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第13話:雨上がり、雷打つ



「……承知した」


 千華は呆然と少年の瞳を見つめ、小さな返事を絞り出した。

「これまで何故気付いてやれなかったのか」――そんな自責と、悲痛な胸の内が滲み、その表情を痛々しく歪ませる。


 “《《有事の際》》”に表れる、弟の行き過ぎた狂行。国内における出動の数々もそうであったが、むしろ、海外派遣の際により一層色濃く表れていたその異常な立ち振る舞いを、彼女は大人になりきれていない、もしくは有り余る力のはけ口にした「わがまま」として安易に決めつけ、遠ざけてきた。


だが今、目の前の少年の言葉は、彼女が目を背けてきた大琥の本質を、いやでも理解できるまで噛み砕いた上で、容赦なく突き付けていたのだ。



「理解と共感の部分は僕が受け止めてあげられる。だから――精神的な繋がりを家族である君たちが拒絶して、大琥くんを独りにするのは、絶対にいけないよ」


 はじめはことさら強い眼差しで、千華の瞳の奥底を射抜くように見つめた。



「……貴方は、いったい何者だ? 」


 その言葉は、細められた鋭い眼差しとともに、正体を暴かんとする意思を込めて投げられたもの。


『赤崎家の血統因子に関わる事情』


それは秘中の秘として、直系筋の中でもごく一部にしか明かされていないはずだ。それを、この少年はまるで全てを熟知しているかのような口ぶりで語った。


 先ほどの一件で多大な恩があるのは紛れもない事実であり、その言葉の一言ひとことに納得させられたのもまた事実だ。だがそれ以上に、目の前の少年に対して理性が警鐘を鳴らしている。


 弟を救ってくれた恩人としての敬意と、正体不明の存在に対する警戒。

その狭間で揺れる彼女の心が、無意識のうちに追及とも疑問ともつかない、ちぐはぐな響きをこぼさせていた。


「ん? あ~そうか。そういえばまだ言っていなかったね」


 その言葉の意図が見えなかったのか、はじめは一瞬呆けた表情を浮かべる。「どこへやったっけ?」などと独り言を呟きながら、ポケットを弄り(まさぐり)、やがて、ぞんざいな所作で取り出されたのは――一見いっけんしただけでは、ただの布切れ。


「一応ね、こういう者だよ」


一が表に向けた、その布に記されていたのは――


 黒地に金の縁取り。そして、中央に傲然と輝く『“朱赤の五つ星”』。


「――――――ッ!? 」


 青天の霹靂。


 千華は、疑念に対するすべての答えを意味するその証を確認し、驚愕に目を見開く。直後、そのスラリと伸びた肢体は反射的に背筋を正し、骨身に染み付いた完璧な動作で、最敬礼を取った。


「も、申し訳ありません! とんだご無礼をッ! 」


「いいよいいよ、そんなの気にしないで」


 一は屈託のない笑みを浮かべ気さくに言うと、それを無造作にポケットへ突っ込んだ。だが直後、表情を正し、これだけは譲れないとばかりに重く真面目なトーンで、拒否権のない「命令」のごとく静かに告げる。


「それよりも、これは秘密に頼むよ。色々と立場を隠してやるべきことがあるからさ」


「ハッ! 承知いたしました」


 千華は勢いよく頭を上げた。即座に敬礼を取ったその姿には、先ほどまでの疑念や動揺は微塵も窺えない。目の前の存在が『誰』であるかを認識した今、彼女にとってはじめは、上補家という自身の家系と軍籍、その双方における絶対者であると同時に、個人としては弟を窮地から救い上げてくれた大恩ある師として、その胸に深く刻まれたのだ。


 所作こそ型通りの軍礼をなぞっている。だが、その礼には、言葉だけでは伝えきれないほどの深い感謝と敬意が込められていた。




「(本当に、立場というものは厄介だねぇ)」


“ただの布切れ一つ”だ。


 たったそれだけで、陸軍組織の序列二位に身を置く彼女をここまで縛り、支配してしまう。


 図らずも「権力を振りかざしてしまった」という事実を前に、一はなんともいたたまれない心地であった。しかしながら、そんな胸中はおくびにも出さず、話を戻すべく、スッと背筋を伸ばした。


「最後に――」


「お姉ちゃ~ん! お兄が身体を起こそうとするの!寝てなきゃダメだって言ってやって! 」


 念押しとばかりに一が言葉を紡ごうとした、その時。千華が放つ冷徹な佇まいとは対照的に、愛嬌ある顔立ちをした小柄な少女が、エントランスホール二階から身を乗り出し、元気溌剌に声を張り上げた。


「……申し訳ありません。どうやら行かなければならないようです」


 千華は軽く見上げた先で、ブンブンと手招きする妹に短く目をやると、軍人然とした張り詰めるような空気を霧散させた。身内がお恥ずかしいとばかりの気まずさを湛え、軽く頭を下げる。


「ふふっ。僕のおせっかいなんていらなかったみたいだね。ほら、こっちは気にせず早く行っておやり」


 その純真な姿を確認したはじめは、千華の正面にあったその身をそっと横に避け、先を促した。


「とんでもございません。心に沁みる大変ありがたいお言葉でした。では――」


そう告げ、足早に階段を上っていくその背中を、一は、ニコニコと明るく朗らかな微笑みを浮かべ、見送っていた。



◇ ◇ ◇



「さて、と」


 大理石の白、そして窓から差し込む陽光が空間を埋め尽くす、人の気配が無いエントランスホール。


 一は入口玄関の“外側”へと紫の瞳を凝らした。次いで、空中に浮かぶ大きなARディスプレイで時刻を確認する。


「まだ少し時間もあるし、起こすのも悪いか」


 彼は小さくそう呟くと、等間隔に並んだソファの一つにその小さな身を埋めた。脇に置かれた端末類の中から、彼にとっては馴染み深いタブレット型のものを手に取り、その画面を指先で滑らせ始める。


 中空に展開した仮想ウィンドウを眺め、「これはあまり変わっていないね」と、のんびりとした心地でしばしの間、知識の更新を行うことにした。



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