私も男妾を囲ってよろしいですか?
王妃エレノアが国王レオンハルトの身を庇って凶刃に倒れたのは、春も盛りのころ。
地方視察の帰路に就く前、教会の広場で民衆に手を振っていたときだった。
国王と王妃が子供に囲まれ、護衛と距離が開いたその一瞬の隙をついて、男が王のもとへ駆け寄った。
その男の手元が光ったのを見て、エレノアは考えるより先に身体を動かしていた。
男がぶつかると同時に、脇腹に焼けるような痛みが走る。
「王妃殿下!」
「エレノア様!」
護衛によってすぐさま男は引き剥がされ、取り押さえられる。
崩れ落ちながら見上げた先で、レオンハルトが呆然と立ち尽くしていた。
青ざめてはいるが、王に怪我はない。
――よかった。
王が無事なら、それでいい。
エレノアは安堵して瞼を閉じた。
王妃は一命を取り留めた。
しかし傷は深く、長く昏睡状態が続いた。
目を覚ましたのは事件から五日後。
その時には、エレノアの左足は以前のように動かせなくなっていた。神経を傷つけたのか、回復する見込みはなく、これからは杖がなければ歩くことすら難しい。
医師からそう告げられたとき、エレノアはただ静かに事実を受け入れた。
悲しみも、怒りもなかった。
むしろ、もう十分頑張ったわ、と達成感から清々しくもあった。
エレノアも、レオンハルトも、もう四十になる。
結婚してから二十二年。もう十分に尽くしてきた。
エレノアは表立って冷遇されたわけではないが、一度も国王から妻だと思われたことはなかった。
王妃としての立場は守られ、宝石もドレスも贈られた。
公の場では隣に並び、お似合いの夫婦だと歓声を浴びた。
だが、所詮は張りぼて。レオンハルトは役者として夫を演じているのと何ら変わりなかった。
家族愛でもあったのなら、まだ良かった。だがレオンハルトは家族愛も、敬愛も友愛も……愛とつくものは、すべて愛する少女に捧げていたのだ。
エレノアとレオンハルトの間には契約を示す紙切れしかなかった。
そう……レオンハルトには、学生時代から愛する人がいた。
王子だったレオンハルトが、お忍びで街を散策していたとき出会った平民の娘アイラ。
酒場で働いていた彼女は、レオンハルトを王子だとは知らず、ただ一人の青年として彼に接した。
何でもないことで笑顔を浮かべ、指が触れるだけで顔を赤くする。
レオンハルトはその素直さに救われた。
だからアイラが苦労しないよう仕事を辞めさせ、愛妾として囲い、全てを与えた。
暇さえあれば会いに行くほど、のめり込んでいた。
彼女の前でレオンハルトはよく笑った。エレノアには一度として見せたことのない屈託のない笑顔で。
だが、エレノアとの婚約を解消することはなかった。
少女には王妃の務めはできない。
公爵令嬢として育てられたエレノアには、王妃としての教育が施され、何より、王妃として国を支える覚悟があった。
だからレオンハルトは少女を愛しながらも、エレノアに対して婚約者として最低限の義務を果たすことで、婚約を継続させた。
エレノアもそれを受け入れた。
レオンハルトを愛していたからだ。
婚約した頃は、何気ない会話で無邪気に笑い合うこともあった。
いつかあの時のような関係に戻れるかもしれない。いつか自分を見てくれるかもしれない。いつか、あの少女に向けるような笑顔を、自分にも向けてくれるかもしれない。
そう、祈るようにして過ごしていた。
ただ、そんな日が来ないと気づいたのは、結婚式の夜。
行われたのは子を儲けるための最低限の措置だった。
苦痛でしかなかった。行為を終えて去っていくレオンハルトの背中を見送って、エレノアは初めて涙を流した。
第一王子が誕生し、スペアとして第二王子が生まれると、夜の営みは完全になくなった。
その頃になると、エレノアにはそれを悲しむ気持ちすら残されていなかった。
触れられるたびに愛されていないことを思い知らされ、エレノアはただの跡継ぎを生む道具だと身に刻まれる。
愛は、少しずつ死んでいった。
気がつけば、レオンハルトを見ても何も感じなくなっていた。
それでも王妃として務め続けた。心を壊さずに済んだのは、侍女や護衛、官吏までもが、エレノアの味方でいてくれたからだ。
そんな彼らのもとで育ったからか、王子たちは愛妾のもとに通う父を反面教師として、婚約者をとても大切にした。
第一王子の妻である王太子妃が無事に第一子を出産したと報告を受けて、エレノアは王妃という職を務め上げられたことに安堵していた。
その国王暗殺未遂事件は、そんな時に起きた。だからこそ、エレノアは役目を終えるつもりで王を守ったのだ。
ただ皮肉なことに、その事件をきっかけに、レオンハルトは目を逸らしていた現実と向き合うようになっていた。
「エレノアはどうしている」
「いまだ高熱が続き、目も覚まされていないようです」
「そうか……」
やっと王妃を気遣うようになったのかと思う者もいたが、今更遅いと考える者のほうが多い。
彼らの視線が痛くて、レオンハルトはできるだけ話題には出さず、たんたんと執務だけを済ませる。
若い時は王の愛するアイラを守ろうとエレノアに敵対心を抱いていた側近もいたが、エレノアの王妃としての器に魅せられて、ほどんどが寝返っている。今となってはアイラに狂信的な忠誠を誓っているのは、彼女の傍に置いている数名の護衛だけだった。
寝返った者たちに腹を立てていたこともあったが、迷うことなく自分の身体を盾にしたエレノアを思うと、胸が引き攣れるように痛むのだ。
蒼白な顔でくずおれるエレノア。
自分はただ立ち尽くして、駆け寄ることも、支えることもしなかった。――いや、できなかったと言ったほうがいい。
何年、その身体に触れていなかったのか。社交の場でエスコートする際に手を触ることはあっても、ダンスを踊ることもなかった。
妻という立場にいる女性だというのに触れていいのかわからず、躊躇したのだ。
その一瞬の判断の遅れで、国王だというのに押しのけられ、それ以降はエレノアの顔さえ見ることができなくなった。
王妃の身体に触れることは近衛兵でも可能な限り避けなければならない。隣にいた国王が支えることを見越してエレノアから距離を置いたというのに、王妃はそのまま地面に伏したのだ。レオンハルトは近衛兵からも冷ややかな目で見られていた。
そしてふと思うのだ。
なぜ、あれほど頑なに拒絶していたのか。
自分はエレノアに愛されていた。
それを知りながら、その愛に一度も応えなかった。
『あの女は、王妃の座だけが欲しいのでしょう』
誰かがそう言ったのか、自分が何かを見て感じたのか。
心に根を張るその言葉に支配されていたように思う。
王妃になりたいがために恋情を向けたふりをしているのだと、エレノアに勝手に裏切られたような気になっていた。
だから、そのような『ニセモノの愛』はいらないと、真実の愛をエレノアに見せつけたのだ。
「私は、何を得たかったのだろうな……」
熱に浮かされていたのが嘘のように、今、頭は冴えていた。
エレノアが昏睡状態から目覚めたと聞くと、レオンハルトはすぐさま王妃の部屋を訪れた。会話するのは無理だと医者から強く言われ、ほんのわずかな時間顔を見るだけだったが、毎日のようにエレノアに会いに行くようになった。
そしてエレノアが上体を起こせるようになると、やっと医者が会話する許可を出した。
「今日は少し顔色がいいようだな」
「……どうなのでしょう。自分では確かめられませんから」
「そ、そうだな。私は良くなっていると思う。……その、傷口はどうだ、痛むか?」
「はい」
「…………そうか」
婚約期間も入れて三十年。隣にいながらいないものとして扱ってきた自分相手に、エレノアが会話を弾ませることはない。
それに、微笑んではいるが、ただ笑みを模っているだけにすぎない。
レオンハルトは、その顔を見るたびに胸を締めつけられる思いだった。
美しい笑顔だと思っていたのだ。
聡明で、穏やかで、どんな時も声を荒らげない。
王妃として完璧な女性。
そう思っていた。
だが違った。
これは、諦めた人間の表情なのだ。
レオンハルトは、エレノアから愛されていることに気づいていた。
婚約した十歳のころから向けられていた思慕のこもった眼差し。
それを心地よく思うこともあった。
だが、アイラと出逢ってからは疎ましく感じて、愛情を受け取ろうとすらしていなかった。もちろん与えようとも思わなかった。
その結果がこれだ。エレノアはレオンハルトに対して完全に心を閉ざしていた。
「エレノア、私がお前にしてやれることはないだろうか」
「十分でございます。腕の良い医者を見つけていただいて、これ以上は望むことはありません」
「そ、そういうものではなく……もっと、夫婦らしい望みを」
歩み寄っても、エレノアは目を合わせようとはしなかった。いや目を合わせながらも、けしてレオンハルトに意識を向けることがないと言ったほうが正しい。
「では、横にならせていただいても?」
「な……それは、帰れと言うことか?」
侍女と護衛の弁えない視線に苛立っていたのもある。思ってもみなかったことを願われて、語気が強くなってしまった。
エレノアはすいと顔を背けて窓の外を眺めた。
「陛下が思い描いた理想の望みでなければ、耳に入れることさえしてくださらないのですね」
「そういうつもりではない! お前が私を追い出したいと言っているのかと」
「……私は療養しておりますが、陛下がいらっしゃる際にはそれなりの礼節を守らなければなりません」
「負担だとでも言いたいのか」
「負担以外の何だというのですか?」
「っ」
「饗すことはできませんので、不快に感じられたのであれば、どうぞ執務にお戻りください」
レオンハルトは呆気にとられた。ここまで拒絶されているのかと。
それに、こんなやり取りをしたいわけではないのだ。
「違うんだ! そういうことを言いたいのではない! これまでのことを償いたいたいんだ。どうかこちらを向いてくれ!」
エレノアは少し首をかしげた。
「償う……? 謝罪として望みを叶えていただけるということですか? それが、『してやれること』だと?」
「ああそうだ! 宝石でも別荘でも何でも買ってやろう! 私が聞いているのは、横になる、などという些細なことではない」
「――では、廃妃にしてください」
レオンハルトは息を呑んだ。そして次に湧いてきたのは怒りだ。
「そんなこと、できるはずがないだろう!」
「なぜです?」
「私の妃はお前しかいない! 何を考えているだ!」
「ですが、今の私は王妃として十分に務めを果たせません。歩行にも支障があります。これまでのように公務を行うことも難しくなるでしょう」
「だからといって王妃の座を降りる必要はない!」
エレノアは静かに首を振った。
「私はすでに王妃の役目を終えたと考えます。王太子には先日、第一子が生まれました。王家の継承に大きな不安はありません」
「それでもお前が必要なんだ!」
「いいえ、私が王妃である必要はありません。もちろん王太子妃には、私が教えられることはすべて教えます。それは臣下となってからでもできることですから」
「だからといって、君を臣下にするなど……」
「陛下」
エレノアは微笑んだ。
人形のように血の気のない笑みだった。
「まだ、使い足りませんか?」
「は……」
「このような身体になっても、まだあの女のために働けと?」
「ち、違う! 私は……お前にそんなつもりで――」
「では、なんのつもりだったですか? 私が王妃として必要だったから、婚約を解消しなかったのでしょう?」
「………エレノア」
「『アイラは可愛がるものであって、王妃のように苦労させたくない。あいつは王妃の座さえ与えれば満足するのだから問題ないだろう』」
「な……っ」
いつだったか、側近に漏らした言葉だった。
どうしてそれを知っているのかと、レオンハルトは愕然としながらエレノアを見つめた。
「そう思われたから私を手放さなかったのでしょう?」
「違う!」
「否定される必要はありません。私が王妃を務めるのは公爵家に生まれたときからの定めです。陛下には、婚約中も婚姻後も、最低限の義務は果たしていただいておりましたから、特に怒りなどは抱いていません。
ただ、私はこれまで王妃として十分な責務を果たしてきたと自負しております。その褒賞としてどうか自由をお与えください」
レオンハルトは項垂れた。
「……それはできない。君を手放したくないんだ。すまない」
しばしの沈黙のあと、エレノアが庭に向けていた視線をレオンハルトへと落とした。
「そこまで拘る意図がわかりませんが、……このまま王妃のままでいろとおっしゃるのであれば、一つ条件があります」
「あ、ああ! 何でも構わない、廃妃を望まないのであれば!」
「では、私も男妾を囲ってよろしいですか?」
レオンハルトの表情が凍った。
「……何?」
「あなたが愛する女性を囲っているのと同じように、私も愛する男性を傍に置きたいのです」
「それは……」
「もちろん避妊しますし、もし授かったとしても、あなたの子ではないと分かっているのですから、継承権争いにもならないでしょう」
あまりに平然と言うので、レオンハルトは絶句した。
しかも、これから先、二度とレオンハルトと夜を共にすることはないという宣言でもあった。
「エレノア、それは……」
「頷いていただけないなら、廃妃を認めてください。臣下として働かせていただきます」
選択肢はなかった。
国王を命がけで守ったエレノアの献身は民に広く知られている。願いを無下にすれば、どこから情報が漏れるともしれない。
エレノアを愛することなく、愛人に現を抜かしていたと民に知られれば、求心力を失うことは目に見えていた。
レオンハルトは震える手を握りしめ、苦渋の末に頷いた。
それはエレノアの計画だった。
正確には、昏睡状態から目覚めてから間もない頃に、王弟ヴィクトルと二人で決めたものだ。
ヴィクトルは、レオンハルトが愛妾を囲っていることを知り、何度も余所見をせずにエレノアを大切にしろと訴えていた。
だが、エレノアが王妃になったあとも、全く聞く耳を持たない兄に失望し、エレノアを側で支えてきた。
二十余年、王妃の隣で戦友のように政務を担ってきたからこそ、エレノアがどれほど孤独だったのかも知っていた。
「私は、もう十分に役目を果たしたと思うの。――だから、楽になりたいなと思って」
あの日、暴漢の前に飛び出したのも、半ば自決に近い気持ちだった。
これで自由になれると。
それなのに生き延びてしまった。
「ならば、これからは自分のために生きればいい」
「自分のために……?」
「あのとき王妃としての貴女が亡くなったと言うなら、今あるのは、エレノアという一人の女性だ」
「まあ」
その戦友の言葉に背中を押された。
「なら、廃妃を願えばいいかしら。アンジェリカの教育は臣下としてすれば問題ないわね」
「それはいいかもしれない。ただ、最近の兄上の様子を見ると、拒むだろうな」
「そうね。そのときは、離宮に男妾を住まわせてほしいとお願いしようかと思っているの」
「それは思い切ったことを。……そのときは、その……俺も男妾に立候補していいか?」
「まあ……!」
二人は顔を見合わせる。思わぬ申し出に、エレノアの頬は少し上気していた。
いつだったか。寂しさを埋めるためではなく、隣にいるのがこの人だったならと感じてしまった瞬間は。
けして表には出してはならない、胸の奥底に秘めていた想い。
交わした互いの眼差しには焦恋が滲んでいた。
離宮へ移ったエレノアの傍に、一人の男妾が置かれた。
ただし、本物の男妾ではない。
王弟ヴィクトルが王妃の相手であることを外部に知られないよう、長身の侍女に男性用の衣服をまとわせて、男妾として振る舞わせたのだ。
ヴィクトルは、昼間王弟として堂々と離宮を訪れ、エレノアと共に政務を行う。
今まで通り二人は王家の者として、国のために働いた。
だが夜になると一変する。
政務を終えたヴィクトルは、王弟ではなく、一人の男としてエレノアの部屋を訪れる。
「……本当に、俺でいいのか」
「ええ。ヴィクトル、あなたでなければ嫌なの」
「エレノア……」
ヴィクトルはエレノアの前に跪き、ほっそりとした美しい手を取った。
「俺は、物心ついた頃から貴女を見ていた」
後継者争いを避けるために未婚を貫いてきた王弟ヴィクトル。
彼の熱のこもった眼差しが一心に注がれ、エレノアは唇を戦慄かせた。
「この想いは墓まで持って行くつもりだった。だからこのような形で叶うなど思いもしなかった」
「私も、なんだか夢みたいで、信じられないわ。ねぇ、愛し愛されるって、どんな感覚なのだと思う?」
「俺もこの歳になって初めてのことだ。どうか、これから俺と共にその感覚を覚えてほしい」
ヴィクトルは立ち上がってエレノアを抱き寄せる。宝物でも扱うかのように優しく、それでいて力強い抱擁に、エレノアは浮かれるという感情を初めて知った。そして、広い背中に腕を回し、ヴィクトルの胸にそっと頬を寄せた。
ただ愛され、大切にされること。想いを通わせること。
エレノアは穏やかでいて、時折燃え盛るようなその感情を少しずつ知っていった。
エレノアが男妾を離宮に迎えてからも、レオンハルトは離宮を訪れていた。
しかし、中へ入ることはできない。
何を言っても、
「王妃殿下はお休みになっています」
「申し訳ございません」
と返ってくるのみ。使用人たちは一歩も退かなかった。
だから、レオンハルトは離宮の庭を外から眺めることしかできなかった。
夕暮れ時、エレノアは日課で散歩をしている。その時間を見計らって、彼女の、杖を手にゆっくりと歩く姿を見に行くのだ。
エレノアの隣には、一人の青年。
若く美しい男妾だった。
青年がエレノアの耳に顔を寄せて何かを囁くと、それに対してエレノアが微笑む。
柔らかで、ふわりと花が咲くような笑顔。
レオンハルトは立ち尽くした。
エレノアが自分には一度も見せなかった穏やかな笑み。
胸がうずくように痛んだ。
その光景を目に入れながら、レオンハルトはようやく理解した。
自分はアイラと共にいるとき、このような顔をしていたのだろうかと。そして、自分は、こんなものを二十年も妻に見せ続けていたのかと。
愛妾には愛を与え、王妃には政務を課した。
王妃がどんな気持ちで過ごしていたのか。考えたことすらなかった。
今、自分が庭の外からエレノアを見るように、エレノアも今までこうして自分を見ていたのだ。
愛されていないと知りながら。
それでも王妃として文句一つこぼさず立ち続けていた。
「……私は、一体何をしていたんだろうな……」
レオンハルトはそれ以上幸せそうなエレノアを見ていられなくなって、愛妾のもとへ向かった。
「あー! レオン、やっと来た!」
もう何日放っておくのよ!、と派手なドレスと流行の宝石で身を飾ったアイラは、頬を膨らませる。
「少し忙しかったんだ、悪かったな」
「仕方ないなぁ、私の欲しいもの買ってくれたら許してあげる!」
「わかった、何か気に入ったものがあったのか?」
腕に絡んでくる彼女は確かに容姿はいいのだが、何かが違う。歳を重ねると自然と纏うはずの気品はなく、口を開けてあははと笑う少女と変わりない仕草に、違和感しかなかった。
「レオン、あのね今日、なんて言ったっけ、宝石屋さんのえーっと、ルク…アエ……?」
「ルクス・アウレアのことか?」
「そう! そのルクスに行ったんだけど、かわいいネックレスがあったの。それ欲しいなぁって思って、だめ?」
甘えた声。ずっと愛らしいと思っていた。
だが、凛として透き通るようなエレノアの声と比べてしまうと、自分の中にある「美しい」と思う価値観そのものが音を立てて崩れていくようだった。
レオンハルトはアイラを見つめた。
確かに愛していた。
あの無邪気な笑顔に救われて、幸せにしてやりたかった。
だが、そのためにエレノアの愛を拒絶する必要はあったのだろうか。
彼女の人生を踏みにじる権利が自分にはあったのだろうか。
その手を取ることすら、ろくにしなかった。
最低限の義務だけ果たして、それで十分だと思っていた。
だのに、エレノアからもう愛を受け取れないと知って、今更後悔することになるなんて。
ふと、幼い頃の記憶が脳裏に浮かぶ。
婚約したばかりのエレノアが、キラキラとした瞳で自分を見上げていた。
王妃になることを夢見ていた、自分を愛してくれていた少女。
レオンハルトは瞼を伏せた。
「……どこで、間違えたんだろうな」
何か一つ、別の選択をしていれば。
ほんの少しでも彼女を見ていれば。
手を伸ばしていれば。
何かが変わっていたのだろうか。
だが、もう確かめる術は残されていなかった。
王に愛妾がいるなら、男妾を囲えばいいじゃない。これ、とても正攻法なのでは??




