第26話:報道と暗躍
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『本日午前、京都府魔法省本庁舎がテロリストによる襲撃を受けました。詳細は……――』
事件翌日のニュース報道。
今回の事件は、高位の魔法が用いられた事実や、魔法省本庁舎の防御障壁が破られたことなど、核心に触れる部分はすべて伏せられ、正体不明の実行犯によるテロ事件――それがことの顛末であると公表された。
犯行グループが帝国出身者のみで構成されていた実態。そして、かの国との深い繋がりを示す遺留品《短棒型MAD》を所持していたことを公にすれば、国民感情は特定の人種に対する迫害という形で表出し兼ねない。
もしそうなればいよいよ、『人権侵害』という大義名分。すなわち、付け入る隙を仮想敵国のみならず、諸外国にまでも与えかねない。そう政府が判断しての措置であった。
現状、日本政府および国防軍の総意として、彼らと本格的に事を構える意思はない。それに、「帝国からテロ工作を受けた」と世論へ訴えようにも、その実行犯が暗殺されたことで証拠を吸い出せず、事態の裏でかの国が糸を引いていたという公的な裏付けも乏しかった。
そのことから政府は、可能な限り穏便な着地点へとソフトランディングさせる道を選択したのである。
◇ ◇ ◇
後日。庁舎襲撃の際に使用されたソニックランチャーおよびロケット弾は、あろうことか日本製であったと報じられた。
捜査の結果、純国内企業から国防軍に納入されるはずであったロケット弾六発と、ソニックランチャー一基が、納入直前の段階で消失していたことが判明。納入データの予定数に改竄された痕跡が見つかり、組織的な隠蔽が裏付けられた。
この前代未聞の軍事兵器の漏出は、搬送を担当した企業による管理不足が主因とされた。
だが、それらがなぜ、どうやって犯人たちの手に渡ったのかについての手がかりは掴めておらず、意図的に横流しが行われた証拠も見つからなかった。搬入から輸送完了までのいずれかのタイミングで紛失したという、中身のない事実だけが突きつけられたのだ。
そして、最後に現場屋上を襲った所属不明のミサイル弾に関しても、残骸物のすべてが灰と化しており、いまだその詳細を追跡する足掛かりすら掴めていない。
その結果、処分は行政指導および厳重なる注意のみに留められることとなった。
政府と国防軍は、「敵の手によって、いつの間にか軍事兵器を掠め取られた」という無様な失態を前に、あえて泥をかぶることを厭わず、これらについては一切を包み隠すことなく、つぶさに報道させた。
「今回の不祥事は民間企業の管理不足、そして、国側の管理体制に起因するものである」。国民に対して、その結論こそが紛れもない全貌であると強弁することで、世論の論調を誘導していったのである――。
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贅沢な装いながらも節度ある、品の良さを湛えた談話室。壁に埋め込まれた威厳ある暖炉がパチパチと音を立て、アンティーク調の小ぶりなシャンデリアが柔らかな暖色の光を落とす。
使い込まれ、飴色に輝く木製家具たち。素朴にして最高級という名の贅を尽くした、美しく静謐な空間だ。
深いダークブルーのカーペットがそれらを受け止めるその部屋の中央。円卓を囲むのは、それぞれ異なる表情を宿した、六名の白人たちであった。
その円卓の中央に置かれたホログラム端末が、中空へと光を放つ。
ホログラム映像の向こう側、暗闇を背景にディスプレイに照らされ浮かび上がるのは、存在感が希薄な隻眼の男。肩から上のみが立体的に投影されるその姿には、この談話室の暖かな空気とは正反対の、死神のように冷たい気配を湛えていた。
『申し訳ありません。任務は失敗です』
映像の主が放ったのは、感情の機微を一切排除したような、無色透明の声。
「証拠は?」
漆黒を基調とし、その上に鮮烈な赤の肋骨服調の装飾が施された豪奢な軍服礼装。六人のうち最も頑強な体躯を持つ男、グレゴリー・アルセーニエヴィチ・スヴャーギンが、高圧的に問いを投げた。
『作戦段階で壊れた二名の死体は警備が厳しく回収不能でしたが、捕縛された八名は処理済みです。実験品として埋め込まれていたブースターコアも、八名分すべて回収しました』
映像の男は、銀色の頑丈なケースの内部を面々に向けた。
そこには、血の色をした楕円形の固形物が、二つの空白を残し整然と並んでいる。目を凝らせばそれは、一定のリズムで微かに脈動し、鈍赤い光を放っていた。機械的な動きというより、どこか生物の鼓動を思わせる禍々しい色を孕んでいる。
「よろしい。……近々、クラス2およびクラス1数名を投入する。それらをもって“黒の子女”を確保し、必ず生きた状態で連れ帰れ」
『了解いたしました』
「――それより、あのMADは無事回収されたか?」
帝国は今回、送り込んだテロ実行犯たちへ、端から日本側に回収させるつもりで短棒タイプのMADを持たせていた。それは、帝国との繋がりを確信させる意図、そして、軍部のプライドを逆撫でする挑発の意図を込めてのことだ。
日本側が挑発に乗り、これを侵略の意図と受け取って本格的に衝突に発展すれば、帝国の《《正規軍》》は大々的に動かざるを得なくなる。そうなれば、秘密裏に任務を遂行する自分たちは、より動きやすくなる。
一方で、彼らが穏便に済ませた場合には、大規模な対策は講じられず、これまで通り好き勝手に振る舞える。
数年をかけて日本各地に仕掛けた、撹乱。単体で見れば意味のないその小規模な破壊工作の数々が、今回の一件によって強制的に紐づけられ、警備を分散させる効果を生むのだ。
しかも、京都の魔法省庁舎をこれまでとは比較にならない大々的な規模で狙ったという事実も、歴史ある街並みが残る周辺地域や関連施設の警備を固めさせる否応ない理由となり、本命である『学園への奇襲』のハードルを劇的に下げる結果となる。
『作戦の実行現場を確認しましたが、何一つ残されていませんでしたので、ほぼ間違いなく回収されたと思われます』
「……よし、追って連絡する。学園の情報を集めながら潜伏を継続しろ」
『承知いたしました』
隻眼の男は無言で敬礼を取ると、余韻すら残さず即座にブラックアウトした。
「クラス2を十名投入し、しかもそのうち二名の全てを注ぎ込んだ『セル・ファイア』まで用いてなお、非魔法師である政府関係者一人斃せないとは。さすがは日本が誇る上補十二家といったところですな」
ダークブロンドの薄い頭髪を丁寧に撫でつけた、肥満体型のスーツの男が忌々しげに吐露する。
「忌々しいことに、彼らの実力と素質はやはり本物だ。だからこそ、まだ未熟な個体を研究材料として手に入れる」
黒ベースに金の装飾が施された軍服礼装を完璧に着こなす精悍な男が、乏しい表情の奥に、確かな熱を宿し宣言した。
「それで無理ならば、次は――」
「スペシャル。そして、イリーガルだ。それでも無理であれば、我々を含むセカンドの系譜を投入してでも成し遂げる」
肥満体型の隣に座る細身のスーツの男が発しかけた言葉を、スヴャーギンが冷淡な語気で強引にねじ伏せた。鍛え上げた巨躯に深い理性を宿す彼が、その場の決定権を握っているのだと示すように。
「当然だ。我々の命を捧げてでも、女王殿下の悲願は叶えねばならん」
装飾も格式も存在しない深紅の戦闘服に身を包み、短く刈った頭髪に深々と髭を蓄えた古兵が、老練な空気を放ちながら深みのある口調で断言した。
「そうね。至上命題として、なんとしてでもオリジナル因子の再現を成し遂げましょう」
最後に口を開いたのは、アンジェリーカ・アナトリエヴナ・チャイコフスキー。プラチナブロンドをなびかせるその麗人は、モデル顔負けの完璧なプロポーションと、どこか愛嬌ある面持ちを併せ持っていた。
おもむろに立ち上がった彼女は身に纏うドレスを翻しながら、木棚に整列するワインボトルをひとつ手に取る。その瞬間、固く封をしていたコルクがひとりでに『キュッ、ポン 』という乾いた音をたてて躍り出た。
それを優雅に空中で捕獲した彼女は、極限まで薄く仕上げられたワイングラスの中へ、深紅の液体を静かに注ぎ入れる。
グラスが全員の手に行き渡ると、談話室の空気は一瞬にして凝結した。
「『崇高なる志持つ同志たちに感謝を』」
六名が寸分たがわず同時にグラスを掲げる。彼らの声は完全に重なり合い、まるで一つのハーモニーのように共鳴した。
「『真なる平等を』」
祈りを終えた彼らは、まるでひとりの人間が動くかのように淀みない所作で、ワインを口元へ運んだ。
液体を飲み干した六人は、まるで最初からそうであったかのように、各々の優雅な姿勢へと戻った。
棘のない和やかな話し声と、暖炉の爆ぜる音だけが、再び談話室を支配した――。




