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第2話「フューリー」

 空は遥か天上に小さく切り抜かれ、その遠い光は暗闇に包まれた地の底を照らす事はない。それでもここが朧の森と呼ばれているのは、木々の間に点在する輝く水面の泉──惶泉と、それに惹かれるようにどこからか集まってきたネーロ達の燐光によって、あたかも森自体が発光しているかのように浮かび上がって見えるからだ。そんな人間──ヒュピィアの世界とは隔絶された闇の中で、突然呼びかけられた生々しい肉声に二人は戦慄した。ハナは驚きと恐怖に思わず声を上げる。

「きゃあッ!」

「だ……誰だッ?」

 振り向いて身構えるフェレロ、その暗がりでもよく見える目はマッキナとは反対側の森の中で、青白い人影が木立から半身をのぞかせて立っているのを見つけた。

「ん?あそこに……」

「出たーーーーーーーーーー!」

「ハナちゃん?……大丈夫、ほら、よく見て……誰かいる」

 薄明かりの中でもそれとわかるほど白く繊細な肢体と艶やかな長い髪はなるほど獣の類いではなさそうで、フェレロはほっと胸を撫で下ろした。

「こんな所に……ネーロを探しに来た仲間?……じゃ、なさそうだね……」

「……フェレロ……?」

 頭を抱えてしゃがみ込んでいたハナはおそるおそる立ち上がって、湖畔の森を見つめるフェレロの視線の先に目をやった。ああほんとだ、女の子?……私と同じくらいかな……キレイな目……目?やだ、こんな真っ暗なのにどうして見えるの……ひっ!不意にハナの表情が険しくなった。口もとで憎悪をかみしめ、握った拳がぶるぶると震え始める。

「フェレロ、あの子の目……あの輝き……ソラウィ!?」

「……ハナちゃん?」

 ハナの言葉に、フェレロは少女の顔を追った。この暗がりにあって彼女の両の目は惶泉よりもはるかに明るく、あたたかな、けれどどこか粗暴な力を感じさせる光を放っていた。惶の力を自在に操る翼人、ソラウィを前に思わず身構える二人。けれどその少女はゆるやかに纏ったローブを靡かせ森から歩み出ると、どこか育ちの良さを感じさせる控えめな口調で話しかけてきた。

「あ……あの……先ほどは失礼いたしました。つい……あの方にそっくりな佇まいでしたから」

「……あの方?」

 そう言いながらフェレロのすぐ側までやってきた少女に向けて、突然鈍い輝きが周囲の空気を切り裂きその頭上へと叩きつけられた。

「!!……あっ……」

「なれなれしく話しかけてんじゃないわよ!この人殺し!」

「……ハ、ハナちゃん?」

 ハナの振り下ろしたキャプターの打撃を頭部に受け、少女はその場にうずくまった。前髪からのぞく額に一筋の血が流れてゆく。ハナはなおもその棍を振りかざし、怒りをあらわにして言葉を続けた。

「こんな所に隠れて、今度はどこをおそうつもり?そんな事はさせないわ!みんな……みんなやっつけてやる!」

「や、やめろよハナちゃん!女の子だけど、この子はソラウィなんだ!僕らじゃかなわないよ!」

「でも!コイツらは……コイツらは私たちのッ!」

 ハナはキャプターの先端を伏している少女の首もとへと押しつけ、小突いて顔を上げさせた。無理矢理上を向かせられたその表情は怯えと懺悔の念に曇り、光ゆらめく瞳には涙が浮かんでいる。少女は声を詰まらせながらハナに謝罪した。

「……ごめんなさい……フェルビナクの方たち……ほんとに……ほんとにごめんなさい……」

「な……なによ今さら!あやまったって、死んじゃった人は帰ってこないのよ!母さんや弟や……焼かれちゃった人たちを返して!返してよ!」

「ハナちゃん……何の事言ってるの?」

 そっか、フェレロは……事情がよくわからないフェレロをハナは悲しげな眼差しで見つめた。私も……私も、フェレロのように何もかも忘れてしまえたら……決して消えることのない辛い記憶、その元凶を目の前にして冷静でいられるほどハナの心の傷は浅くはなかった。

「あなたたち翼人と仲良くしようって、王さまやパパたちは一生懸命だった……でも翼人は、そんな私たちを裏切った……こわして、燃やして……そして、国までもうばった!」

「……確かに……それはまぎれもなく私たちソラウィの過ちのもたらしたもの……そのひとりとして、私は罰を受けてしかるべきです……」

「じゃあどうして?こんなだれも来られないような所にこっそりかくれて……言いなさいよ!今度はどこの街を焼きはらおうっていうのよ!」

 ハナはキャプターの手元の引き金をひいた。本来は行く手をさえぎるツタを払うために備わった刃が両脇に飛び出し、惶泉から届く光を受け青白く周囲を閃かせる。それを見た少女は苦しそうに上体を起こすと、両手を胸の前で合わせてハナを見上げた。

「……私は、そのつもりはありません……ですが、もし信じられないのであれば、この場で私を討って頂いてかまいません。それで少しでも、私たちの罪が許されるのでしたら……」

「な……何よぅ……いい人ぶっちゃって……そんなソラウィにみんな……みんな殺されたのよーーーーーーッ!」

「ハナちゃん!やめろ!」

 激情がハナの身体を駆け抜け、刃を光らせたキャプターが死の円弧を描き出す。少女の首筋へとまっすぐに落とされた鋭利は、しかし次の瞬間何かに阻まれて突止した。

「!」

 硬質な反動によろけるハナ、見ればハンター用のガードを装着した両腕を頭の上で組んだフェレロが少女の前に立ちふさがり、ハナのキャプターを受けとめていた。

「フェレロ!」

「ハナちゃん!この子は何もしてない!彼女だって、この世界に暮らす僕らの仲間なんだ!」

「だって……だってコイツらが……コイツらがぁ!」

 ハナはその場にへたり込むと声を上げて泣き始めた。今まで見た事も無いハナの怒りと涙、そして自分の知らない過去が見え隠れする言動にフェレロは当惑した。ハナちゃんに母さんや弟が?……そしてソラウィに……僕は……僕はその時、何をしていたんだ……空虚な記憶は意識の草原をただ吹き抜けてゆく。フェレロはハナの前に膝をついてその肩を抱いた。

「ハナちゃん……ごめん……僕は……」

「……うっうっ……いいの……いいのよフェレロは……こんな思いをするのは……もう……ひっ……」

 むせび泣くハナに寄り添うフェレロ。その後ろ姿を見つめる少女の耳にはたった今ハナへ、そして自分へと向けられた少年の言葉が幻聴のようにまとわりついていた。そう……いつも……そう言って私を……彼女は何かを確信したかのように顔を上げ、ふらつきながら立ち上がると少年の背中に話しかけた。

「あの……やはりあなた……フェレロ……なのですね?」

「……?」

 再び呼ばれた自分の名にフェレロは振り向いた。長い髪を惶石の珠でまとめた少女は微笑みを浮かべて顔をのぞき込む。しかしその笑顔の理由がわからないフェレロには、ただ漠然とした薄気味悪さしか感じる事が出来なかった。

「君は誰?……どうして僕の名前を知っている?……」

「……フェレロ……私です……アイエルです」

 アイエル──覚えの無いその名前にフェレロは少女の顔をまじましと見返した。ソラウィ特有の、身体から湧き出す惶のゆらぎで潤んだように見える鮮やかな緑の瞳。流れるような光色の髪に端正な顔立ち……けれどどうしても、フェレロは目の前の少女と自分との関係を位置づけることがが出来ない。向けられた羨望の眼差しから逃げるように、フェレロは目を伏せて少女に言った。

「あの……ごめん……僕は確かにフェレロだけど……その……人違い……じゃないかな……君のこと、よくわからなくて……」

「……え……そう……ですか……」

 アイエルと名乗る少女は一瞬信じられないといった表情を浮かべたが、すぐにうつむき寂しそうに小さく吐息を漏らした。差し伸べた手を途中で止めて……フェレロの怪訝そうな表情は言葉を失わせ、失意の色を浮かべたアイエルは無言で彼の前を通り過ぎて行った。浮かび上がる波紋、水面のゆらめきに照らされるF/Fのそばに佇むアイエルを釈然としない思いで見つめるフェレロは、不意に自機のレネリィの容態を思い出して焦ったように立ち上がった。

「そうだ!ごめん、ハナちゃん、ルゥラが大変だったんだ……マッキナの所へ行ってるね」

 


 さらさらと寄せては返す波の調べが木々のざわめきとこだまし、集まってきたネーロ達が手を取り環を描いて光を灯す泉の畔で、フェレロはF/Fの機関部に横たわる小さなレネリィを見守っていた。天上からは七色の光を帯びたヴーが静かに降りてきて、それは魂を連れ去る使者のように厳かにルゥラの周りを覆い始めた。今にも消え入りそうな息の音、今のフェレロに出来ることと言えば、その旅立ちの途があたたかく安らかであるように願う事くらいであった。出来れば、このまま時間が止まって欲しい……ルゥラを連れて行かないで欲しい……声を上げて叫びそうになるのをぐっとこらえて、小さな命に優しく語りかけ続けるフェレロ。その横顔を見つめていたアイエルは静かに彼の側に立つと、両手を前へとかざした。

「ルゥラ……痛くない?……だいじょぶ……こわくなんか……こわくなんかないから……ぐす……」

 もはや声すら出す事も出来ず、潤んだ瞳でじっと見つめ返してくるルゥラの姿にフェレロは涙が止まらない。彼女との想い出が次々に脳裏に浮かんでは消え……でも、思い出すのはオーデルに来てからの事ばかり。ねえルゥラ、僕たちって、いつから一緒にいたんだろう……いや……もう……もうそんな事はどうでもいいんだ……ルゥラ……大好きだよ……ずっと……傷心のフェレロが今一度、愛しい小さな頬に触れようと手を伸ばした時、突然周囲が眩い程の惶の輝きで包まれた。

「!……なに?」

「惶なる命……汝と共にあらんことを……」

 フェレロは傍らにいるアイエルを見て驚愕した。全身から溢れ出す翠の輝き……彼女の身体は白く噴出する光に包まれ、背中からはレネリィのものとは桁違いの長大な虹色の翼がはるか上空まで闇を切り裂いていた。今まで人の話などでは知ってはいたが、実際目の前で見るソラウィの「惶波」は聞きしにまさる凄まじさで、フェレロは思わずあとずさりしてしまった。涙にくれていたハナもこれまで見た事も無い程の強烈な放射を背に受け、振り向くと呆然と立ち尽くした。

「この輝き……なんだろう……あの熱い光とはちがう……」

 アイエルの両手から放たれる光のベイルはルゥラの収められたシリンダーを幾重にも覆い、それは今まで感じたことのないほどの命の温もりをその場にいる全てのものに施していた。ハナは恐怖を忘れて、二人のいるマッキナの所へ駆け寄って行った。

「フェレロ……なに?……ルゥラに……ルゥラに何をしてるの?」

「アイエル……?」

 ルゥラを包み込んでいたヴーはその限りなく明るさを増す波動を忌み嫌うように萎縮して、再び上空へと押し戻されてゆく。今や光のベイルはフェレロやハナをもその輝きの環の中に抱いて広がり、二人は心が空に羽ばたいてゆくような安らぎと解放感の中に溶けていった。

「な……何?……キモチが……キモチが飛んでゆく……」

「……こ……この感じ……どこかで……」


──ルゥラ、フェレロを……フェレロをお願いね──



「アイエル?」

 どれほど時がたったのだろうか、気がつけばフェレロとハナはF/Fのスキッドを背に座り込んで眠っていた。周囲にはもう人影も、ネーロの姿さえもなく、蒼く揺らめく惶泉の輝きだけが彼らのまわりをぼんやりと照らしている。フェレロはハナを起こさないようにそっと立ち上がった。

「……アイエル……夢だったのか?……」

 見渡す湖は心なしかさっきより明るく見えて、フェレロはそれに惹かれるように畔へと降りてゆくと、蒼を映しこんだ鮮やかで澄んだ湖面の水をすくって飲んだ。乾ききった喉に沁み渡る鮮冷な迸りが朦朧とした意識を呼び覚ましてゆく。フェレロは軽く頭を振って我を取り戻すとF/Fの方を仰ぎ見た。

「……ルゥラ……埋めてあげなきゃ……」

 静寂に包まれた湖畔に翼を休めるマッキナの滑らかな表面に躍る光の襞。重い足取りで来た道を辿るフェレロは、虚ろな心にしみるその幻想的な光景にたとえようのない喪失感を感じていた。張りのある曲面で構成された胴体はまるで生き物がうずくまっているようにも見え、リブで波打った翼は今にも羽ばたいてゆきそうな躍動感に満ちている。

「……でも、もう飛べないね……」

 フェレロはF/Fの擦れた翼端をなでると機体の正面にまわった。F/Fの顔とも言える彫金で装飾された冷却グリル、その格子の奥に……何かが、仄かに光っているのが見える。フェレロは目を疑った。

「え……ルゥラ?……まだ……まだ生きてるの?……ルゥラッ!」

 速まってゆく鼓動、その心音を耳で感じつつあわててフェレロはF/Fの機関部に取りつくと、おそるおそるシリンダーの中をのぞき込んだ。

「ルゥラ?」

「アーーーーイッ!」

「うあ!」

 突然飛び出した眩い輝きにフェレロはあやうく転びそうになった。いままで見たこともない、そう、さっきまで一緒にいたネーロ達と比べてもひときわまぶしい光を身に纏ったレネリィは、フェレロの周りをくるくるとまわるとその顔にほほを寄せてきた。

「君は……ルゥラ……まさか、ルゥラなの?」

「アイ!」

「ルゥラ……ほんとだ……よかった……ほんとによかった!」

 すっかり元気になっているルゥラの姿に目を輝かせて喜ぶフェレロ、その身体は燃えるような燐光に包まれ、レネリィとは思えないほどの惶を放っている。フェレロは彼女の中に息づく限りなく大きな意志に気がついて、その面影をルゥラに重ね合わせながらつぶやいた。

「……そうか……あの子が……アイエル……」

 怒りに我を忘れたハナに酷い事をされたにもかかわらず、瀕死のレネリィに生きてゆく力を授けてくれたソラウィの少女。その優しさがとても嬉しくていとおしくて……言葉で言い表せないほどの気持ち、どうしてもそれを彼女へと伝えたくて、フェレロは色のない暗い森に向けてその名を叫んだ。

「アイエル!どこなの?あの……ルゥラを助けてくれてありがとう!さっきは……さっきはごめん……傷、大丈夫なの?手当てしないと……だから……もう傷つけたりしないから……アイエル!」

 フェレロは精一杯の声で静寂に呼びかけながら、自分の中にどこか懐かしい、けれど突き刺さった棘のように引っかかる空白の存在を感じていた……何だろう……真っ白な……こんなに恋しくて、こんなにヂリヂリして……不思議な思いを胸に、どこまでも続く木々のその奥を凝視するフェレロの前に突然、ろれつの回らない口で何かを叫んで走ってくるハナの大あわてな顔が飛び込んできた。

「ふぇふぇふぇふぇフェレロ!そこそこ!ネ、ネーロだッ!はやくつかつかまえ……だあ!」

「ハ……ハナちゃん?」

 キャプターを振りかざして来たのはいいけれど、ぬかるんだ地面に足をとられてずっこけてしまったハナ。フェレロは大笑いしたくなるのを必死にこらえて、浮き立つような声で草の上に突っ伏しているハナに言った。

「ハナちゃん、このネーロは逃げないよ!だって見てよ、ほら、この子、ルゥラなんだよ!」

「えーーーーーーー?」

 顔からいってしまって土まみれのハナは、でもそんな事など忘れてしまう程の驚きよう。飛びはねるように立ち上がったハナの目の前にルゥラは光を振りまきながら飛んできた。

「アイ!アイ!」

「……ほんとだ……ルゥラ、やけどなおってる……フェレロ!」

「……アイエルさ……アイエルがなおしてくれたんだ……」

「あのソラウィの子が?……じゃあ……それじゃあハナたち、ここから出られるんだ!オーデルへ帰れるんだ!キャハハ!」

 小躍りして喜ぶハナ。けれどフェレロはアイエルの行方が気になって仕方がない。喜び合うルゥラとハナのとなりで、フェレロは吸い込まれそうに暗い森の奥を見つめて言った。


「アイエル、さがさないと……」



 行けども行けども変わらない景色、薄明かりに浮かび上がる木々の影はときおり不気味な表情を描き出し、そのたびにハナはフェレロの二の腕を握りしめた。ルゥラの灯す光を頼りにアイエルを求めてさまよう二人はやがて、鬱蒼とした森の中に忽然と現われた広場に出て来た。開けた頭上からの冷ややかな風が枝を揺らし、汗ばんだ身体に心地よく吹き抜ける。フェレロは大きく息を吸い込むと傍らのハナに言った。

「ちょっと休もっか?」

「ううぅ〜、気持ち悪いよぉここ……ねぇフェレロ、こんなとこいつまでもいないで早く帰ろうよ〜」

「ごめん、あの子……アイエルが心配なんだ。それに……」

 逆上していたとはいえ、ハナはアイエルを傷つけてしまった事を後悔していた。それでも、肉親や兄弟を奪った翼人を助けるなんて、ハナにとっては全くおもしろくない事なのであった。できればこの手で仇を討ちたい……なのにフェレロはソラウィの子、アイエルの事を心配してばっかり。そんな、自分の気持ちなんか全然わかってくれてない態度に腹が立って、ハナは思わず悪態をついた。

「もう!フェレロ!いつまでここにいるつもりなの?ソラウィやレネリィは惶泉があれば生きていけるけど、わたしたちの食べるものなんかここにはぜんぜんないじゃない!ハナ、こんな所大キライ!」

「ごめん、ハナちゃん。けど……せっかく元気になったルゥラを、またあんなつらい目にあわせる事なんて出来ないよ……だから……何か方法がないか聞きたくて……」

「……それであの子を?……ふん、ほんとは気になってしかたないんでしょ!キレイだし」

「ハナちゃん?」

「どうせ……どうせハナなんか……もう知らないッ」

 困惑の表情を浮かべるフェレロに、ハナはむっとして背中を向けた。近くにいると何だかいろいろ言ってしまいそうで……荒っぽい歩調で広場の端の茂みまでやって来たハナは、これ見よがしにぶつぶつ言いながらその場にすわりこんだ。無言の時間……二人の間の何だか険悪な空気を感じ取ったのか、心配そうな顔でハナの所へ様子を見に行ったルゥラがその輝きで暗がりを照らした時、浮かび上がった光景にハナは絶叫した。

「い……いやーーーーーーーー!」

「ハナちゃん!?」

 駆け込んで来たフェレロが見たもの、それはゴランの乗っていた物と同型のマッキナの残骸と、傍らで朽ちて髑髏をさらしているハンターの亡骸であった。見渡せばこの広場はもともとあった木々をなぎ倒して出来たもののようで、フェレロはこの地でのハンターの哀れな末路を思い知らされた。腰がぬけて座り込んだままのハナ。ルゥラはマッキナの機関部に顔を近づけて、何かを呼び掛けながらカバーを叩いている。仲間の変わり果てた姿にフェレロは、運命の暗雲が自分たちの上に重く覆いかぶさってくるのを感じた。ここは……確かにここは、僕たちの生きる場所じゃない……

「ルゥラ……そこは開けない方がいい……たぶんこの人と、同じだよ……」

「……フェレロ……やっぱりハナたちも……ハナたちもぉ!」

 半ベソかきのハナの頭にそっと手をやるフェレロ、その光景を見ていたルゥラはぱっと輝きを増したかと思うと急に森の上へと翔いた。そして周囲をきょろきょろしたあと、F/Fで降りて来た惶泉の方向へと燐光をまき散らしながら飛び去って行った。フェレロはあわてて声をかけたが、あたりは再び薄明かりに沈む無彩色の世界になってしまった。

「ルゥラ?……あ……行っちゃった……」

「……ぐす……フェレロ〜……」

 恐ろしくて悲しくて、小さく縮こまって震えているハナをフェレロは抱き寄せた。伝わってくるあたたかな温もり、それは彼女がここにいて、同じ時間を生きているということ。この冷たい空気に覆われた孤独な地の底で、フェレロは腕の中の不安でつぶれそうな命が自分の手に委ねられているという事に気がついた。そうだ……今、ハナちゃんを守ってやれるのは僕しかいないじゃないか……うん……しっかりしないと……フェレロは下をむいたままのハナの耳元にささやいた。

「ごめん、ハナちゃん……ネーロ、捜しにいこっか?」

「うん?」

 優しい言葉にそっと顔をあげたハナ、けれどその涙目はフェレロの背後に現れた光の放射に大きく見開かれた。増してゆく輝きが息を飲むハナの顔を明々と照らし出す。

「フェ……フェレロ……あれ……」

 フェレロはその光の方向に目をやった。森の向こう、F/Fを着陸させた惶泉の方向に不思議な輝きが立ち上っているのが見える。これは……惶波?……高く上空を照らした光はやがて一点に集まり、物凄い勢いで二人の方へと弾け飛んで来た。一気に迫りくるまぶしい塊にフェレロは思わずハナの頭をおさえてその場に伏せた。

「危ないッ!」

 大きな質量が頭上をすさまじい速さで通り過ぎ、後流は突風となってフェレロとハナの上に叩きつけた。吹き飛ばされた草葉が渦を巻いて舞い、伏せている二人の上にぱらぱらと振りつもる。周囲に反響する耳を圧迫する衝撃波、つんざくような高音の中に聞き覚えのある旋律を感じたフェレロは、おそるおそる顔を上げてみた。

「な……何が?」

 よたよたと定まらない機軸、しかしそのマッキナは目の前で今まで見た事も無い機動——ホバーリングを実現させていた。揚力を得るための速度が全くないのにふらふらと宙に浮いているF/Fを目の当たりにしたフェレロは驚いて、手の届く高さで着陸に躊躇している機体のスキッドをつかまえて足をかけ、蹴上ってその運転台へと飛び乗った。

「ルゥラ?動かしてるのは君なのッ?」

「ア、ア、アーイッ!」

 少し焦り気味なルゥラの声、フェレロは表示が狂ってしまって役に立たない計器類を見て苦笑いすると、静止時の重心を探して均衡を保った。

「すごいな……こんなこと出来るマッキナなんて見たことないよ……ほら、来て、ハナちゃん!」

 フェレロは体重を偏らせてF/Fの機首をハナの方へ向けた。惶の粒子があふれんばかりに翼の下面から吹き出している。目も開けていられないくらい白く輝く光の中で、ハナは差し出されたフェレロの手を握りしめた。

「でも……フェレロ……乗っていいの?だって……」

「ルゥラが言ってる……アイエルに頼まれたって……そのための力を、私にくれたんだって……」

「……力?」

 フェレロに機上へと引っ張り上げられたハナは、トリガーの脳波を表示する計器盤中央の沃素球が虹色に光っているのを見て驚いた。これはさっきの……アイエルが惶波を放ったときに現れた翼と同じ輝き……惶のひかり……ソラウィの力がルゥラに……私たちに宿っているんだ……ちょっとしゃくにさわるけど、これで帰れるんだから、命の恩人ってことになるのかな……力をみなぎらせるマッキナの機上で、ハナは心の中のアイエルへの憎悪が薄らいでゆくのを感じた。

「行くよハナちゃん!ルゥラ、思いっきり飛ぼう!」

「アイッ!」

 フェレロの声に、F/Fは猛然と上昇をはじめた。翼とか空気だとか、そんなものなど一切無視しているかのように垂直に、振り向けば森の梢がどんどん小さくなってゆく。規格外のトリガーの過大な惶力に機関が悲鳴を上げ、石英管の計器が割れて飛散する。フェレロは強烈な加速度にのけぞりながら伝声管をつかんで叫んだ。

「ル……ルゥラ!無理するな!また……またあんなになっちゃったら……」

「アイアイアーイ♪」

「……ルゥラ?」

 楽しげに歌を奏でているルゥラの声にフェレロは思いっきり脱力してしまった。この余裕……ハナちゃん、ひょっとしたら僕ら、すごいネーロを見つけちゃったみたいだ……目の前にぐんぐん迫ってくる明るい空、F/Fは立ちこめる冷たい大気を切り裂いて一気にラーマの闇を抜けた。余剰の惶がきらめく光の粒をまき散らす。その天に向かう輝く航跡を、アイエルは暗い森の奥からずっと見送っていた。



「ねえフェレロ、せっかく手に入れた、って言うか生まれ変わったって言うか、とにかく無事にネーロを見つけられたわけなんだけど、あの子、売っちゃうの?……」

 鳥のように軽々と快翔するF/Fのデッキで、ハナは少し寂しそうにフェレロに話しかけた。ネーロをいっぱい取ってきて、村の人たちを喜ばせてあげたかったのに……ハナは眼下に広がる枯れた畑を眺めながらため息をついた。

「まさか、ルゥラは売らないよ」

「……そうだね、ルゥラはフェレロの友達だもんね……」

 当然といわんばかりのフェレロの返事に、平静を装ってあきらめの答えを返すハナ。はあぁ……むだ足だったのね……がっくし……けれどそんなハナの心境とは裏腹に、フェレロは押さえきれないほどの高揚感に身を昂らせていた。その横顔に見せる野心にあふれた眼差しに、ハナはちょっとヤな予感がしてフェレロに聞いた。

「ね……ねえフェレロ、よくわかんないんだけど……こっちって、オーデルの方角なの?」

「いや、チェカへ寄って行こうと思うんだ」

「な、なんで?あんなソラウィばっかりのガラクタの街へ……あー!」

 企みに気がついたハナに、フェレロはくすっと笑いかけた。


「ハナちゃん、今度のジャントゥユ、絶対勝つからね」

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