第5話:晴天の道中
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黒塗りのエアカーは、敷地を出ると同時に浮上。高度一〇〇〇メートルまで垂直に昇った。あとの操縦を管制システム制御へと委ねると、空中に設定された仮想レーンを滑り出す。
都市の営みや高層ビルの威容も眼下でかすみ、そこは雲ひとつ無い晴天の世界が広がっている。エアカーはその青空を切り裂いて飛行しているにも関わらず、その車内には風切り音ひとつ届かない。完全なる静寂が、そこにはあった。
◇ ◇ ◇
二人が身を預ける後部座席は、往年のバーのように落ち着いた空間。対面式のフルリクライニングシートの脇には小型冷蔵庫と各種グラス類が備え付けられ、贅を凝らした演出がなされている。
「結子ちゃん、これから行く場所はどこなのかな? 」
「えっと、国防陸軍関西本部になります」
これから直面する重大案件を前に改めて胸を締め付けられていたところへ、向かいの席へ身を埋めた少年から突如として放り込まれたなんとも気の抜けた問い。結子は調子が狂わされそうになるも、なんとか平静を装って応えた。
「陸の関西ということは、赤崎か」
「そ、そうです」
彼にとってみれば、あの「赤崎家」であってもただの固有名詞に過ぎないのだろうか。
国内最強の矛として最前線に立ち、数々の戦果をその圧倒的な膂力で成し遂げてきた一族。そんな偉大な存在を軽々しく呼び捨てにするその調子に、結子は内心ぎょっとしながらも、努めて冷静に続ける。
「ということは、何かの会議か打ち合わせかな? 」
「いいえ、なんというか、今代の赤崎家当主は軍規を平気で無視する方らしく、軍組織としては目に余る状況だそうで……」
「あ~、いわゆる腕っぷしが立つ感じだ」
表情が優れない結子とは対照的に、一は至って楽観的に返す。
「その、はい。将官の方々が連名で、我々独立防衛軍に依頼を出してくる……それほどまでに手に負えない状況だそうです」
事実として、現在の赤崎家当主。国防陸軍大将「赤崎 大琥」は、協調性という概念を持たない。単独行動は当たり前、後始末のことも一切考慮しない。傍若無人を地で行く『暴れん坊』が彼の気質だ。
しかし、そんな人物を頭に据える組織からすればたまったものではない。軍人としての秩序を率先して乱す将軍などもってのほかである。
そこで、今後の内部統制に深刻な影響を及ぼすという名分をもって、異例事ながら体裁やプライドという障壁を乗り越え、陸軍幹部全員が連名で『あいつを説き伏せてくれ』と外部に依頼を出したのだ。――非公式かつ秘密裏に。
「誰も抑えられなかったの? 」
上補十二家の一角、赤崎家は、日本国防における「陸」を司る家系だ。大琥に限らず、一門の精鋭たちが数多く国防陸軍に籍を置いている。
その「誰も」という言葉の中には、赤崎大琥と同じく国防陸軍に籍を置く赤崎家筋の者たちを以てしても、彼を抑えることすら叶わなかったのかという疑問が込められていた。
「陸軍組織の内部でなんとか解決を図ったようですが、手に負えなかったそうです」
「なるほど。僕のやるべきことは決まったね」
一はそれまでの楽しそうな表情に深い納得の色を浮かべると、まるで心当たりがあるといった様子で数回、鷹揚に頷いた。
「……今の赤崎家当主は歴代でも最強とのことですが、その、大丈夫でしょうか? 」
結子の複雑な胸中を反映するように、言葉選びは抽象的なものになっていた。
この物騒な役割を、できることなら代わってほしいと――情けないと自覚しながらも――願っていた。だが、いざその役を肩代わりしてもらえる状況を前にしても、素直に内心の平穏を享受することはできない。
荒事から逃げようとする自身の臆病さを、今は無理やりにでも脇に置く。しかし、「自分に委ねられた大任を他人に丸投げする」という背徳感からは逃れられない。何より、この少年に全てを任せてしまって、本当に良いのか。そんな不安が、結子の心を重く支配していた。
「――ふふっ。心配してくれてありがとう」
結子のいかにも不安だと言いたげな表情から、一は“この程度の事”で心配されたのはいつぶりだろうかと思わず笑みが漏れそうになるも、彼女の胸のつかえを下ろすべく表情を力強く引き締める。
「でも大丈夫。昔から荒事を収めることには定評があったんだよ僕は」
「…………」
――――話に聞く限りでは、それはもう凄まじかった『らしい』目の前の少年。しかしその姿は、楽しいことを前に笑みを湛え、足をぶらつかせる『少年』にしか見えない。
あまりに説得力を欠いたその佇まいに、どれだけ真面目な顔で、力強く言い切られようともその心の内は晴れなかった。
本当に圧倒的なのだ、今の赤崎家当主『赤崎 大琥』は。
一八歳で先代の当主を退け、結子と同じく、若干二〇歳にして、威風堂々と当主の座に君臨した鬼才。上補十二家全体で見ても規格外と謳われる圧倒的なフィジカルと、天性の戦闘センス。それらに物を言わせた力攻めの戦法――。
そんな彼の前で、これまで数多くの戦士が無惨に散っていくのを目にしている結子としては、自分の役割を押し付けてしまった罪悪感もさることながら、一の身にもしもの事があったらどうしようという憂慮が、大きく膨れるばかりであった。




