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第23話:収束、そして困憊



◆ ◆ ◆


「石切さん、エアカーの航路を確認させてください」


「はっ!」


 紫崎は警戒を解かず、高度一〇〇〇メートルで上空を睨むように探知ソナーを放ち、しばらくして、航路の安全確認飛行を行っていた航空隊員から「危険なし」の報告を受けた。上空に張り巡らせた探知網にも反応はなく、未知のミサイル弾の処理から約三十分後、安全確保が宣告された。



 政府関係者を乗せたエアカーの隊列は、光学迷彩によりその姿を空へと溶け込ませると、無事魔法省本部庁舎を離脱する。


 精鋭揃いの第六航空中隊に護衛を委ねた道中、幸いにも危惧された追撃はなく、空を走り出して一時いっときの後。彼らは、国家施設の中でも最高峰の防衛力を誇る内閣府上空へと差し掛かる。


 広々とした内閣府ビルの屋上。そこを囲う防御結界の発動準備が完了して間もなく、中空で待機していたエアカーの隊列は一斉にステルスモードを解き、次々と着陸態勢に入る。



 エアカーから降りた政府代表の同行者たちは、一様に怯えた様子で建物へと駆け込んでいく。そんな中、悠々と歩き出てきた内閣総理大臣・井田 美空と、魔法大臣・九条 久志の両名は、エアカー隊列の最後方で殿しんがりを務めた第六航空中隊隊長・石切 舞へと歩みを寄せた。


「道中の護衛を感謝する。政府から正式に感謝状をしたためさせるので、待っていてほしい」


 日本国の顔である内閣総理大臣・井田 美空は、不慣れな様子ながらも、心からの敬意を込めて謝意を示した。


「見事なお働きでありました。後日改めてお礼を申しに上がりますが、できれば紫崎殿にも直接、我々の謝辞をお伝えください」


 今回将官会議に参加した政府関係者の中で唯一、軍属の魔法師資格を持つ九条 久志は、淀みのない洗練された軍礼をもって、最大の敬意を表した。


「はっ!確かにお伝え致します。本日は大変お疲れ様でございました」


 石切の凛々しい敬礼に二人は答礼を返すと、内閣府へと入っていった。



◆ ◆ ◆



 再び軍の将官たちが集った、がらんとした特別会議場。


 会議用に設えられたテーブルの中央にはARディスプレイが静かに浮かび上がり、数十分前、内閣府へ到着したばかりの井田 美空総理と、九条 久志魔法大臣が緊急声明を行う姿を大きく映し出していた。


 彼らはその光景を意に介さず、政府が並べ立てる表向きの見解とは裏腹に、極めて実務的かつ事態の核心に触れる議論を繰り広げていた。


「今回の件ではっきりしましたねぇ。帝国は我々の想定以上に深いところまで根を張っている」


――数時間前、この場で交わされた魔法犯罪発生件数の異常上昇に関する議論。その中で原因として大きく浮上していた『帝国』の関与。捕縛した者全員が金髪、碧眼、そして白人種という共通の身体的特徴を持ち、さらには帝国の関与を《《まるで裏付けさせる》》証拠品まで所持していた事実が、その疑いを決定的な確信へと変えていた。


 紫崎が言葉を止めると、テーブルの上に無造作に置かれた物体へ視線が集まった。透明なフィルムで密封された、無骨な短棒状の物体。彼はそれを穢らわしいとばかりに指先で摘み上げ、顔の高さまで掲げてみせた。


「運良く流れたのか、意図的に配されたのか。……まぁ、なんだろうと構いませんが。こんな骨董品とはいえ、把握しきれていないMADが存在する程度には、我が国は蝕まれているということですねぇ」


 言葉そのものは普段通り。だが、その口調にはいつもの人を小馬鹿にしたような響きはなく、吐き出された声には重々しい語勢が宿っていた。


 Magic Automation Device、通称MAD。それは、魔法発動を自動的に行う外部機器である。次世代のMCD(Magic Cast Device)が登場するまでの間、前線に立つ魔法師を支え続けたそれは、目的や用途において現行機と何ら変わらない。


 だが、時とともに高度化・複雑化していく魔法式に対し、戦闘用途としてのMADは決定的な演算能力不足を露呈していった。


 発展スピードの著しい魔法式の並列処理を実用的なタイムラグ内で行うためには、利便性をかなぐり捨てて演算ユニットを大型化するほかなかった。結果としてその座は、小型でありながら数倍以上の演算能力を持つMCDへと譲り渡されることとなった。


 千華が言葉を引き継ぎ、手元のタブレットに目を落としながら、ここにいる面々と事の深刻さを共有するべく、その正体をつぶさに説明する。


「増援として駆けつけた兵科技術班によれば、かなりの旧規格品だそうだ。基本骨格から演算ユニットに至るまで、帝国特有の刻印が確認できた。どうやら指揮官クラス専用の個体らしく、当時の旧世代魔法師のネックであった魔力出力の低さを補う、魔力リンクシステムの中枢制御機能まで搭載しているとのことだ」


 持ち手のすぐそばに物理式のON/OFFスイッチが取り付けられた、短棒型のMAD。戦闘用途のMADというだけでもその製造年代の古さを如実に物語っているのだが、これは中でも指折りの旧規格品だ。


 正確にいえば百年以上前――二二〇〇年代前期に世界魔法連盟《WMA》の加盟国総出で開発された、工業用MADである。その技術構造をベースに、帝国軍が無理やり戦闘用に転用した、最初期の規格品であった。


「今回は護身用途で辛うじて使える程度の代物シロモノだったから良かったが、今後実戦レベルでの魔法制御が可能な、もう少し後の世代の個体を持ち出されると、流石に厄介なことになる」


 千華は眉をひそめ、苦々しげに言葉を重ねた。


「はぁ~~――もう警察全体を巻き込んで徹底的に洗うしかないのでは?」


 高飛車な紫崎なりの気遣いか、面々を代弁する深い溜め息をつき、言い放った。


 それは、日本に正式に帰化している者、就労許可を得ている者、さらにはその国の資本が入った企業に至るまで――。その国の出身という属性を持つ者すべてを、“決して公にならない形で”徹底的に精査させるという、暴論ともいえる提案であった。


「……それは、現実的ではないと存じます。もし何かしらの手がかりを掴んだとしても、どのみち首魁まではたどり着けず、逃げ切られる可能性が極めて高い」


 青瀬の冷徹な指摘に、紫崎は「やれやれ」と肩をすくめてみせる。


「となれば、網を広げ、大物がかかるまで……次は“大きい”では済みそうもありませんが、それがかかるのを待つほかありませんねぇ」


「政府としてもさすがに正面衝突は選べないだろう……結局のところ、これまで通り後手に回らざるをえない状況は変えられないか」


 空軍航空総師長・紫崎 翔士、海軍総督・青瀬 颯海。そして、今回の件以外でも数多の苦渋を舐めさせられてきた陸軍中将・赤崎 千華。


国防を背負う三者が議論の果てに辿り着いたのは、数時間前の議論と同様、「行き詰まり」という、あまりに歯がゆい結論であった。




――完全に気が抜けた結子は、目の前で繰り広げられる議論の当事者でありながら、その光景を、ただ呆然と眺めるのが精一杯であった。


 内容が、まるで頭に入ってこない。限界を迎えた彼女の意識は、これ以上の情報を拒絶していた。 



 現在の時刻は十七時過ぎ。はじめの目覚めに伴う“魔法暴発”まがいの余波を受けるところから始まり、陸軍関西基地での一連の出来事、初めて参列した高官会議、さらには先程の奇襲テロ事件。


 軍人としての初勤務でありながら、ほぼぶっ通しで八時間にもわたり、結子は追い詰められ続けてきたのだ。精魂尽き果て脱力状態になるのも、決して無理はないと言えるだろう。


「白川殿は、なにか気になる点はおありか?」


 千華が面々に最終確認の意図で順番に呼びかけていき、最後に結子へと視線が向けられた。 


「と、特には思い当たるところはありません」


 表情にボロは出ていない。しかし、言葉の調子まではもう、とても繕いきれなかった。


「まぁ、《《結子》》殿は今回が厳しい初陣。それでいて立役者となられたのです、無理もありませんねぇ」


 軍人としての仮面が剥がれ落ちた結子を、あろうことか、紫崎が揶揄(からか)いの気配すらない真面目な口調でフォローした。


 上補十二家「紫崎家」の当主である彼にとっても、結子の結界魔法の強度と発動速度は異次元の域にあると映っていた。


 中途半端な資質を技術で補っていた先代当主――白川茜とは比較にもならない。その卓越した才能を目の当たりにした彼にとって、結子は数少ない『尊敬』を抱くに値する存在となったのだろう。


「紫崎殿の仰るとおり、今回は白川殿の尽力がなければ間違いなく大事に至っていた。本当に助かった、感謝する」


 紫崎の意図を汲んだ千華が、疲労困憊の結子を一刻も早くこの場から解放するべく、締めに入った。 


 それに呼応し、各軍の長とその側近たちが一斉に頭を深々と下げる。それは、心底からの感謝を、最上級の敬礼という形で体現したものであった。


「……い、いえ」


 結子は、三軍種の将官たちが自分に向かって一様に頭を垂れるその光景に気圧され、半歩、後ろずさった。それでもなんとか受け止め、かろうじて応じた。


「白川殿がやるべきことはもう無い。後は我々に任せて一足先に帰ってもらって構わない」


 頭を上げた千華は凛冽な表情をわずかに緩めながら、そうしろとばかりに目で訴え、断固とした口調で言い切った。


「……お気遣い感謝いたします。申し訳ありませんが、お言葉に甘えさせていただきます」


 結子はいらぬ選択肢が思い浮かぶ前に、その言葉を額面通りに受け取ることにし、静かに、深く頭を下げた。


「ああ、十分に気を休めてくれ」


「お気になさらず。ご自愛ください」


「お疲れ様でありますっ!」


千華が、紫崎が、青瀬が、そして側近一同も、彼女を快く送り出した。


 顔を上げた結子は、会議場を出る手前で振り返り、もう一度短く頭を下げた。

それから、秘書であり側近でもある田所とはじめを伴い、部屋を出ていった。



――会議場に残った者は誰一人として、今回の結子の活躍を当然とは思っていなかった。


それは、もはや才能ではとても片付けられない。


彼女の結界魔法は、異能の域に達している。


 上補十二家の武を担う「紫崎」「青瀬」両家の当主でさえも、結子を――白川家の血統としてではなく、一人の個として、真に同格と認めていた。

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