第24話:報告
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鑑識たちが慌ただしく燃え尽きたミサイルを検分している魔法省本庁舎屋上。彼らに声をかけることもなく飛び立った黒塗りのエアカーは、田所の独断により緊急走行レーンを最高速で駆け抜けた。
白川邸へと到着し、エアカーから降りた結子は、確かな足取りで豪奢な玄関へと足を踏み入れたが、靴を脱いだ途端、力尽きたようにその場へ倒れ込んだ。
張り詰めていた糸が切れたのだろう。極限の疲労に飲み込まれ、険しい表情のまま意識を失った彼女は、血相を変えて駆け寄った母の腕に抱きかかえられ、そのまま自室へと運ばれていった。
◇ ◇ ◇
――白川邸迎賓室。
白川家邸宅が誇る、至高の客間。個人を迎えるためだけに設えられた十二畳の和の空間は、外の騒がしさを完全に遮断している。
若々しい畳の青い匂いが仄かに鼻腔をくすぐる中、一と、その真正面に座る結子の母・茜が、座卓を挟み向き合っていた。どう見ても苛立たしげな、ピリついた空気を纏う茜に先駆けて、一が静寂を破る。
「茜さんも今日はお疲れ様。……結子ちゃんは無事、とはとても言えないか。でも、務めはそれはもう立派にやり遂げていたよ」
陸軍の一件――赤崎 大琥の相手を、一の「上補家のことで何かあるなら対応する」という発言に便乗し、都合よく押し付けたあの画策は、茜の予定調和通りであったはずだ。だが、その後の国防会議での議事進行役や、なにより今回のテロ事件という事態は、彼女にとっても手助けの叶わない完全なイレギュラーだ。
茜自身が渦中にいるのであれば、いかようにも乗りこなしてみせただろう。だが、その現場に立つのがどこまでも気の弱い愛娘となれば話は別だ。
不安と心配――。一人の親として抱く激情は、どれだけ冷徹に振る舞おうとも、彼女の精神に重い疲労を強いているはず。
そう察した一は、何よりも求めているであろう「結子の奮闘」の顛末を丁寧に紡ぎ出した。
「――そうでございましたか。安心いたしました」
そう返した言葉とは裏腹に、その声色には深く沈んだ響きが混じっていた。
娘に当主の座を譲ったことへの後悔か、あるいは、過酷な道を歩むことになる娘の行く末を案じてか。一から今日の活躍ぶりを聞いてもなお、彼女の顔から暗い影が消えることはなかった。
「……テロ犯の見立てをお聞かせいただけませんでしょうか? 」
丁寧な言葉遣いではある。だが、その口調には僅かな棘が混じっていた。
「極少量の魔力で魔法を発動させる、あの独特な術式からして、帝国の仕業なのは確定だね。しかも、訓練された――僕が知る百年前の軍基準でいうところの三級から準二級レベルの高位魔法師を、躊躇なく使い潰すつもりで投入してきている」
「千華さんが言うには、ここ数年、規模こそ違えど同様の手段でテロまがいの行為がたびたび繰り返されているそうだ。……これまでと違って、ここまで大々的にやったということは、今回を試金石として、次は明確に目的をもって本格的に戦力を投入してくる」
僕はそう見ているよと締めくくった一は、千華から得た情報に加えて、自身の中にある『確信』を重々しく付け足し、流れるように述べた。
「そう、ですか」
帝国の気配――いまだ確定には至っていないその懸念を、百余年前、帝国を含む連合軍との間で起きた大戦の平定に深く関わった、宮上 一が、躊躇いなく断言した。否定を許さないその事実を突きつけられた茜の面持ちは、瞬く間に深刻な色へと染まっていく。
「事前の解決を……お願いできませんでしょうか」
上補十二家には鉄の掟がある。
『宮上 一に有事の解決を乞うてはならない』
百余年前、四国侵略から始まり、沖縄、北海道――数ヶ月に渡って各地域へ仕掛けられた波状攻撃による、三度の連合軍侵攻。
それを決死で退けた後、疲弊著しい日本を仕留めんと襲いかかったヨーロッパ《《連盟》》。
さきの熾烈な三つの大戦を、『憲法に縛られ自由に動けない上補十二家たちに代わり』ほぼ全ての戦線で下支えしていた宮上一に、あろうことか『ヨーロッパ群大侵攻』では、防衛の役目をただ一人に押し付けざるを得なかった。
一が連盟を《《撃滅》》した後、当時の上補十二家および、上弐二十四家が「これ以上、背負わせてはいけない」と連名で立てた『掟の誓い』なのだ。
茜はその禁忌を、拳を固く握りしめ、震える唇で食い破った。娘を守りたいという情愛が、彼女の理性を塗りつぶし、その狂気混じりの言葉を放たせたのだ。
「…………気持ちは分かるし助けてあげたい。けれど、それはダメっていう決まりだよ」
茜の思いを受け取った一は、沈痛な面持ちで茜を見つめ返した。その声には、彼女の願いを拒絶せざるを得ない自分に対する嫌悪感が混じっていた。
しかし、それだけで終わりではなかった。
「もし、あの子が直接手を下さないといけない事態が起きた時は、僕が対処する。これでなんとか納得できないかい?」
その提案は、茜が望む「回避」ではない。あくまでも受動的な事後処理だ。しかし、掟を破ることなく茜の心を安らわせる、最大限の落とし所であった。
「……それで十分でございます。わがままであることは重々承知していますが、どうか、あの子をお願いいたします」
茜は、ふっと表情を緩めると、膝をついたまま身体を後ろにずらし、額を畳に擦り付けんばかりに深く頭を垂れた。まるで、懇願するように。
「顔をおあげ」
一はそこまでする必要はないとでも言いたげに、柔らかな、だが拒絶を許さない命令調の響きで声をかけた。茜が間を置いてゆっくりと顔を上げると、一は彼女の瞳の奥までを見据え、静かに口を開いた。
「任せておいて。可能な限り、彼女の前ではとどめを刺さずに、生け捕りにするよう最善を尽くすよ」
重苦しい沈黙が降りた迎賓室。なんともいたたまれない空気を強引に入れ替えるように、一は声を上げた。
「対価といってはなんだけど……」
「カップのチョコアイスと濃いめのブラックコーヒー。あと柿ピーが食べたいなぁ~」
茜に向かって目線をチラリと投げながら、見た目相応の子供っぽい仕草で、無邪気にねだってみせた。
今朝の鮮やかな締めくくりのお返しとばかりに、今度は彼が、しんみりとした空気を和やかな香りへと入れ替え、会話を締めにかかったのだ。
「……承知いたしました。すぐにご用意いたします」
茜は思わず呆気にとられるも、さすがは元上補家当主。すぐさま平静を取り戻し、優雅な所作で部屋を出ると――しばらくして、静謐な蒔絵で彩られた漆塗りの盆にそれらを乗せ静かに戻ってきた。
「ふふ。おいしいね」
チョコアイスを幸せそうに頬張り、満面の笑みを浮かべるその少年に釣られたように、茜もまた柔らかく微笑むと、その場の空気は、晴れやかな夏の色へと入れ替わっていた――。




