第15話:国防高官定例会議
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「こちらです」
案内人は、陸軍所属を表す“黒紅の軍服”を纏った女性軍人であった。彼女の溌溂とした歩調に従い、富豪の別荘かと思わせるほど華麗に装飾された廊下を抜け、辿り着いたその先――。
開かれた二枚扉の向こうには、豪華絢爛に設えられた特別会議場が広がっていた。
中央に整然と並ぶテーブルと革張りのチェアがなければ、上流階級の主催するパーティホールと見紛うだろう。そこは、権力を誇示するためだけに用意された“演出”に満たされていた。
結子が足を踏み入れた瞬間、突き刺すような値踏みの視線が飛ぶ。しかし、その空気は一瞬にして変質した。刺すような毒気は鳴りを潜め、代わりに純粋な困惑がその場を塗り替えていく。
彼らの視線は新総帥たる結子を通り過ぎ、その背後――場を弁える気など毛頭ないかのように、無遠慮に歩を進める少年へと集まった。
空間に満ちた、純然たる困惑。
それを代弁するかのように、立派な四つ星の階級章を飾った黒紫の軍服を纏う偉丈夫――国防空軍 航空総師長「紫崎 翔士」が、どこか気障に、芝居がかった所作で歩み寄っていく。
すると彼は、場違いな少年を連れ込んだ元凶である結子へ、その内心を隠す様子もなく語りかけた。
「これはこれは、独立防衛軍の新総帥殿ではありませんか。して、そちらは……いかなるお方で?」
依然としてパーカーにジョガーパンツというラフな格好の一を下目に見下ろし、「この場にふさわしくない異分子が紛れ込んでいる」とでも言わんばかりの嘲笑を向ける。
「紫崎殿、お久しぶりです。彼は当家でお預かりしている、やんごとなき一族の御子息です」
結子は答礼を返すや、毅然とした態度で淡々と応じた。
「……ふむ。我々以上に身分の高い存在はいないはずですが、はて? いったいどこのご出身で――」
「黒の系譜、とだけ聞かされています」
食い気味に被せられた『黒』という一言。
その言葉が放たれた瞬間、会議室には鈍重な沈黙が降りた。面々の顔に浮かんでいた困惑は、一瞬にして焦燥や畏怖の色へと塗り替えられる。
“黒”。それは上補十二家の一柱「黒椿家」を意味する。
彼らは魔法文明の黎明期、世界で初めて『魔法を定式化』した一族。
魔力そのものの構造情報を視覚できる稀有な特異能力を用い、魔力という概念が魔法現象へと転じるメカニズムを解き明かすことで、魔法社会を根底から支えるほぼ全ての魔法式の開発土台となる『定型式』を創り出した。
魔法の利便性に革命を齎した制御デバイス「MAD(Magic Automation Device)」と、「MCD(Magic Cast Device)」。それらの根幹理論の確立も、彼らを象徴する功績である。
現代においても、あらゆる魔法式の開発・改良を司るのは彼らに他ならない。
黒の系譜とはまさに、魔法社会の根幹と発展を握る――“裏方の王”の一族を指すのである。
「……これは失礼いたしました。過ぎたる無礼をお詫びいたします」
紫崎は即座に先ほどまでの尊大な態度を霧散させると、その少年へと、深く頭を垂れた。それに呼応するように、会場を埋める高官の面々も、潮が引いたように一斉に同様の姿勢を取る。
「うむうむ。よきにはからえ! 」
黒椿家の出身という真っ赤な嘘を隠れ蓑に、すっかり殿様気分の一が、紫崎の肩をぽんぽんと愉快に労う。
「(これが本当の意味でまかり通せてしまうのは、流石に性質が悪くないか)」
その様子を横目に結子は内心、溜息をつく。
“あろうことか上補家の名を騙る”。
日本魔法師の祖である宮上 一でなければ、間違いなく、ただでは済まされない行為だ。
口裏を合わせるこちらの身にもなってほしいものだが、そうでもしなければ、この場の面々にとっては『誰とも知れない子供』でしかない一が、高官が集うこの会議に参列することなど到底不可能だ。
しかし、彼が騙った黒椿家という存在が重石として機能するおかげで、この会議の進行は間違いなく楽になる。
「(そもそも、これは彼から言い始めたことだ)」
結子はそう自身を納得させ、この茶番劇が終わるまで、ただ静観を決め込むことにした。
「表をあげよ~」
あまりに不遜でお子様そのものな態度による労いを受け、会場内の全員が姿勢を戻した直後。
「すまない、遅れたか? 」
澱んだ空気を吹き飛ばすように、威風堂々とした声が響く。黒紅の軍服を凛々しく着こなした陸軍中将「赤崎 千華」が、晴れ晴れとした活力を全身に漲らせ、颯爽と入室してきた。
「千華さん、ご無沙汰しております。大丈夫です、まだ定刻にはなっていません」
結子が、軍人としての礼節を示しながらも、柔らかな声で応じる。
「そうか。それより……なんだ、これは?」
千華が視線を投げた先には、依然として表情を強張らせる高官の面々、特に顕著なのは政府側の取り巻きだ。普段であれば、特権階級に溺れ精神の傲慢さを周囲に撒き散らす彼らが、揃いも揃って蛇に睨まれた蛙のように息を潜めている。その背景を知らぬ千華は、結子へと率直に尋ねた。
「えっとですね……」
結子は千華の耳元へ寄せ、ことの顛末を短く伝えた。
「……どうりで、なるほど。合点がいった」
一本来の立場からすれば、たとえ黒椿家であっても「随分と生ぬるい笠を着たものだ」というのが、千華の抱いた率直な感想だった。
だが、黒の威を借る者がこの場にいるというのは、この高慢ちきな連中を健全に機能させるにはこれ以上ない一手だ。魔法組織の頂点に座る彼らが、黒の一族の前で我欲の滴る醜態を晒せばどうなるか。その破滅的な未来が頭をよぎるだけで、彼らへの十分な抑止力となる。
そう結論づけた千華は、畏怖と恐怖を顔面に貼り付けた者らの間を悠然と通り抜ける。
デスク上のARディスプレイに『国防陸軍』と表示された席へ座る直前。
いつの間にやら議事長席の隣に腰を落ち着けていた一に対し、千華はこれ見よがしな所作で、慇懃な一礼を捧げてみせた。




