第22話:魔法省襲撃Ⅴ
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会議場にせり出した非常エレベーターへ乗り込んだ政府側の者たちは、退避マニュアルに従い屋内駐車場でエアカーに搭乗すると、車両用エレベーターで屋上へと向かった。
隊列を整えたエアカーの団体が間もなく空へ飛び立ち、退避を開始するというその時。
護衛にあたるべく、屋上付近へと集結していた計一二〇名の航空中隊員たちは、尋常ではない轟音と、肌を焼かれたと錯覚するほどの魔力の圧力を感じ、反射的に空を仰いだ。
視界に捉えたのは、一直線に降り注ぐ青白い光。
「障壁展開ッ! 」
隊長が気付けを含めて張り上げた号令に従い、全隊員が即刻、耐魔力・耐物理障壁を一斉に構築。猛然と迫る光の物体を少しでも減速させるべく、その軌道上へと百層を超える積層障壁を編み上げた。
彼らが全力をもって作り上げた障壁群はしかし、薄氷を叩き割るがごとく無造作に、瞬く間に突破されていく。最後の一枚が砕け散った時点でも、速度をほんの僅かに奪うことしか許されない。
最後の砦である、結子によって上空百メートルに展開された結界も、分厚い三層目だけが僅かな抵抗を見せた後、無惨にも穿たれた。
屋上に居る者たちの眼がついに、先端の青白い炎、そしてミサイルの全貌を鮮明に捉えたその時――。
魔力を捉えられない非魔法師の目にも形状が靄ついて映るほどに、膨大な魔力量を持った、強大かつ分厚い一枚板の障壁がそれを受け止めた。
着弾した刹那、進行を妨げる壁を食い破らんとミサイル後部の第二ブースターが点火。そこへ続けて、それぞれ少しずつ大きさの異なる幾何学模様が現れる――加重・加速魔法を示す追加エフェクトが同時に二つ、さらに追い打つように一回だ。
推進剤すべてを吐き出さんと火を吹くブースターに呼応するように、弾頭先端の白炎もここぞとばかりに燃勢の唸りを上げる。
『ギュリギュリ』と、超質量の金属同士を強引に擦り合わせたような、耳をつんざく不協和音。
数十秒にもわたる、命を懸けた拮抗の響き。
次第に摩擦音が減衰し、魔力、燃料ともに全て使い果たしたミサイル弾はついに完全静止。先端に纏わる青白い火球も霧散した。
だが、時を同じくして、結子の障壁も限界を迎え、砕け散った。
純粋なる重力に手繰り寄せられ、それは再び「ゼロ」からふわりと落下を始める。
だが、それこそが真の絶望への入り口なのだ。
非魔法師を仕留めるには十分な、内部に搭載された火薬による純物理爆発。さらに、軍属の魔法師であっても間近で食らうとなれば自らの身を守るので手一杯となる、詰みの一手。『フレアバースト』すらも残している――。
屋上の空間まで、あと数十センチ。
弾頭に仕掛けられた魔法の完全消失をトリガーに、起爆装置が無慈悲に最期の時を告げる――
◇ ◇ ◇
ミサイルが視界を埋める屋上の一同が見上げる視界の端に、コントレイルが走り抜ける。――黒紫色の軍服の偉丈夫がビルの上空五〇メートルの位置で、全ての物理法則を嘲笑うかのように一瞬で完全静止した。
「なかなかにやってくれましたが、万事休すと言ったところでしょうねぇ」
結子の障壁に阻まれ速度の全てを失ったミサイル。力なく落下を再開したそれを、紫崎 翔士は悠々と見下ろす。一刻を争う局面においても、彼は傲岸不遜な態度を崩すことはなく、嘲笑の色を浮かべ吐き捨てた。
彼は、眼下の事態を引き起こした張本人を捕縛、護送までを確認した直後、空の異変をいち早く察知し、この場へと翔けつける僅かな間に術式構築を済ませていた。
万全を喫した耐魔力・耐物理、そして、術式の許容限界まで魔力を追加で注ぎ込むことで魔法現象の構成強度を高める、効率度外視のオプション要素。情報強化までを盛り込んだ、完全な複合結界。
紫崎は静止と同時に、左手首に着けた太いバングルタイプのMCDに右手の指で短く二度触れる。即座に、指定座標へと規律の取れた幾何学模様が現れ、完全制御された結界がミサイルを囲う形で展開。
次の瞬間、隔離空間の内部で膨れ上がった炸薬爆発、そしてほとんど《《タイムラグなく発動した》》フレアバースト。二つの暴威を、音を漏らすこともなく完璧に封殺してみせた。
――国防空軍の頂点、航空総師長。その座に就く彼にとって、たかが二級魔法程度を“完璧に処理”することなど、造作もない。
正体不明の“高位魔法師”たちによる、魔法省本部庁舎への襲撃。この未曾有の事件は、これをもって完全収束を迎えた。




