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第4話「ハヴォック」

 突き出した煙突からもうもうと黒煙を吹きあげながら、大型の荷台を牽引したいかにも鈍重そうな装輪式のマッキナが居住区へと向かう橋の上を進んでゆく。両手に左右各々のクラッチのレバーを握りしめたガナッシは、回転数の差から生じる偏向で脱輪しそうになるのを小刻みな断続でしのぎながら何とか対岸へと向かっていた。地中を貫く惶の幹に曝されて生成された「惶石」そのエネルギーは新地淅の産業に大きな変化をもたらしはじめてはいたが、稼動させる機関や燃料の重量の大きさゆえ、マッキナの原動機はいまだ妖精機関が主流であった。その究極に到達したと思われるライトニング級、それと互角以上の機動性を見せつけたF/Fにリエラが黙っている訳がない。ガナッシはとにかく翼士隊より先にフェレロたちを確保しようと最大にまで蒸気圧を上げた。

「あの飛び……フェレロのやつ、とうとう見つけたのかもしれねぇな。ならなおさら、ハースの奴に渡すわけにはいかねぇぜ!おらおら!ボケッとしてると轢いちまうぞ!」

 ガナッシは蒸気をまき散らしながら、テロル広場への街路を突き進んでいった。



 3機のライトニングを背後に従え、不時着したF/Fの前へ歩み寄って来た若きソラウィの将校は自分より少し小柄な、しかしほぼ同年代に見えるフェレロを見て蔑むように笑った。

「私はカロン、大リエラ翼士隊の指揮をしている者だ。操縦者、名を何という」

「僕はフェレロ、びっくりしたよ。あの体勢からは撃ってこれないと思ったのに」

「フェ、フェレロ!そんな言い方なれなれしいよッ……す、すみません、あの、その……」

「フッ」

 極度のソラウィ兵恐怖症のハナはフェレロの、まるで友人とでも話すかのようなその応対に気が気じゃない。しかしカロンは気にする素振りすら見せずに、二人の横を素通りして翼の折れまがったF/Fの側へと歩いていった。思わず振り向いたフェレロに随伴している翼士隊の兵士が剣を抜いて喚起する。

「動くな!長生きしたかったらな、ハハハァ!」

「ちっ」

「煩いぞ、任務は寡黙に遂行しろ」

 仰々しい声で脅しをかける部下をカロンは禁めた。そしてF/Fの流麗なフォルムと破口からのぞく翼の構造を一通り確認した後、全く臆することなく自分を見つめてくるフェレロに向かって言った。

「条例3項の2は知ってるな?街区におけるマッキナの飛行禁止を定めた規則だ。これにより当方には検閲する権利が発生した。貴様の機体、詳しく調べさせてもらう」

「べ……別にいいけど」

「フェ、フェレロ?あの中には……」

 身を乗り出すハナをフェレロは軽く制止した。カロンは操縦台に昇ると、慣れた手つきで機関部パネル解放用の把手を引き出して左へと回した。導管が切り替わり、かすかに空気が満たされる音がしたが圧が足りないのか、嵌合を解除することは出来なかった。カロンは表情を険しくするとフェレロに問いただした。

「解放用の把手はここだけか?」

「さっきの一発で高圧タンクが破れちゃったみたい、圧搾空気でもないと開かないよ」

「そうか……仕方ない。手荒なことはしたくはないが」

 そういうとカロンは操縦台から降り、右手首の手甲から肘へと繋がっている導惶用の索の接続を切り離した。瞳がわずかに揺らめき、F/Fへとかざした右手が眩い輝きを放ちはじめる。それを見たハナは息を飲み蒼白となった。修羅の光景が脳裏に甦る。

「あれは……みんなを……みんなを焼きつくした光!フェレロ、あいつ、F/Fをッ!」

「なにいッ?」

 いきり立つフェレロに今一度突き付けられる翼士隊の剣、カロンは冷徹な視線をフェレロに投げかけた。

「このマッキナ、実に速い機体だ。機関とのバランスも極めて高い次元にある……しかし、我が皇軍以外にこのような機体が存在してはならんのだ。協力してもらえないと言うのであれば、消し去るのみだ」

 F/Fへと伸ばした右手の光球が機体の薄いパネルを波打たせはじめた。発火すればたやすく延焼するだろう。そうなれば妖精機関内のトリガーは空気を失い窒息することになる。フェレロは叫んだ。

「や……やめろッ!」

「見せてもらえるのだな」

「……くッ……わ……わかっ……」

 フェレロがカロンの要求を受け入れようとしたその時、不意に背後を固めているライトニング部隊が色めき立った。

「お前ッ!止まらんか!くそっ、緊急回頭!」

「何事だ!」

「不審なマッキナが……急げ、砲門をあいつへ向けろ!」

 フェレロを拘束していた翼士兵が各々の搭乗機へと走る、その向こうに立ち上る黒々とした煙……それは高々と空中へと噴き上がりながらフェレロ達のいる鐘楼へと近づいて来ていた。回頭が間に合わずやむなく空中へ退避するライトニング小隊、その真下をパージ孔から大量の水蒸気を噴き出して減速を試みるマッキナが通り過ぎた。

「くそっ!何も見えない!」

「下手に動くな!衝突するぞ……うわっ!」

 一面に立ちこめる熱い揺らぎ、飽和した白煙は外気に触れ凝縮し建物で囲まれたテロル広場をじっとりとした霧で満たしてゆく。早計にもマッキナで浮上してしまった翼士隊は視界を確保する為高度を取るしかなく、カロンは白いミストで見えない上空に部下達の安否を把握出来ず、その不甲斐なさに苛立ちを覚えた。

「失策をッ!この状況でマッキナを使うなど愚の骨頂……な、何だ?」

 金属の軋む音と汽笛、振り向いたカロンの目前にはいつの間にか巨大な機械らしきものの影が近づいてきていた。立ち上る白い陽炎の中、共にその無骨なシルエットが次第に鮮明になってゆくのを見守るフェレロの耳に、聞き覚えのある荒々しい声がひびいてきた。

「フェレロ!大丈夫か?」

「!……ガナッシさん?」

 未だに残留した蒸気をチェンバーから小刻みに噴き出している巨大なマッキナの運転台から、梯子をつたって大柄な男が降り立った。その姿を認めたカロンは惶波を撃つべく構えていた右手をぐっと握りしめ、大きく息を吐いた。

「ガナッシ、また貴様の仕業か?」

「ハッハハ!すまんすまん、まだまだ制御に問題があるようじゃな……さてと」

 やや呆れた顔のカロンにぶっきらぼうに話すガナッシの姿を見て、フェレロとハナはほっと胸をなで下ろした。どうやら面識があるようだ。フェレロは心の中で妖精機関内のルゥラに話しかけた。

「ルゥラ、だいじょぶ?」

「アイ♪」

「もちょっとおとなしくしててね。上手くいきそうだから」

「アイアイ」

 装具を元通りに装着しなおしたカロンは、F/Fに勝手に近づいて各所の状況を確認しはじめたガナッシに不機嫌そうに声をあげた。

「あの少年達はお前の知り合いか?」

「あれ?紹介してなかったかね、彼はフェレロ、ウチのテストパイロットだ」

「しかし報告ではあのマッキナは無人で飛行していたとある。どういうことなんだ」

 ガナッシはニヤリと笑うと、運転台に飛び乗ってカロンを見下す目線に立った。

「は〜言いたくはないけど仕方ねえ、こいつにはマッキナの自律航行装置が積んであるのさ。つまり機体が自分で危険を判断して飛んでくれるわけ、実用化できればたとえパイロットがミスしても墜ちはしねえ。ほれ、あんな事にならなくて済むって事だ」

 ガナッシは顎でテロル広場の一角を示した。そこにはさっきまで後衛を固めていたライトニング小隊……カロン機を除く空中退避した3機が見るも無惨な姿で擱座していた。おそらく視界を奪われ接触、墜落したのだろう。その光景を見たカロンは思わず舌打ちをした。ガナッシは尚もうそぶく。

「いや〜まだ飛ばすつもりはなかったんだが静電気か何かで勝手に起動しちまってな……街区にテスパイを待機させててよかったよ。へっへへ、あいつは凄腕だからな。うまくやりやがった」

「その自律航行装置とやらは何時完成するのだ?」

 苛立ちを隠せないカロンの言葉にガナッシの目が光った。

「もう一息ってとこなんですがね、何せ費用がかさんじまって……あと100000リレくらいあればいいもんができるんですけどねぇ」

「100000だと?ふざけるな!それだけあればライトニングが一機調達出来るのだぞ」

「配備したって戦力にならなきゃ意味ねーでしょうが。あぁ、あちらの3機、ご不要でしたら引き取りますぜ、旦那」

 ニヤついて足下を見るガナッシ、しかし彼のその言葉の裏に潜む翼士隊が直面している問題は確かにカロンにとっても急務なのであった。

「口の減らない奴だ……わかった、稟議は通す、一日も早く完成させろ」

「へいへい、おいフェレロ、F/Fの回収手伝ってくれ。クレーンを使う」

「うん……よかった」

 テキパキとF/Fを荷台へと乗せる準備を進めるガナッシ達を横目に、カロンは早足で広場の隅へと歩いて言った。もともとある程度の飛行能力のあるソラウィの事、隊員には大した怪我はないのだが、さっきまで磨き上げられた機体で周囲を威圧していたライトニングはどれも全損に近い状態で、カロンは整列している部下達に厳しい口調で指示を出した。

「とんだ醜態を曝してくれたものだ。貴様ら!己の研鑽が足りないからすぐ機械に頼ろうとする。いいか、戻ったらみっちり扱いてやるから覚悟しとけ。それからハースを呼べ、機体を回収させる」

「はッ!」

 敬礼をする隊員達を冷ややかに流し見ながらカロンは自機の所へと歩いていき、機関を始動する準備を始めた。操縦席の遮風板を通して、釣り上げた機体を誘導しているフェレロの姿を見つめていたカロンは、被弾からのスムーズな立て直しを見せたその技量に不思議な昂りを覚えていた。

「フフ、決着はジャントゥユでつけるっていうのはどうだい?フェレロ君」



 昼夜という隔たりのない、常にヴーの弱々しい光に淡く照らされている新地淅においては、ヒュピィアの人々は噴出する惶が豊富で明光な地域「トゥレフ」で働き、郊外の痩せて薄暗い土地「ヤナ」に寝食の場を置いている。そんなヤナの集落の中にあるガナッシの工廠、普段は小さなランプがぼんやりと一隅を照らしているだけのガレージが今日は煌々とした明かりを灯していた。翼の修復を終え、機関の検査のために圧縮部を取り外したガナッシはそのあまりの摩滅の様に目を丸くした。

「こいつはヒデぇ……タービンの羽根がほとんど溶けちまってるぜ。フェレロ、そのチビ、とんでもねぇ奴だな」

「ルゥラだよ、ふふっ、寝てるときも光ったままだから眩しいね」

「ああ……こんだけ惶があふれ出てりゃ昼寝したまま飛んじまうのも無理ねぇか……なるほどこの子にはコンプレッサなんて邪魔なだけみたいだ。途中の抵抗を極限まで減らしてやって、持てる惶波を効率良く推力に変えるやり方のほうが資質を生かせるかもしれん」

「じゃあもっと速く……ライトニングよりも速く飛べるかな?」

 フェレロは目を輝かせてガナッシに問う。

「正直こんな凄いレネリィ扱った事ねえからなんとも言えねぇが……そいつが気持ちよく力を出せるような機関に調整する事は可能だ。問題はその上限が未知数という事だな」

「うん……まだまだ余裕ありそうなんだ。ルゥラ」

「頑丈に作れば重くなる、だがそれではハースのやり方と同じだ。わしもライトニングは好かんのでな、あんな風にはしたくねぇ。その辺の線引きをどうするか……」

「おいっちゃん、一人暮らしのわりにはイイお茶飲んでるね!はい、カップ出して」

 世話焼きのハナが大きなポットを持ってやってきた。もともと父親のゴランと親友同士だったガナッシには幼い頃から可愛がられていたこともあって、ハナはこのガレージに郷愁にも似た居心地の良さを感じていた。壁一面に張り付けられた数えきれない程のマッキナの設計図……旧態然とした王国時代の機体から意欲的な最新作フライングフェザーまで、もうそれ自体がマッキナの発展史と言える程の膨大な情報、それを前にがやがや議論を交わすハンター達の記憶はハナの男性に対する原風景そのものであった。ガナッシは寝板から起き上がると作業台へとやってきて、廃材で作った操縦席風の椅子にどっかと腰を降ろした。

「茶好きに独身もへったくれもあるかい!それはそうとハナちゃん、しばらく見ねぇウチにずいぶん大きくなったじゃねぇか。こりゃおめぇ、男が放っちゃおかねぇのと違うか?なぁ、フェレロ」

「えーハナちゃんが?ハハハハ!心配ないよ。下手に近づいたらぶっ飛ばされるから」

「フェレロ!もう、お茶あげないッ」

 またまたふくれっ面のハナ、確かに男所帯で暮らしているせいか言動や仕草に女の子っぽいところが全く感じられないのだが、それでも最近の彼女の成長ぶりはいやでも女性を意識させられるもので、フェレロはそんなハナにいささか戸惑っているのであった。

「でもよかった、おいっちゃんがあのソラウィのえらそな人と知り合いでさ。今日はさすがにちょっとヤバかったから」

「カロンか……奴も不憫な男よ。心配するな、あいつは俺らには手は下さんよ」

「自律航行装置かぁ……確かにモノは言いようだね。間違っちゃいないもん」

 フェレロはガナッシの咄嗟にしては上出来な言い訳を思い出してクスッと笑った。

「まあな……そういや最近用廃のライトニングを調べてて気がついたんだが、オーギュメンタの過給がずいぶん高圧寄りになってきているんだ」

「トリガーに苦痛を与えて出力を上げるっていうアレだね」

「うむ、妖精機関を2基載せているライトニングは、一部のソラウィの機体を除いて補助用にレネリィを装備しているんだが、どうもそれに依存する割合が高くなってきているみたいでね」

「それってどういうことなの?」

 よく意味が分かってないハナも言葉を挟んでくる。彼女にとってはマッキナの話をしているときのフェレロの表情が好きなのだ。もっとも今はガナッシに彼を独占されてるのが気に入らないだけなのだけど。

「例えばカロン、あいつはライトニングの妖精機関2基と4門の惶弾発射機をフル稼働させられるだけの惶力を持っている。だがそんなやつは翼士隊には数えるほどしかいねぇ。ほとんどのソラウィはレネリィの力を借りてようやく飛んでいるに過ぎないのさ」

「確かに物足りないと思ったよ、最初の2機は。ルゥラだけでも楽々逃げれてたし」

「ソラウィの力は確実に衰えつつある、これがわしの得た結論じゃ。現に最近はネーロ探しに躍起になっているような動きも伺える。ハースの奴も何とかラーマに侵入しようと画策しているようだ」

 フェレロは自分でポットからお茶を注いで飲み干した。強い苦みと覚醒作用、長距離を飛ぶ事の多いハンター達が好んで携行する希少な銘柄だ。ガナッシが整備料金のカタにでもせしめたものだろう。フェレロは心地よい高揚感に包まれた。

「ネーロはたくさんいたよ、でもあの子達は普通のレネリィとは全然違うんだ、いくらソラウィでもあれを捕獲するのは……とてもじゃないけど追いつかないよ、無理したらずっこけちゃうしね、ハナちゃん」

「べー、どうせどんくさいですよーだ」

「おいおいここで喧嘩は止めにしようぜお二人さん。ところでフェレロ、実際ラーマはどんな所だったんだ?」

 「うん……」

 フェレロは話しだそうとしてチラッとハナの顔を見た。ガナッシの隣で一緒にお茶を飲んでいるハナはその視線に気がつくとしかめっ面で舌を出してきた。ああ……ひどい顔……普通にしとけば可愛いのに……でもそのカラッとした反応のおかげで、フェレロは自分の琴線にふれた出来事を話す決心がついた。

「女の子のソラウィがいたんだ……僕と同じくらいの」

「あんな地の底の暗闇にか?信じられん。連中は豊富な惶の近くでないと生きていられんというのに」

 作業台の上で寝息を立てているルゥラをはさんで向かい合っているガナッシが身を乗り出した。

「大きな惶湖があったんだ。僕らのF/Fはなんとかその畔に降りられたけど、降下の制動でルゥラが無理しちゃって……」

「ラーマへ挑んだ者の宿命ってやつだな……ん?その時のトリガーはルゥラだったのか?」

「アイ?」

 名前を呼ばれたと思ったのか、ルゥラが寝ぼけた顔で顔をあげた。

「あ、ごめんごめん、用はないんだ。おやすみルゥラ」

「ムニャ〜」

 再び丸くなるルゥラ。その小さな身体を包み込む光はとても優しくて、フェレロはその中にアイエルの面影を思い出しながら言葉を続けた。

「火傷が酷くて……もう駄目かと思った。でも、そのソラウィがルゥラを助けてくれたんだ」

「レネリィとソラウィはもともと同じ種族だったと聞いた事はあるが……しかし何でそんな隔絶された闇の地にいるんじゃ?」

「わからない……それどころじゃなかったから……でもアイエルは、他のソラウィとはどこか違うような感じなんだ。なんて言うか、違う種族って気がしなくて……」

「……むぐ?アイエル?おい、今、アイエルと言った?ソ……ソラウィが名乗ったのか……げほごほ」

 ガナッシはその名前を聞いて思わず声を上げ、飲みかけたお茶をのどに詰まらせて咽せかえった。ハナがあわてて背中をどんどんとたたく。

「おいっちゃんだいじょぶ?」

「はあ、はあ……で、その……その、アイエルとか言うソラウィと何か話したのか?」

「うん……よくわからないけど、会った事もないのにいきなり名前を呼ばれて……」

「な、なんじゃとぉ?」

「おいっちゃん!」

 立ち上がってフェレロに迫るガナッシの肘をつかんだハナは、興奮気味の彼の顔をにらみつけた。引っ張られて振り向いて、自分を見つめるハナの瞳の奥に込められた想いを感じ取ったガナッシは、ふうと深い息を吐くと再び座り込んだ。

「……そうか……フェレロ、騒ぎが首府の連中に知られる前にここを離れた方がいい。機体は整備しとくから明日早く発て」

「え?う……うん、助かるよ。早くハナちゃん送り返さないとドヤされそうだしね」

「そうと決まれば作業じゃ!お前達はバラックの方で休んでくれ。日が変わるまでには仕上げとくから」

「うん、おいっちゃんお願いね、じゃあおやすみ!ほら、フェレロ」

「ハ、ハナちゃん?」

 何かに急かされるように、ハナはフェレロを引っ張ってそそくさとガレージのドアを開けた。

「どうしたんだよ急に、僕も直すの手伝わないと……」

「フェレロはまた飛ばなきゃいけないから早く休むの!ほら、こっち!」

「大丈夫だって……離せよ……わわ……」

 ハナに引きずられるようにフェレロはガナッシのガレージを後にした。日も更けて静かな町外れ、バラックへとたどる道すがら見上げた空には、色鮮やかな揺らめきを見せるヴーの流れが幾筋も地平へと向かって飛翔しているのが見える。フェレロは思わず握ったハナの手を引き寄せて足を止めた。

「待って、ほら見て、ハナちゃん、すごいね……こんなにたくさんの残照ってひさしぶりに見たよ」

「え?うわ〜……きれいだね……オーデルは空が明るいからこんなには見えないよね」

「うん……何だかこのまま吸い込まれそうだ」

 二人はしばしその場に佇んで、全天に広がる光の響宴に見とれた。

「……明日はオーデルに帰れるね、フェレロ」

「うん、ゴランさん、心配してるだろうなぁ」

 瞳に鮮やかな色彩を映すフェレロの横顔を見つめてハナは軽くうなずいた。いつもと変わらぬ安らいだひととき、けれど彼女は、この平穏な時間がもう長くはない事を感じはじめているのだった。



「ルゥラ、コンタクト」

「アイ♪」

 時をつげるルシエナの魂の音色に彩られる清々しい空気の中、駐機場に運ばれたF/Fの新しい妖精機関にフェレロの指示が飛ぶ。計器盤に灯る虹色の惶波、乾いた回転音を聞きながら絞り弁をゆっくりと開き出力を上げてゆく。それまでの極端な力場の形成はすっかり影を潜め、自然吸引ならではの素直な反応を示す機関の反応にフェレロは少し拍子抜けした。それでもその静かな稼働音とは裏腹に、F/Fはすでに地面からわずかに浮上してぴたりと安定しているのであった。ハナが手すりを越えてちょっと乱暴に飛び乗っても微動だにしないホバーリングの様は、惶波が十分なゆとりを持って供給されている事を意味する。フェレロはF/Fの余剰出力を試してみた。

「ルゥラ、直上昇!」

「アイ!」

「うひゃ〜」

 ハナの驚く声はあっという間に上空へと消えていった。よどみなく滑らかに、しかも強烈に発揮される推力は今まで不可能であった、まるで重力が存在しないかのような変幻自在の機動を可能にしていた。フェレロは秀逸な操縦性に感嘆しつつ、地上で見送るガナッシに向けて機首を垂直に上げたまま翼を振った。

「ありがとうガナッシさん!すごくいい感じだよ、大事にするね!」

「フェフェフェレロ〜落っこっちゃうよーッ」

「ハナちゃん、帰ろう、オーデルへ!」

 駐機場の上空を一回りしたあと、フェレロ達を乗せたF/Fはフェルビナク県を後にした。みるみる小さくなってゆく機影、ガナッシは確かな手応えを感じながら、消えてゆく惶波を見つめ続けていた。

「あいつめ、早々とエンベロープを把握しやがって……さすがフェルディの子っていうわけだ。ふふ、その意味を知る日はやがて来る。どうやらお前は宿星に出会ってしまったみたいだからな……」

 佇むガナッシの頭上に残る一条の航跡、遠く地平に向けて伸びてゆく輝きは天空のヴーの渦に鮮やかに映えて伸びてゆく。それはまるで、この世界を切り裂く槍のようであった。

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