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第18話:魔法省襲撃



◆◆◆



 特別会議場を隔てる重厚な扉を施錠していた幾層もの結界が、一枚、また一枚と消えていき、最後の一枚が霧散した――その時。



カタカタと、デスク上のAR端末が震えた。ビルが、揺れたのだ。



 無数の制震ダンパーが構造を支え、完全な地震検知によって“物理的に数センチ浮き上がる”浮遊機構まで備えたこの堅牢な要塞が、あろうことか震動している。


続けて届いたのは、爆鳴。それはビル全体に張り巡らされた障壁魔法によって大幅に減衰されてなお、暴威を認識させる音としてドア越しに轟いてきた。


「……まったく誰ですか、こんな街中で爆発弾頭をぶっ放す馬鹿は」


 紫崎は目頭を揉みながら、心底ゲンナリと言わんばかりの口調で吐き捨てた。 


「噂をすれば、か。……これまでとやり口が全く同じだ。魔法省の本拠地に直接銃口を向けるとは、さすがに予想できなかったが」


 千華の言葉は、確信に満ちたものであった。先程議論を交わしていた、魔法犯罪急増の「元凶」。それが今、この場所に牙を剥いてきている。彼女は即座に正体を断定すると、思考を高速で回転させ始めた。


「どこかから漏れたのか、はたまた偶然か。なんにせよこれから暫くは面倒になりそうですねぇ~」


 遠くで警報が鳴り響き、動揺を滲ませる政府関係者たちをよそに、紫崎は他人事のように落ち着き払った声で、そう続けた。


 すると、陸・海・空の軍服を纏った者たちが二人ずつ、足早に駆け込んでくる。


「宮地、報告を」


 千華の横に駆け寄った二人の軍人。その問いを受け取ったのは右側に立つ国防陸軍中佐、宮地 大介だった。千華の鋭い問いに対し、敬礼すら省略して淀みなく応じる。


「魔力探知網が捉えた敵勢力は十。一箇所に固まっています。場所は、約1キロ先にある工業用MAD(Magic Automation Device)の製造工場」


宮地は手元のタブレットに目を落とし、リアルタイムで更新される詳細情報を確認しながらさらに続ける。


「敵は屋上に遮蔽結界を張り巡らせ、そこからソニックランチャー(音速射出機)を用いて誘導弾を当施設のみに撃ち込んでいる模様。現時点では、単一地点からの定点攻撃と見て間違いありません」


 その工場は、重要な産業機器の工場という立地ゆえ、周囲には無数の定点カメラが設置されていた。さらに、政府が設置を義務付けている、『非常時通報システム』によって即座に起動した偵察ドローンが屋上を包囲。そのネットワークが、この精緻な情報をもたらしていた。


「弾頭への魔法付与は? 」


 眉間にシワを寄せた千華の無機質な問いに、宮地は用意しておいた答えで即応する。


「魔法の発動は、現時点では一切確認されておりません。魔力情報を持たない、ただの通常弾頭が、機械的なプロセスのみで二発、同箇所へ着弾しました」



 旧科学時代から存在する銃火器は、現代においても利用され続けている。魔法師同士の戦闘において、銃を「単体」で運用した場合、その脅威度は皆無に等しい。

ゆえに、現代における銃火器の立ち位置は、殺傷性を生み出すための“『初速供給装置』”として再定義されている。


銃から放たれた超音速の弾丸に対し、『加重加速魔法』で質量と速度を底上げし、『摩擦低減魔法』によって空気抵抗を排する。加えて『反応爆発』や『追尾機能』といった魔法現象をオプションとして付与する。


この「物理と魔法のハイブリッド」こそが、現代戦闘における標準戦術スタンダードである。



「いったい何のつもりだ……? 」


 奇襲の定石は初手に最大火力を叩きつけること。それは一般人ですら理解できる常識だ。


にもかかわらず、敵が選んだのは、満足に損傷も与え得ない通常爆発弾頭をそのまま連射するという不可解な行動。意図が視えてこないその振る舞いに、千華は言い表しようのない不気味さを覚えていた。


「周辺に被害が一切出ていないのであれば、一般人の方々による魔法《《師》》への差別的な意思表示、と取ることもできますが……まぁ、違うでしょうねぇ」


 紫崎の投げた言葉に、千華が「差別主義者による抗議活動……。確かにその線もある」と可能性を考慮した――次の瞬間。


 先ほどの微振動とは比較にならない、明確な害意を孕んだ揺れがビルを襲った。


 直後、ビルの管理システムが防御壁の突破を告げる、けたたましいアラート音が会議場を含むすべての空間に響き渡る。 


「防御障壁が二層突破されましたッ!? 」


 会議場の入口から、懇願するような叫びを上げたのは、脂汗に顔を歪ませた背広姿の職員だ。魔法省員らしい普段の傲慢さはどこへやら、大きく肩で息をつき、その表情は鬼気迫る恐怖に染まっている。



 堅牢を極める魔法省庁舎ビルに張り巡らされた、五層にもなる複合障壁。準二級――現代において復権した軍艦の主砲(レールキャノン)クラスの直撃すら防ぐそれが、一気に二枚、抜かれたのだ。


 であれば、次に起こることは明白――。


「結子ちゃん。複合を二層」


 だが、入口の喧騒の奥へと瞳を据えるはじめがそう言い終えるより早く、結子はMCDの操作を完遂させていた。


刹那、ビルの表層全体を隔てる巨大な障壁が顕現する。

――窓の向こうでまばゆい閃光が爆ぜた。



 衝撃も、振動も、ない。



あまりの静寂に、叫んでいた職員が呆然と目を見開く。すると、千華が鋭い声を張り上げた。


 直後、ビルの障壁が全層突破されたことを示す、耳をつんざくような緊急アラートが響き渡った。


「非戦闘員は退避! 」


その号令に応じるように、非常用エレベーターのハッチが、会議場内の壁から突如としてせり出す。総理を筆頭に、政府関係者や職員たちが雪崩を打つように駆け込み、その扉は荒々しく閉ざされた。



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