第7話:挑発
「本日お伺いした理由ですが、国防陸軍の大将、「赤崎 大琥」殿による度重なる単独行動。および、周辺被害を考慮しない過剰な軍事行動に対する、是正勧告を申し入れに伺いました」
結子は、書面上求められている「説得役」だけは完遂するという決意に従い、冷徹な態度をはっきりと示し、命令口調で言い切った。
◇ ◇ ◇
国防陸軍が出動する事例は大きく分けて「災害派遣」「治安維持出動」「有事の防衛出動」「友好国からの救助要請時」の四つ。そして、今回の焦点となっているのは、「治安維持出動」における大琥の立ち振る舞いにある。
本来、警察から治安維持出動の要請があった場合、軍の厳格なマニュアルに基づき即座に指揮系統が確立される。部隊の末端に至るまで徹底的に個の意思を排除し、集団という名の『個』を形成して戦術を完遂する。それが軍の定めた絶対的な規律であり、力を行使する組織の正しい姿だ。
しかし、大琥はその当たり前の常識を悉く無視する。指揮を待たず単独で現場に飛び込み、敵とあらばその力を容赦なく振りかざす。周辺建造物への被害など構う様子もなく好き勝手に暴れ、情報を引き出すために確保すべき『生きた情報源』すらも、完膚なきまでに沈黙させてしまう。――まるで、満たされることのない渇望に駆られ、獲物を求める獣のように。
「単刀直入に申し上げます。金輪際、単独行動《《は》》一切止めていただきたい」
有事であるなら、いかに損害が大きかろうと、正規の手順を経た上で「妥当な損害」として処理することは不可能ではない。ゆえに国防陸軍側が用意した最大限の妥協点は、「規律に従った出撃であれば、どれほど暴れても構わない」というものだった。
「チッ。いい話があるって姉貴が言うから来てみれば、またそれかよ。もう聞き飽きたんだよ、そんな話。それに、ここの連中も“納得”しちまったはずだろ」
「それは、今後もその行動を改めるつもりは無い、ということでよろしいですか? 」
「だからそう言ってんだろうが 」
大琥は結子を直視することもなく、傲岸不遜に言い放った。今後も行動を改めるつもりはない。そう断言して大琥は席を立つ。
「大琥っ! もう少し話を……」
取り合う気配すら見せずこの場を去ろうとする弟。だが、なんとか引き止めようと咄嗟に口を開いた千華を遮るように、少年の声が通った。
「ねぇねぇ結子ちゃん、あんなのが国防陸軍の一番偉い人なの? 」
結子の母、茜による半ば強引な根回しにより「社会見学」という体で傍観者を演じていた少年、一。彼はその幼い相貌に無邪気な純粋さを浮かべ、辛辣に言い放った。大琥の背中に、意図的に大きく発せられた“完璧なお子様言葉”が突き刺さる。
「……あ゛? なんだガキ、口の利き方も知らねぇのか」
一同が愕然とする中、獣の唸りにも似た重低音の怒気とともに、紅い巨体がゆっくりと振り返る。一は、隣から声量抑えて必死に呼びかける結子を振り切り、暴威を覗かせる眼光縫い付ける大琥へと、容赦なく燃料を投下し続けた。
「話し合いの場なのに挨拶もできない。何故その行動を取ってきたのか、まともに自分の考えも言えない。しかも、乱暴な言葉ばかりで話し合いをする能力もなさそうだよ? 」
煽るように並べ立てられた正論という名の非難。形を成さない暴力に対する免疫を持たない大琥の精神は過剰反応を起こし、どす黒い苛立ちをその巨躯に滲ませる。
「それに、」
「テメェころ……ッ! 」
――紅の巨体が纏う空気に不穏な色が混ざったその瞬間、少年は空気を豹変させた。
「――“赤”の坊や。強がってばかりでは、いつまで経っても弱いままだよ」
その幼い容姿からは想像もできない、その場の空気を支配するような老練な響き。重力が増したと錯覚するような重苦しい威圧感が、猛る威勢を正面から圧し潰した。
「はぁ~。いったい何に苛立っているのか僕にはさっぱりだよ」
芝居がかったため息を一つ。この場を凍てつかせていたものは、いつの間にか霧散していたが、面々は少年の見た目をした『《《ナニか》》』が放った底知れない威圧感を受け、金縛りにあったように硬直していた。
「それより、さぞ暴れたそうな君にいい提案がある。敗者が勝者の言うことをなんでも一つ聞く。という条件で僕と手合わせするっていうのはどうだい? 」
「……その条件なら、もし間違ってやり過ぎちまっても文句はねぇな? 」
大琥は青筋を立てながら、結子に視線を飛ばす。それは暗に、白川一族の者を「間違って潰してしまった場合」の免罪符を勝利報酬として求めるという問いであった。だが、初めて目の当たりにする純粋な暴虐の意思を前に、“困惑と不安”に呑み込まれた結子は、即座には返す言葉を選び取ることができなかった。
「ふふ。それを条件にしたいというのなら構わないよ」
一は、結子が口を開く隙も与えず、全く気にした様子もない陽気さで応えた。
「はっ! いい話ってのは、あながち嘘じゃなかったみてぇだな? 」
大琥は、深い困惑を浮かべ固まる姉・千華へと皮肉を含んだ獰猛な笑みを向けた。
「それじゃあ結子ちゃん、場所の確保をお願いしてもいい? 」
「は、はい! 」
一の穏やかな呼びかけで、結子は弾かれたように我に返った。慌てた様子で携帯端末を取り出し、迅速にメッセージを送ると――直後、まるで待ち構えていたかのような速度で“打ち合わせ通り”の内容が届いた。
「……現在、地下二階の訓練場が空いているとのことですので、そちらへお願いします」
大義という体裁を盾にしながら、あろうことか部外者である一を利用して悪事に加担している「背徳の意識と座りの悪さ」。結子はその動揺を覆い隠すように、事務的な言い回しで告げた。
「逃げんじゃねぇぞ」
大琥はそれだけを吐き捨てると、一瞥すら与えず、臨界寸前まで昂ぶった怒気を撒き散らしながら即座に部屋を後にした。
「ありがとうね、結子ちゃん」
一から向けられたのは、完璧なまでに純真な笑み。だが結子は、暗い表情で小さく頷き返すことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
……この状況は、すべてこの少年が意図的に整えてくれたものだ。
たしかに、今回の物騒な役割を誰かに代わってほしいと願ってはいた。
だが、あの凶暴な存在を前に自分だけが逃げ出したという紛れもない事実が、鋭い罪悪感となって胸を刺す。何より、その罪悪感が嘘のように、今の状況に安堵してしまっている卑しい自分がいる。そんな己の浅ましさに、結子はたまらなく辟易していた。
そんな、泥沼に嵌まってしまったように自責の念に苛まれる結子の面持ちを、一は懸念を含んだ暖かな瞳で、心配げにじっと見つめていた――。
◆ ◆ ◆
大琥が退出してからそれほどの間を置くことなく、来賓室に三つのノックが響く。「失礼します」という言葉の後、先ほど来賓室までの案内を担当した職員が入室してくる。
「どうぞこちらへ。ご案内いたします」
入口で足を止め、手振りで“独立防衛軍 総帥 白川 結子”を促した職員だったが、
「はーい。お願いします」
随分と低い位置から返ってきたあどけない声に、驚愕のあまり目を見開いた。信じられないとばかりに、答えを求めるような眼差しを結子へと向ける。
――苛烈を極めたあの白川 茜が、陸軍将官全員にわざわざ個人回線で根回ししてまで送り込んできた存在。絶対にただの少年であるはずがない。とはいえ、あの赤崎大琥という武の化身を相手取って、無事でいられる可能性は万に一つもない――。
…………そんな思いから、職員が必死に送り続けた無言の訴えも虚しく、結子は残酷な事実を肯定するように、重々しく頷いてみせる。職員が呆然と視線を落とした先にあるのは、やはり、あまりに場違いな子どもの姿であった。
「行ってきま~す」
そんな緊迫感とは無縁に、一は小さな歩幅とともに小さく手を振った。まるでピクニックにでも繰り出すかのような陽気さを振りまきながら、部屋を出ていった。




