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第11話「ヴェノム」

……くすくす

「あら、カロンとはそんな間柄じゃないわ。やっぱり紅潔の方とは……ね」


……どきどき

「そう、フェルビナクへ行くの。父上……いいえ、蒼の長のお導きなんだ」


……にまにま

「ヒュピィアの方々って、成長がすごく早いんだって。だから今は小さくても、すぐに……」


(ほのお?)

「あれは……ネュピアスの軍隊?」


「ル……ルゥラ!」

 硝煙で煤けたF/Fの遮風板をはさんで、フェレロはルゥラと対面した。小さい身体に満ちる押さえきれない激情が生む膨大な惶波の輝きは拳から外板を貫いてF/Fの妖精機関に伝わり、上昇した機関の内圧はシリンダー破裂を回避する為の緊急解放弁を作動させた。両翼の主推進機に溢れる有り余る力、それは噴出部を溶解させながら轟然と解き放たれる。

「ルゥラ!しっかりして!落ち着いてッ」

「アアアアァァァぁぁぁ……」

 フェレロはこれほど恐ろしく、そして物悲しい機関音を聞いた事が無かった。良くも悪くもトリガーの状態が能力を大きく左右する調整がなされたF/Fは、身に余る力をも推力に変えて焔雲の森を無軌道に翔る。その翼端がテグ湖への安全着水進路に向け旋回するヴェルクトゥの艦橋をかすめた。

「君将!例のマッキナですッ!」

「構うな!失速せぬよう集中しろ。左下方、湖畔に巡惶艦の残骸が見えるな?接舷しろ!ぶつけてもよい!」

「しかしそれでは本艦の損傷が……」

「解らぬか、施士は……アイエルはまだ健在なのだ!」

 ネュピアスはこの広範な延焼の中でなお穏やかな輝きをたたえる湖面と、その周囲の木々の緑を見て直感した。そうだよ……あの娘がこの程度で屈するとは思っていないさ……だからこそ私自ら出向いているのだからな……

「君将、着水進入経路固定、仰角10における減速度毎臾18!」

「速すぎる!仰角15だ!」

「了解!お、落ちるッ」

 残存するソラウィの惶波による懸命の高度維持も手伝って、ヴェルクトゥはゆるやかに湖面へと高度を下げてゆく。その様を乱気流に翻弄されるF/Fより俯瞰するフェレロ、破綻を懸命に押さえつけている彼の目にも今、擱座した巡惶艦を中心に広がる大きな水滴状の結界が映っていた。間近に迫った業火をも寄せ付けない蒼き波動、それは先刻までラーマを護っていたベイルと同じ強さと安らぎに満ちていた。

「……あそこに……アイエル!」

 フェレロは猛々しい上昇気流に抗って機首を下げようと試みた。しかし制御を失っている状況では軽量のF/Fに下降する術は無い。波濤を上げてテグ湖へとその巨体を着水させるヴェルクトゥ、ネュピアスがその纏った惶波をもって湖畔を覆う蒼の結界を破ろうとしている事は明白だ。フェレロは目を剥いた。

「アイエルーーーーーーッ!」


……フェレロ、ルゥラ、来てたのね……また会えて、よかった……


 二つの惶波は激突し強烈な閃光を上げ、鬩ぎあう対なる力が森を光霧で満たした。飛び散る大勢のコトネの破片がこの場にいる者の魂に突き刺さってゆく。フェレロは天空へ向け声にならない嗚咽を吐き出し、そして放心した。


きもち……わるい……よ……


「ほら……もう泣かないの……ね?……よいしょっ……フェレロ?」

 泣きじゃくるルゥラを宥めて何とか点検ハッチから補機ブロックへ引きずり込んだテナの目に、薄ら寒い微笑みを浮かべるフェレロの狂った瞳が映った。

「やあ……そうさ……ぼくはいつも……いつも……このあかいほのおから……ねえ……わるいこだよね……みんなしんじゃっても……ひとり……にげてばっかり……」

「フェレロ……ど……どうしたの……」

 淀んだ水たまりのようなフェレロの光のない瞳にテナは戦慄した。泳いだ視線、瞳孔は小刻みに脈縮し、溢れる赤い涙が頬を伝って二人のレネリィに降り注いだ。

「いやあぁぁぁぁぁぁ!」


……心配しないで……これは私たちソラウィの問題……あなたは戻って……ルゥラをお願いします……


いやだ!せっかくまたあえたのに!


……やっぱり……覚えていてくれて……アイエルは、それだけで嬉しいです……ここはレネリィの、そしてソラウィの聖地……絶える運命にある種族の、記憶の地……


そんなのいやだ……いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ−−−−−−−−


「ダイジョブ」

「え……ルゥラ?」

 小さな、でも心に響く鈴の様な声、テナは初めて聞くルゥラの言葉に驚いた。それは……

「ルゥラ?あなた、おはなし出来るの?」

 フェレロの涙で斑になった顔のルゥラはこくんと頷いた。そしてふわっと舞うとフェレロの頬に寄り添い、その涙を吸った。

「アイエルイナイトキ、フェレロトアソンダ。アイエルイルトキ、ミンナデアソンダ。ルゥラ、マタミンナデアソビタイ。フェレロトアイエル、イッショニイテホシイ」


え……あ……!


気がつくと、F/Fは白い静寂の中に浮かんでいた。世界ごと消えて無くなってしまったかの様な虚ろな空の中で、震える純粋な気持ちだけが魂に語りかけてくる。フェレロはルゥラの奏でる、その心地よい抑揚に心を溶かした。


「アイエル、ルゥラニイッタ、フェレロトトモニニゲテト。デモルゥラ、イヤダッテイッタ。ネエ、フェレロモイヤダヨネ。ミンナデイッショニイタイヨネ」


ルゥラ……アイエル……まだ…いけるのか?……


フェレロは機関部ハッチの緊急解放レバーを引いた。爆薬により覆いを吹き飛ばされた機首部から鈍い光を放つ剥き出しの妖精機関が覘く。白い蒸気が噴き出す開口部にルゥラは飛びついた。


「いけるの?ルゥラ!」


 脱着位置に跳ね上げられたシリンダーに手をかけたルゥラはフェレロに眼差しで気持ちを伝えた。再び忌まわしい、過負荷によりトリガーの焼失した媒室へのエントリーに臨む小さな肢体。しかし今の彼女の瞳は静かに澄み渡り、恐怖も迷いも存在してはいなかった。呆然と見つめるフェレロに向けてルゥラは手を振って笑いかけ、するっと筒内へと滑り込んだ。


「カンジル……ココニイタコ……フェレロヲツレテキテクレタ……キエチャッテテモ……ソバニイテクレル!」

「ありがとう……ルゥラ……」

 トリガーを収納したシリンダーをテナが渾身の力で接続位置に押し込んだ。ボゥと計器盤に灯がともり、整流器からの高周波音が操縦席を満たしてゆく。フェレロは再び血の通い始めたF/Fの鳴動に自分の心を覆っていた瘡蓋が微塵に崩れ消えてゆくのを感じた。わき上がる闘志、生きるため……皆で帰るため…… 今、僕に出来る事は……!

「ルゥラ、ヴェルクトゥへ!」

「アイ!」

 纏わりつく霧を一瞬に吹き飛ばす蒼の惶波、魂を得たF/Fは鋭く反転し機首を湖面へと向けた。滑らかに解き放たれた推力は腰に固定された拘束具を引きちぎらんばかりに機体を加速させ、上昇して来る熱気流を切り裂き更に速度を上げてゆく。遮風板を溶かす強烈な熱波、煙を上げ爛れてゆく翼の表皮、高温となった吸気はトリガーに相当な負担をかけているはずだ。しかしフェレロは構わず、まばゆくまき散らされる光霧の中心部へ突入した。


「ネュピアス……あなたの目的はわかっています。しかし私は蒼明のソラウィの長、エティエンの娘として、この場を離れる事は出来ません」

 蒼の結界で護られた旧い巡惶艦の手前で、ヴェルクトゥはその巨大な機体を横たえていた。衝撃で陥没した艦首、折れた長大な翼、無数の破片と絶命したソラウィの躯が散らばる湖畔で、ネュピアスはひとり艦橋の天蓋に立ちアイエルと対峙した。

「まさかな……このヴェルクトゥをも止めてしまうとは、さすがにエティエンの娘だけはあるということだ。フフ……しかし、私は生きて今ここに立っている。残念だが、貴様の役目はもう終わったという事だ」

 ネュピアスは静かにヴェルクトゥの潰れた艦首へ向けて歩き出した。目の前の両者を分つ力の揺らめきがその裾をなびかせる。圧倒的な質量を持った巨鳥の突進でさえも阻まれた結界、しかしネュピアスはその蒼い壁に近づくと右手をかざした。

「惶波の2つの極性、紅潔と蒼明……しかしその根幹は同一なのだ。たまたま私が紅の、そして貴様が蒼の力を上手く使えただけの事…」

 ネュピアスの瞳が鮮やかな蒼に変わってゆく。結界の輝きに飲み込まれて判別はできないけれど、確かにその纏った甲冑にはアイエルと同じ涼やかな波紋が揺れていた。ネュピアスはやすやすと惶波のベイルを通り抜け、次の瞬間、一跳躍でアイエルの眼前に屹立した。

「アイエル、久しぶりだな、元気そうで何よりだ」

「ネュピアス……とうとうここまで来てしまったのですね……これも、ヴーのお導きなのでしょうか」

「志を違えるとはいえ同じソラウィの施士、傷つけ合うのは本意ではない。さて、協力願えるものだろうか?此の地の奥深く眠る"門"を動かす為に」

 白き甲冑の保護面を上げ、ネュピアスは素顔を曝した。見上げるアイエルの目に映る君将は気高く、そして思慮深い…そう、まるで自らの父エティエンにも似た崇高さを抱かせる。そんな姿に不思議な懐かしさを感じながらも、アイエルは自らの思いを語りかけた。

「ネュピアス、私は父より"イザヤ"の執行を委ねられました。時が来たら此の地の門を開き、再び聖槍を使えと……しかし、もはやソラウィの間にソラウィの子が生まれる事はなく、新たな地平を目指す鍵は得られなくなってしまいました。残念ですが……我々はこの世界から消えゆく運命なのです。ヒュピィアの大地、新地淅は彼らが命がけで開いた彼らの地、我々は、生まれた場所に還るのが道理なのです」

「そうだな……アイエル、だがな、我々はこのまま滅するつもりはない。そうだろう?我々は惶さえあれば永遠に生き続ける事が出来るのだ。その為には、天にある古の光を取り戻さねばならぬ。さすればたとえルシエナは消失しても、この新地淅に溢れんばかりの惶を降り注がせる事が出来るのだから」

「光……そう……そう言う事なら尚更ネュピアス、あなたにこの門を通らせる訳には参りません。ルシエナの……王子の元に行かせる訳には!」

「フン、所詮我々は相容れぬものなのか……」

 ネュピアスはやおら腰のセイバーを抜くとその切っ先をアイエルの喉元に触れさせた。互いに手の届く位の間合い、甲冑で覆われたネュピアスに対しアイエルの装束はあまりにも脆弱である。セイバーの斬撃に耐えるには自ら惶のベイルを纏う以外に策はないが、その為には一度結界を解かなければならない。だが、そうすれば壁の外で渦巻いている炎の侵入を許し、見る間にこの湖畔は焼き尽くされてしまうだろう。残された道はひとつ……アイエルは我が身を、此の森の命全てを犠牲にしてでもネュピアスを屠る覚悟を決めた。

「ネュピアス、全てを無に還しましょう」

「……なに?」

 突然、それまで球状に湖畔を包んでいた結界が砕け散った。ベイルに護られ残っていた新鮮な空気は見る間に燃え上がり熱波と化し、火炎と灼風が容赦なく周囲に襲い来る。その様を見て取ったネュピアスは空中へ逃れようと惶翼を展開した。しかし、何かに脚の自由を奪われ再び地へと叩き付けられた。

「ぐッ……何だッ!」

 ネュピアスの脚に絡み付く茨の蔓、結界を解いた瞬間、アイエルは自分とネュピアスを索状の惶波で縛結していたのだ。どちらかが倒れるまで消える事のない決闘の鎖、紅蓮は全ての物を焼き付くさんと哮り狂う、沸騰する大気は肺を焼き、炎はついに両者をその渦に飲み込んでゆく。ネュピアスは高熱でひび割れてゆく甲冑を見て戦慄した。

「心中するつもりか……アイエル、なぜそこまでしてヒュピィアに肩入れする……」

「ルシエナを復活させれば、程なくこの世界が失われることがわからないあなたではないでしょう。イザヤはいつか、後のヒュピィアたちが成し遂げてくれます。今は暫し、目覚める為の刻を彼らに与えましょう」

「フン……貴様の道楽に付き合うつもりはない……私は……私はルシエナへ昇る!」

 ネュピアスは自分の脚に絡み付いた索を握りしめると渾身の惶撃を放った。それは茨の蔓を通じてアイエルの元へと走り炸裂、その身体をズタズタに焼き切った。

「ああッ……ア……」

 アイエルはがっくりと膝をついた。傷口からはすぐに炎が上がり放たれた力の凄まじさを物語る。しかし彼女の手はネュピアスを離そうとはしなかった。木を、鳥を、そしてレネリィ達を灰塵に帰して迫る焔に飲み込まれゆく二人。薄れゆく意識の中で、しかしアイエルは安堵したかのように微かに笑みをうかべた。

「お父様……志半ばで倒れる私をお許し下さい……でも……ネュピアスも……共にまいります……あとはヒュピィアに……フェレロ達に……」

「フン……止めを刺すには至らなかったか……出来るなら、この手で貴様の首を刎ねたい所だが……さすがに私の惶も尽きかけてるようだ……息が……できない……」

 陽炎の中に崩れゆくソラウイ達の影、と、その時、天上より蒼い光球が真っすぐに二人の元へと落下した。

「見えたッ!減速、高度10で固定!」

「アイ!」

 ルゥラの導きにより蒼いベイルに包まれたF/Fを湖畔の巡惶艦までたどり着かせたフェレロは、そこで息も絶え絶えに伏臥しているアイエルと、その向こうに紅く滾る瞳で彼女を見つめるネュピアスを見つけた。

「アイエル……ルゥラ!待機!ここから動かないで!」

 言うが早いか、フェレロはコントロールをトリガーに任せてデッキから飛び降りた。F/Fから放射される惶波で周囲の炎は飛ばされているとはいえ、大地は溶岩のように燃え迸っている。フェレロはその中で倒れているアイエルを抱き起こした。

「アイエル!」

「……フェレロ……フェレロ……なのですか?」

「アイエル!この森を出よう、惶が足りなくてもここよりはマシだ!」

「だめ……私はここから動けない……門の守護が……ごめんなさい……」

 アイエルはフェレロの手をそっと払った。そして再びネュピアスを縛る惶索を握りしめ、ぎりりとたぐり寄せ立ち上がった。

「ルゥラ、フェレロとともに行きなさい……あの者に門は譲れない……私がこうしていれば……やがて炎が……すべてを、終わらせてくれるから……」

「ゥゥゥゥ……」

「終わるって……終わるって何だよ!僕は……僕はそんな事を聞きにここまで来たんじゃないッ!」

 フェレロは無意識にアイエルの肩を掴むと顔を重ね、その唇を塞いだ。


 ハナ、もうおとななんだって!だからね、フェレロとちゅっちゅしちゃいけないんだ。


 え、そうなの?


 うん、おとなのおんなのひとは、すきなひととちゅっちゅしちゃうとあたまがぽ〜ってなってねむっちゃうんだって。


 なんで?


 わかんない!えっとね、こどもをたくさんうむためにそうなってるんだって。


 へー!ハナちゃん、子供生めるの?やってみていい?


 ダメーーーーーーーーーーーーーーー!!


「でも!」 

脳裏に去来する昔日の記憶。そして今、唇に感じる柔らかな吐息の感触……取り戻してゆく自我、何だ……僕は彼女に何をしているんだ!我に返ったフェレロの腕の中には、穏やかな寝顔で抱かれるアイエルの姿があった。ネュピアスを拘束していた索は虚ろに消え、傷だらけの四肢を委ねた無防備な少女は、その時を待ちわびているかのように頬を染めている。ネュピアスは、どこからともなく湧き上がってくる生々しい欲情に打ち震えた。

「何だ……ヒュピィアと……ソラウィで……まさか……しかしこれが真ならば……これは……これではイザヤに……!」

「ルゥラ!寄せて!ここから脱出する!」

「アイ!」

 何かを悟ったのか、拘束を解かれたネュピアスが猛然とフェレロに襲いかかった。鋭い切っ先がアイエルを抱いて身動きの取れないフェレロの眉間に飛ぶ!しかしルゥラはF/Fを軽やかに操るとフェレロ達とネュピアスの間にその翼を割り込ませた。羽布に突き刺さるセイバー。フェレロはアイエルをデッキに押し上げ手綱を掴んだ。 

「ルゥラ!直上昇ッ!」

 間髪を入れず強烈な惶波が推進器より噴出した。翼一枚を切り落としたネュピアスはその奔流に引き離され、今だ延焼の続く地表へと落下していった。

「チィ!……及ばぬかッ」

 伸ばした手の先を轟然と遠ざかってゆくマッキナの影、叩きつけてくる抗うことの出来ない蒼の未燃粒子はしかし、焼きついた甲冑の焔硝を鎮め、周囲の温度を急激に低下させていた。ネュピアスは思いがけず訪れた救いの雨を訝しく感じながらも、その飛沫を両手を広げて浴びた。

「不愉快な……しかし、何と癒される惶波だろうか……見ろ……炎が下火になってゆくではないか……アイエル……全く、つまらん借りが出来てしまったものだ……」

 天上にぽっかり空いたヴーの空に向け上昇してゆく輝きをネュピアスは見上げた。撒き散らされた夥しい蒼明の惶は燃えさかる炎の勢いを弱め、テグ湖がその煌く湖水を失う事態は避けられた。やがて火災は潰え、惶湖の淡い光に照らされる静寂の世界が戻ってくるだろう。ネュピアスは湖畔へ赴き、骨組を剥き出して蹲るヴェルクトゥを見上げた。そこには、手を振る数名のソラウィの生き残りとハースの姿があった。

「フフ……上出来じゃないか……これで……これで始められる」


 天をも焦がす爛れた大気を貫き、F/Fはラーマの開口部を目指して上昇していた。推力を生み出す惶波は木々を潤す水のように燃えさかる朧の森に降り注ぎ、フェレロはネュピアスの消息に僅かな懸念を禁じ得なかった。

「炎の勢いが衰え始めているように見える……ネュピアス、まだ終わりにしてくれそうにないな」

「フェレロ、谷から出るよッ!」

 計器盤の丸穴から顔を出したテナが叫んだ。天高く黒煙を上げるラーマの頂きから一筋の航跡を残して離脱してゆくF/F。翼は中程から焼失し、機体も大小の亀裂を生じている。およそ飛行していられる状態ではないマッキナを維持していられるのは、ひとえにトリガーの類いまれな力の成せる技であった。フェレロは後部デッキに横たわるアイエルの容態を気にしつつ進路を首府へと向けた。

「ビルケウの湖畔の祠、そう、ルゥラがよくお話ししていたところ、あそこなら惶も豊富だし、アイエルもゆっくり傷を癒す事が出来るよ。どう?がんばれる?」

「アイ!ダイジョブ!」

 明るい声が返ってきた。ルゥラもアイエルを助ける事が出来て嬉しいらしい。フェレロはそんな彼女の喜びようにちょっと誇らしい気分になったが、彼女のコトネから呼び覚まされた、どうしても拭いきれない蟠りが心を飲み込んでゆくのを不気味に感じているのだった。


「ルゥラ……アイエル……君たちは……僕の……僕の知らない僕を知ってる……」

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