第19話:魔法省襲撃Ⅱ
窓の外、結子が構築した結界表層の着弾跡には、陽炎が立ち込めている。そこに色濃く漂う魔力残滓を、紫崎の「魔力視」は鮮明に捉えていた。
「フレアバーストですか。大変古い術式とはいえ、まさか二級魔法を使えるとは、驚きましたねぇ」
現象系統魔法『フレアバースト』。
魔法で生み出した炎球を魔力の外殻で包み込み、射出。着弾地点でその外殻が崩壊するまで空気を強制的に吸い込み、爆発エネルギーを凝縮。臨界に達した瞬間、全エネルギーを解放する、二級攻撃魔法だ。
『魔法はイメージで発動させる』
魔法文明黎明期。機械制御に頼れず、魔法構築を人の感覚に依存せざるを得なかった時代に開発された術式であるため、構成要素は「魔力殻の生成」「炎球の封入」「空気の吸入」の三つと極めてシンプルだ。
だが、《《経験を積んだ者であれば》》、緻密な演算処理を介さずとも発動可能である単純な魔法構造に反し、その破壊力は極めて高い。
最終的な『爆発』現象の具現化までに大きなタイムラグが生じるという欠点はあるものの、発動さえしてしまえば、一点集中で非常に高い突破力を叩きつけることができる。対物・対拠点に対し、奇襲的にこの魔法を行使することは、極めて合理的な選択肢といえる。
「魔力を最小限に絞った上で、通常弾を隠蔽に使ったか。これまでのような下っ端とはわけが違うようだな……。紫崎殿、青瀬殿。動かせる兵力はいかほどか? 」
千華が冷静を崩すことなく、低く、しかし通る声で尋ねた。
「第六航空中隊を屋上と周辺空域に待機させてあります。政府の方々の護衛は彼らに任せましょう」
紫崎がようやく軍人然とした精悍な面持ちで即応すると、青瀬も同様に重い語調で続く。
「海軍側は小隊を一つ提供できます。陸上において我々は歩兵と変わりありませんので、赤崎殿の指揮下に入れてくださって構いません」
紫崎と青瀬それぞれから現在の戦力の情報を受け取った千華は、短く目を閉じ、思考を組み上げる。カッと目を開けた直後、傍らで姿勢を正す陸軍中佐・宮地 大介、海軍中佐・藤 伸哉へと、順に鋭い視線を飛ばした。
「よし。陸軍小隊および海軍小隊は二人一組で散開。まずは当施設周囲の状況把握を最優先」
「アーマースーツを用意できないため、直接の戦闘は避けろ。やむを得ず戦闘になった場合、鎮圧は後回しでいい。全力をもっての排除を優先し、それが困難であれば即時撤退だ」
「――ハッ!」
指示を受けた計六名、陸・海・空の軍人たちは、一糸乱れぬ動作で敬礼すると、部隊へ合流するべく会議場を後にした。
「我々陸軍勢は、私と側近二名で敵の本丸に向かおうと思いますが、お二人はどう動かれますか? 」
軍人たちを見送った千華は、二人に鋭い視線を投げた。
「今回は圧倒的に数が足りませんから、私も出るしかありませんか」
紫崎は面倒そうにぼやくが、瞳には冷徹な軍人としての矜持が宿っていた。
「自分は、赤崎殿の援護を」
対照的に、青瀬は真剣そのものの面持ちで短く、それだけを返した。
「白川殿、ここの防衛はお任せします」
この千華の要求は、単に会議場を守り抜けということでも、黒椿家の名を騙る少年の護衛を頼むということでもない。しばらくの間、足元の床から屋上まで――このビルという巨大な空間そのものの守護を一任するという意図だ。
「……了解しました」
結子は今、初めて直面する「有事」を前に、非現実感と責任感の狭間にいた。
地に足がつかない浮ついた状態ゆえに、その言葉を正しく呑み込み返答するまでに僅かな間を要したが、提示された役割そのものは、彼女にとって「大したことではない」。だからこそ、態度を崩すことなく毅然と応えられていた。
「現在展開中の耐物理と耐魔力、情報強化の複合障壁を三層の結界に再構築し、ビル全体を囲います」
「どの程度持たせられる? 」
千華は、その言葉が示す魔法の規模が規模なだけに、自分たちが鎮圧行動に当てられるタイムリミットがどれほどかを探るべく、一層真剣な面持ちで尋ねた。
「これからどの程度の攻撃があるかによりますが、維持のみであれば十時間程度は全く問題ありません」
結子の口から無造作に放り投げられたその回答。三者は一様に目を見開き、隠しようのない驚愕を露わにした。
「……さすがとしか言いようがないな」
「それはまた……大琥殿の武威を上回ったというのも頷ける規格外ぶりですねぇ」
「じゅ、十時間ですか!? 」
魔力を、高い強度を有する壁として現象化させ続ける障壁魔法や結界魔法は、無数に存在する魔法の中でも群を抜いて「燃費が悪い」。構築、維持、修復――そのすべてのプロセスで多大な魔力を消費するためだ。
結子は淡々と言ってのけたが、耐魔力・耐物理、さらには魔力を追加投入することで魔法の構成強度を底上げする『情報強化』の複合結界を、高さ六〇〇メートルにもなるビル全体を包み込む規模で展開するとなれば、話は別だ。
たとえ現代トップクラスの魔法師であっても、魔力量・出力ともに絶対的に不足し、発動すら叶わない。それはまさに、天才という表現すら生温い、異常な領域であった。
「よし、我々も出撃する。白川殿、ここは任せたぞ」
千華の号令に従い、紫崎、青瀬ら三人は、それぞれ側近を二名ずつ従えると、涼やかすら感じさせる歴戦の猛者たる後ろ姿を見せつけ、颯爽と特別会議場を後にした。




