第14話:昏い門出
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黒塗りのエアカーの後席ドアが音もなく開くと、外の光が容赦なく車内へと差し込んだ。
一は、眠っている結子を起こさぬよう、静かな動作でそっと車内へ乗り込もうとするも――
「あちゃ、起こしちゃったか。ごめんね」
結子は閉じた瞼越しに光を感じ、それを手のひらで遮りながら、寝ぼけ眼をしばたたかせ、小さなあくびを噛み殺した。
「ぃえ。……仮眠のつもりでしたので大丈夫です」
「結子様、もしお加減が優れないようでしたら、今から欠席の連絡をお入れしますが……」
一が乗り込んだばかりのドアを開いたまま、秘書である田所が心配げな表情で、結子の顔を覗く。
「少し眠れたし大丈夫よ。行きましょう」
「……畏まりました」
田所はとても納得した様子ではなかったが、主の命令は絶対。なおも疲労が色濃く残る結子の様子を気遣いながらも身を引き、ドアノブセンサーをなぞる。音を立てず、ドアは吸い込まれるように閉じた。
「大丈夫かい? 」
「――はい」
結子は、母がそうなるよう仕組んだという確信を拠り所にすることで、成果を掠め取ったことへの罪悪感には、なんとか折り合いをつけようとしていた。
しかし、それを自身の功績として受け取ってしまった今、『総帥』という立場は数時間前とは比較にならないほどに重量を増し、容赦なく彼女にのしかかっている。
「(これからどう立ち振る舞えばいいのか、どんな顔を作ればいいのか……)」
溢れ出す昏い自問と、計り知れない重圧。彼女は今にも、その重さに押しつぶされそうになっていた。
「……」
とても大丈夫には見えない、苦悶が支配する面持ち。だが、一は、その容貌をただ見つめるしかない。ある種仕方のないこととはいえ、その元凶の一端を担っているという自覚が、彼からかける言葉を奪ってしまっているのだ。
独立防衛軍総帥。その立場に在る以上、こればかりは彼女自身が咀嚼し、呑み込まなければならない。
一は心苦しいながらも、そう自身に言い聞かせ、沈黙を貫き通すことにした。
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――京都府 魔法省本庁舎
西暦二四〇六年現在、電信柱や光通信ケーブルなどの生活インフラはすべて地中へと埋設され、地上には建物だけが整然と並び立つ。
木造住宅は今や、超富裕層向けの贅沢品としてしか存在しておらず、鉄骨鉄筋コンクリート造りの建物で埋め尽くされた、『効率と利便性、安全性を突き詰めた街並み』――それが、日本市街地の一般的な風景である。
そんな現代の様式の中にあって、京都というこの場所には、旧科学時代からさらに悠久を遡る、古都の街並みが未だそのまま残されている。石畳が続く古い路地、木造の平屋や日本家屋が立ち並ぶ、千年以上の歴史ある雅な風景。
それを睥睨するかのように鎮座する、圧倒的威容。
高さ六〇〇メートル。総ガラス張りでありながら、差し込む光を一切反射せず、奥底へ吸い込んでいくような闇色の外壁。目を凝らせば、ビル全面に張り巡らされた幾何学模様が、現代魔法の紋章としてゆっくりと、しかし厳かに脈動を繰り返していた。
現代社会の理を司る機関――魔法省の中枢がそこに、聳え立っている。
◇ ◇ ◇
結子たちを乗せたエアカーは一階玄関、ではなく、屋上へと向かう。そこには巨大なコンテナのような、無骨な格納庫が三つ。そのうちの二つが天面を開口し、来客を待ち構えるように鎮座していた。
淀みない挙動で着陸し、頭上のハッチが重々しい稼働音を伴い閉ざされる。視界から陽光が消え、車内には暖色系の間接照明だけが灯る閉鎖空間へと変わった。一拍の静寂の後、浮遊感が訪れ、低い駆動音とともにエアカーはゆっくりと下層へ降りてゆく。
ほどなくして浮遊感が消え、僅かな沈み込みを感じると、正面の重厚なドアが音を立てず左右に開かれた。
その先は、無機質なコンクリートの灰色と人工灯だけが支配する屋内駐車場。整然と駐車している同型の要人専用車両たちを横目に通り抜け、エアカーはエレベーターホール前で静かに停車した。
ビル内部へと繋がる玄関口。単なる移動手段への通過点でしかないはずの場所は、しかし、外の無機質さとは対照的に、目を奪うほどの豪奢な装いに仕立てられていた。
入口の左右に設置されたチェックイン端末。それらを挟むように立つ二人の衛兵は、それぞれ群青と黒紫を基調とした、組織の異なる軍服を纏っていた。
「お疲れ様であります」「ようこそおいでくださいました」
しんと静まり返った玄関前に、結子が堂々とした足取りで降り立つ。二人の衛兵が、型どおりの敬礼でもって出迎えた。
「キーの認証をお願いいたします」
右側、黒紫色の軍服の男がそう促すと、半歩後ろに控えていた田所が、漆黒の四角柱型スティックを差し出した。
結子はそれを振り返ることなく受け取ると、右側に設置された認証用コンソールのスロットへ、迷いなくその先端を差し込む。端末がキーを飲み込み、しばしの沈黙。
やがて、空中にARディスプレイが投影され「ACCEPT」の文字が躍った。
「どうぞ、お入りください」
直後、フレームレスのガラスドアが気密を解く音を立て、ひとりでに開く。二人の衛兵が恭しい所作で道を開ける中、結子は軍人然とした鉄仮面を貼り付けたまま、短く、「ご苦労さま」と告げた。
田所と一の二人もその背に追従し、闇色のビル内部へと消えていった。




