は先導のレネリィがネーロなんだって、追いつくの大変だよ!って、あっ!もう!首つかまないでッ!こそばゆいキャハハやめてやめて自分で戻るからッ」

「あっあっそんな猫みたいに……くす、ハナちゃん、ありがと……」

 コース警備の翼士兵につまみだされるハナにフェレロは苦笑しながら軽く手を振った。カロンのライトニングを先頭に2列に整然と並んでスタートを待つ多様な工廠のマッキナ、フェレロはそのグリッドの最後尾にゆっくりと接地して機関の断続器を切った。トーンを下げてゆく圧縮筒の回転音、気がつけば先程まで飛び交っていた歓声はすっかり鳴りを潜め、広場には張りつめた空気がみなぎっている。計時門の中央に設けられたコース状況を告知する旗所、競技開始を告げる審判長の右手が高々と掲げられ、その分厚い手袋にもたれかかった小さな肢体が眩い鮮紅の輝きを放ち始めた。一斉にどよめきの声を上げる観客たち、それを見たフェレロは待機しているルゥラに小声で話しかけた。

「紅の惶波だ、でも……普通のネーロじゃないみたい……ルゥラと同じ……」

「アイ?」

「うん……たぶん、あの子も特別に強い惶を授かったんじゃないかな。力のあるソラウィに」

 操縦者たちは手綱を握りしめ、固唾を飲んでネーロが放たれるのを待った。ジャントゥユの決勝は予選とは異なり各々の順位は特に意味を持たない。リエラ建国以前よりこの地で行われてきた荒々しいヒュピィアの祭、勝利する為には他機との激しい攻防を制して先行する獲物……ネーロを捕獲しなければならない。フェレロはキャビンの足下に固定したキャプターに手をかけた。

「惶なる命、我とともに……」

 鳴り響く銅鑼の乱打。選手の、そして観客の視線が一点に集まる中、審判長の掲げるネーロはやおら立ち上がり目も眩むほどの強烈な閃光を発したかと思うと、大量の燐の飛沫を残して周回コースへと飛び込んだ。号砲が会場を揺さぶり、各機のマッキナに一斉に火が入る。

「狩猟開始だッ!」



 丸い天上より差し込む淡い光がプレキシガラスの突出した曲面を流れてゆく。ラーマに点在する惶湖のひとつ、テグ。いつのころからかこの岸辺には何処の国籍のものとも知れぬ巡惶艇が擱座していた。もはや森と同化したかのような苔むした残骸、しかし所々にある窓には仄かな灯りがともり、随所に集うネーロ達の燐光が暗がりに機体のシルエットを浮かび上がらせている。その船内……外観からは想像出来ない程整然としたキャビンの一室で、アイエルは頭上のヴーの空を天測窓より仰ぎ見ていた。妖精機関とは異なる未知なる構造の発動機は随所に破口が認められ損傷が酷い状態であるが、設けられた居住施設を稼働させるだけの惶は湖より得る事が出来るため、この艇はラーマにひとり暮らすアイエルの格好の住居となっているのだった。

「そう……今日はジャントゥユの日なのです」

 訪問してきたネーロたちの怪訝な顔に、アイエルは普段はあまり見せない笑顔で答えた。

「ええ、さっきまでルゥラとお話ししていました。ネーロになってからあの子の声はよりはっきり聞こえるようになって、フフッ、ついついいろんな事を聞いてしまいました……そろそろスタートの時間でしょうか。あの子の……出場者みんなの無事を祈りましょう」

 おしゃまなネーロがひとり、アイエルに耳打ちしてクスクス笑った。

「え?フェレロ?……うん、フェレロは大丈夫……昔からマッキナだけはすごく上手でしたから……」

 頬を染めて、けれど言葉とは裏腹に不安に曇る瞳、アイエルとてジャントゥユがいかに粗暴で危険な競技であるかは理解しているのだった。示し合わせたように顔を見合わせ、気取られないように機関室へ行こうとするネーロ達をアイエルは引き止めた。

「あなたたち……わかっているでしょう、あの部屋に立ち入ることはなりません……ええ、気持ちはすごく嬉しい……けど……この船は、もう2度と動いてはいけないのです……」

 この森のネーロ達にとってアイエルは母親のような存在、力尽きたレネリィが向かう最期の地として忌われているラーマで、彼女たちはアイエルの加護によってもう一度生きる事を許されたのであった。ソラウィであるが故にこの地を、惶湖のそばを離れることが出来ないアイエルを自由にしてあげたいというネーロ達の願い、しかしアイエルはそれを頑に拒み続けるのだった。

「新地淅の均衡は私が此処にいる事で保たれているのだと思います。今、地上を司っているのは紅の惶、蒼明のソラウィである私が並び立てば再び諍いが起こることでしょう。私はヴーの意思に導かれたこの地を離れるつもりはありません……」

 胸にあてた手を握りしめ、自らの決意をあらためてネーロ達に問うアイエル。今まで通り淡々と振る舞ってはいるものの、あの日、フェレロとの再会以来、アイエルの表情には少女らしい心の揺らぎが見て取れるようになって、ときおり垣間見せる恥じらいはフェレロへの思慕の高なりをはっきりと感じさせるのであった。アイエルは願う……叶わぬ想いをただ一途に、本当の自分の気持ちに戸惑いながら。

「フェレロ……お願い、無事に帰ってきて……私のもとへ……」



「アイ!」

「くあっ……」

 蹴飛ばされたような不意の増速にフェレロは仰け反った。荒々しく内側から体当たりを敢行してきたマッキナの衝角が翼をかすめる、ゲートへ向かって高速旋回中のF/Fの起こす乱流に飛び込んでしまった先刻のマッキナはコントロールを失い、後続の機体の前下方からもつれあうように接触した。弾け飛ぶ2機の眼前に迫るトンネル、1機はやむなく失格を覚悟でコースを逸脱し湖畔へと逃れたが、もう1機は無理な姿勢でゲートを潜ったため立て直しが効かずトンネル入り口の壁面へ激突した。

「21番ゲート、事故!救急隊急げ!」

 旗振りの報告に観客が沸く。後方で微かに聞こえた衝突音にフェレロは顔から冷や汗が噴き出てくるのを覚えた。

「墜ちた?くッ……さっきの加速がなかったら、僕も……」

「アイ♪」

「助かった、ルゥラ、まるで見えてたみたいだね」

「アイアイ」

 最後尾スタートにも関わらず、瞬く間にヒュピィアの参加機の首位に躍り出たフェレロはコース上前方に並走する4つの紅い惶波の煌めきを認めた。最上位に位置するカロンに迫るための最大の障壁、毎回いつもこの集団に阻まれトラブルで脱落していたフェレロは、今一度手綱をしっかりと握りしめた。

「速度このまま維持、奴らにラインを塞がれる前に飛び込む!10重までかけるよ」

「アイッ」

 計時門を先導のネーロが矢のように通過する。やや間を置いてカロンのライトニング、その後を追う翼士隊の4機は緊密な編隊を固め何時ものソラウィ必勝態勢を構築していた。しかし特徴的な蒼の惶波を放つフェレロのF/Fがみるみるその背後に迫る。拳を突き上げて歓声を上げる観衆の中で、ハナも声を枯らして声援を続けた。

「いけー!フェレロ!抜きまくれー!」

「へっ、どうせまたあの『地獄の壁』にやられちまうさ」

「な、なによーッ!」

「あのつるんだ連中を見ただろ、鳥1匹入る隙間なんかねぇぜ!」

「いや……あいつなら……」

 最高速に長けたソラウィの乗機、ライトニングは急旋回時に置いてやや抵抗が多く、翼士隊の4機はそこさえ押さえ続けてさえいれば機動性に富むマッキナを駆るフェレロの先行を許さないはずであった。しかし高速域で今までに無い伸びを見せる今大会のF/Fは直線においてもライトニングに大きく引き離される事がないため、ソラウィ勢としては少しでも脱出速度を稼ぐため通常の限界を超えた旋回を行う必要性に迫られる事となった。自分との差がじわじわと縮まり始めたのを察知した首位のカロンは機関に鞭を入れた。

「アテにする訳にはいかんというわけか……チッ」

 サンテデボーテからカジノへの飛び込み、フェレロは前日の試走の時から高速でしかも左右の切り返しと上り坂を伴うこの区間で仕掛けることを決めていた。最高速から一気に減速するポイント、ここで前に出られれば続く屈曲部で決定的な差をつけられる。直角に曲がる右へのターン、猛烈な加重がフェレロの体重を支える固定具のハーネスをぎりぎりと締め付ける。十分に推力が蓄積されていることを示す石英管の白い輝き、コーナー立ち上がりで放たれる比類ない惶波は先行するライトニング隊を遥かにしのぎ、4機の後流の生み出す広範のドラフティング域もあってその差は一気に縮まった。

「後方警戒!来たぞ!」

「フォーメーションを乱すな」

「内側は確実に締めろ、当てても構わん!」

 緊密な隊形で迎えうつ翼士隊、全機横並びのままリパージュを疾走してゆくその背後にぴたりとついたフェレロは、不圧域のもたらす余剰出力で限界にまで高まった翼車室の内圧計を見てニヤッと笑った。充分に惶波を温存出来たF/Fはマスネの手前でその擁護を離れ、推力全開で一気に規定高度ぎりぎりまで急上昇した。即座に反応し接触を試みる翼士隊、しかしフェレロの真意を察知出来ていた者は誰一人いなかった。F/Fはその頂点で鋭く半横転し、今度は地表へ向けて一気に降下を始めた、一瞬の出来事に翼士隊はフェレロを見失った。

「何処へ?……くっ!」

 気を取られる間もなく迫るカジノ前コーナー、減速を最小限に抑えつつ何とか編隊を維持するライトニング隊を、上空から猛烈な気流剥離の雲をまき散らすF/Fが稲妻のように貫いた。高度差を利用した空戦機動、速度を殺さずに旋回半径を維持する事が出来る基本的な戦技であるが、この狭い空間で、いきなり訓練もなしに行うのには並外れた技量と度胸が必要である。翼が軽く街路の石畳をかすめ、F/Fは全く速度を落とさぬままミラボーへのアプローチへと飛び込んでいった。

「完璧だッ!」

「アイ♪」

 ライトニング隊がカジノ前を抜けたとき、彼等の前にも後ろにもマッキナの姿は見当たらなかった。ただコース上に漂う蒼の光霧が彼等に自らの失策、ソラウィとしての力の限界を感得させるのであった。瞬時にライトニング4機を抜き去り、さらに決定的な差を築いたヒュピィアのマッキナ、F/Fの尋常でない疾さに翼士隊は戦慄した。

「狂ってやがる……いかに隊長とて、あの者を妨げることは容易ではないはず……恐るべし、蒼の惶波よ」

 今やカロンとフェレロの間を隔てるものはなく、ここへきて初めて両者は互いに相見える事となった。刻々と変わるコース状況、風速、先導するネーロの気まぐれ……冷静さと剛胆さを併せ持った真の勇者の頭上にこそ勝利者の冠が戴される。両者の機体にそれぞれ存在する長所と短所、しかし今大会においては、F/Fとライトニング、フェレロとカロンの差は殆ど無いとってよかった。周回遅れに詰まり僅かに減速してしまったカロン、フェレロがその隙を見逃すはずがない。

「追いついた!カロン!」

「ち、小僧が!」

 並走する2機のマッキナは湖岸のポルティエの立ち上がりで渾身の加速を試みる。爆発のごとき惶波の解放は2色の長い軌跡をコース上に絡ませながら各機のマッキナを加速させ、人々は初めて見る光の競演に歓喜の声を上げた。

「すげえ!こんな凄ぇ飛びっぷり見た事無いぜ!」

「戦でもここまでやんねーよ!ったく、震えてきやがったぜ……」

「見ろ!ネーロに追いつくぞ!」

 前を行く紅光に迫るF/Fとライトニング、気づいた先導のネーロは渾身の力を振り絞って逃れようとする。しかし先鋒を欲するフェレロとルゥラの潜在能力は今や自らの認識を大きく上回るほどに増大しており、カロンをもってしてもその進出を食い止めるのは困難であった。

「ルゥラ!もう少しだ!機体は何とかする、もっと力をッ!」

「アイ!」

「行かせるかッ」

 その時、F/Fの機体が淡い青色に発光し始めた。ルゥラの生み出す、妖精機関に収まりきれない程に溢れる夥しい惶波の流出が構造体を伝って機体をくまなく覆い尽くしはじめたのだ。その一途な想い、純粋な意思は輝く機体の隅々にまでゆきとどき、今やF/Fの機体はトリガー、ルゥラと同体となっていた。羽ばたくほどにまき散らされる蒼の光粒、そのコトネの奔流にカロンは圧倒された。

「な……何だ……何が起きたというのだ……」

 特徴的な翼士隊の兜越しに見る鳥の姿にも似たF/Fの機体、それは本来のフォルムを内包して長大な翼を広げ、吸い込まれるようにコースの前方へと消えていった。

「ルゥラ……うん、君に任せるよ……あの子を助けてあげなきゃね……」

「フェレロ……ルゥラ、がんばるからね……ずっとみててね……」

 すでに競技としてのジャントゥユは終わっていたのかもしれない。煌々と人々を照らしながらコースを駆けるF/Fはもはやライトニングなど到底及ばない速さで周回を続け、程なく先導のネーロへと追いついた。包み込まれるようなあたたかさ、その気配に気がつき、はっとして振り向くネーロ、その目にF/Fの背後より撃ち出されんとする紅蓮の波動が迸りが映った。

「まやかしを……フェレロ!貴様に先鋒は渡さん!」

 急迫する白銀の機体、唸りを上げるその機首の4つの砲門が閃光を発した。

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