第27話:エピローグ
「学園に通おうと思うんだ」
時刻は夕飯時。白川家邸宅の食卓で、なんの脈絡もなく放たれた一のひと言に、正面に座る結子は箸を止めて固まった。
「……はい?」
「来月から留学生が来るでしょ? 僕もそのタイミングで今の世間を知るために、学園に通い始めようと思っているんだ」
「……えっと、まったく意味が分かりませんが」
「いやね。僕は百年以上眠りこけていたわけじゃない? それでね、現代の社会を知るには、やっぱり学舎に通うのが手っ取り早いと思うんだよ。だから結子ちゃん、推薦状に一筆書いてくれないかな?」
「……私以外には、誰から署名を頂くおつもりなんですか?」
結子は、普段の子供そのものの振る舞いからすっかり抜け落ちていたが、その饒舌な一の言い分によって、彼が『魔法暦の偉人本人』であるという事実を思い出し、納得の色を浮かべた。
「うんとね、千華さんと大琥くんからはもう書いてもらったよ。あと、茜さんも伝手を通して学園に連絡を入れるって言ってくれたよ」
(完全に、外堀を埋められている……。それよりも、彼らとは数週間前に出会ったばかりのはずなのに、この手の早さは何なんですか)
「――はぁ~、分かりました」
推薦人が陸軍と独立防衛軍のトップなど、それはもはや推薦状ではなく、命令状の間違いだろう。結子は、一体どんな無茶振りをするつもりなんだという呆れから、重々しい溜息を吐き出した。
そう内心で愚痴っても、同じ上補家である赤崎家が後押ししている以上、白川家が推薦を理由なく拒否することはできない。いや、自分の場合はこの少年の正体が《《宮上一》》であると知っている以上、その頼みを断る選択肢など、端から存在しないのだが。
(赤崎大琥の一件での貸しを使った? それとも、正体を明かしたの……?)
なんにせよ、この少年は知ってか知らずか、赤崎家のツートップと母である茜までも巻き込むことで、どうやっても「断れない状況」を作り上げていたのだ。
結子は、どこか掌の上で転がされているような心地を覚え、渋々といった様子で承諾を返した。
◇ ◇ ◇
その後は、いつも通り和やかな食事を終えた。
差し出された推薦状には、【初等課程および中等課程の飛び級認定・高等課程への特進編入を推薦する】との内容が記されていた。
こんな巫山戯た内容を、冗談ではなく正面から押し通せてしまうのは、やはり質が悪い。結子は再び内心で毒づきつつも、白川家の重みが乗った署名と捺印を刻んだ。
「ありがとうね、結子ちゃん」
推薦状を見ながら満足気に頷く一に対し、結子は考えることを放棄して、「はい、どういたしまして」と、半ば投げやりに苦笑いの相槌を打つしかなかった。
その一連のやり取りを見届けた茜が、口を開く。
「ところで一様。学園には、ここからお通いになるのですか?」
「うん。そのつもりだよ」
「もしよろしければ、学園内にある白川家保有の宿舎をお使いください。今は誰も使う者がいないので、気兼ねなくお過ごしいただけます」
白川家の邸宅は奈良にある。対して、通学予定の国立魔法学園は大阪に所在しており、正規の移動手段――管制塔に従い周回する、公共のエアカーではそれなりの時間がかかる。そこで茜は、学園の敷地内にある白川家専用の宿舎に住み込む手もあると提案したのだ。
「おー。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「ええ。ご自由にお使いください。――結子。あなたも共に出向き、身辺のお世話をして差し上げなさい」
「え゛っ」
それでは気が休まる暇がないではないか。それに、自分の仕事はどうするのだと結子は言いかけたが――。
「貴方が動きやすくなるよう、軍務の際にはこれまでずっと付き添っていただいているのですよ。毎日とは言いません、少しは御恩をお返ししなさい。それに、エアカーを学園に手配させますので、当主の執務や軍務には学園から向かえます。……いいですね?」
結子の逃げ口は、鋭い眼光で構える母の完璧な先回りで潰された。
「……はい」
時折みせる母の断固たる厳格さ。それに抗う度胸など、 今の結子はこれっぽっちも持ち合わせていないのであった――。
――――第一章『国防高官会議編』完――――




