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第12話:狂いの理由



◆ ◆ ◆



 諸々の報告と手続き、そして《《捺印》》。


 本来の目的であった顔見せ挨拶もしっかりと済ませた結子は、殺風景な国防陸軍関西本部の入口前で、しばしの別れを惜しむように挨拶を交わしていた。


「今回は大変お世話をかけてしまった――本当に、ありがとう」


 目元を緩め、安堵の色を浮かべた千華が深々と頭を下げ、本心からの謝意をしみじみと述べた。


「いえいえ、私は大したことは……。それにこちらこそ、先ほどは助けていただきまして、ありがとうございました」


 結子は、穏やかな表情を浮かべつつも首を小さく振った。


――遡ること二時間前。


 訓練場での出来事を《《報告》》した結子は、『独立防衛軍』として陸軍側に提示していた条件を呑ませた。しかし、この訪問の最たる目的である「国防陸軍大将 赤崎大琥」から誓約書にサインをもらうだけ、という段になって、思わぬひと悶着が起きた。


『お兄?! 千華姉ちかねえ、誰がこんなになるまでやったのッ!?』


『望っ! 落ち着け! ちゃんと詳しい事情を話すから、今は大人しくしてくれ!』


『離してッ!あいつ、アイツがやったんでしょ――?!』


 折り悪く、偶然ここを訪れていた大琥の妹、「赤崎 望(あかさき のぞみ)」が、救急治療ポッド内に横たわる弱々しい兄の姿を見るや、その場に居合わせた結子に対して“少々騒いだ”のである。



「あれくらい大したことではないさ。では、後ほど。今回のことについては、また食事の時にでもゆっくりと話そう」


 同じ――身体能力に秀でる――赤崎の血を引いているとはいえ、思春期の妹をなだめる程度のことなど、千華にしてみれば今回結子たちが成し遂げてくれたことに比べれば、取るに足らない些細なことだったのだろう。ゆえに千華は結子の感謝に気さくに返すや、締めくくる挨拶を切り出した。


「はい。落ち着いたら、こちらからお誘いします」


「ああ、ぜひに」


「それでは、また後ほどお会いしましょう」


 互いに抱く安堵感が重なり合い、和やかな空気が殺風景な入口前を満たしていく。そのなかで、二人は自然と柔らかな笑みを浮かべ、確かに心がこもった親しい握手を交わした。



◇ ◇ ◇



 別れを済ませた結子が振り返った数歩先に、秘書の田所が姿勢良くエアカーの後部座席のドアを開き、待っていた。


「結子様、出発まで少し時間があります。車内でお休みになってください」


 表の顔が完全に脱げ落ちた結子からは、誰の目にも明らかなほど色濃い疲労の色が窺える。それを案じた田所は、純粋な心配から彼女を労る言葉をかけていた。


「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ」


「はい。そうなさってください」


 田所にドアを任せ、後部座席に乗り込んだ結子は、天井を仰ぐように身体を預けると、積もり積もった心労を吐き出すように、深くため息を漏らした。


――彼女は残った時間を、ただまぶたを閉じてやり過ごすほかなかった。望んでなどいない虚像を背負うことになった事実を前に、現実逃避に身を流されるかのように。



◆ ◆ ◆



 千華は、結子がエアカーに乗り込んだのを見送ると、静かに背を向けた。重々しい正面玄関をくぐり、考え込むような足取りでエントランスホールに入っていく。


 軽く見上げた先、二階へと続くゆるやかな曲線階段を、なんとも呑気な様子で下りてくる小さな姿を、彼女の鋭い双眸が捉える。少年はその佇まいを崩すことなく階段を下りきると、千華の正面で足を止めた。


「君はえ~っと、千華さんだったね」


 軍事基地であるはずのこの場には到底似つかわしくない、少年の姿をした『ナニカ』。感情の乱高下によって疲労の色が窺える千華とは対照的に、《《ソレ》》は気の抜けるような、のんびりとした口調で話しかけた。


「あぁそうだ。……今回は、感謝する」


 先ほど、独立防衛軍と交わした《《秘匿》》された取り決めのこともあり、後半部分は誰の耳にも届かぬよう、わざわざ身を屈め、はじめにだけ聞こえるよう小声で告げた。


「いいよいいよ、気にしないで。それよりも――」


 一はなんてことはないように返すと、


「大琥くんを独りにしてはいけないよ」


来賓室で視えた“威圧感”は影を潜めている。しかし、あのときと同じ老練な口調で言葉を紡ぐ。姿勢を戻した千華は、全てを見透かしたような一の瞳を、表情険しく見据える。食い入るような視線で、その真意を探るように。


「赤崎家には大琥くんのように、突出した才能を持った存在が時折現れる。でも皮肉なことに、非凡では収まらないその才能はどうしても周りとの間に、感覚のズレを生んでしまう」




――強すぎるが故の孤独だろうか。


『感覚のズレ』。そのひと言で、千華はようやく合点がいった。かつて大琥が零した「強くなっている感覚を得られない」という、その言葉の真意に。


 彼女にしてみれば、到底理解し得ない感覚なのだ。目標、追いかけるべき背中、切磋琢磨できる好敵手ライバル。自分にとっては当たり前に『在る』もの。


 弟の世界には、それらが何一つ存在しない。


 目標を持つことすら許されないのだ。目指すべき高みにはとうに上り詰め、目一杯の全力をぶつけられる相手も存在しない。


 幼少の頃から「高祖父のようになる」と豪語し、ひたすら鍛錬に打ち込み続けてきた。だが、今の自分を量り、進むべき道しるべを示してくれる絶対的な指標《高祖父》さえ、もうこの世には居ない。


根っからの狂信家、あるいは求道者のごとき「武道家」気質の大琥にとって、それは――生きる意味を見いだせない、地獄そのものだったに違いない。



「誰とも自分の感覚を共有できず、共感も得られない。そんな感覚的な孤独は、どれだけ屈強な肉体を持っていたとしても、いとも容易く人を狂わせる。特に、若く、一本気な大琥くんなら尚更だ」


 そこで言葉を区切り、諭すような口調に切り替える。


「彼のことを真の意味で理解はできなくてもいい。だけど、家族の縁を切らず、決して突き放さず。そばにいてあげるんだよ」


“そんな姿を目の当たりにした経験か、あるいは自己体験か”――


一は沈痛な面持ちで、断固として拒否を許さぬ語調で言い聞かせる。



 千華は呼吸を忘れたように呆然と少年の瞳を見つめていた。今まで、大琥の奇行ともとれる行動の理由を、ただの「傲慢さ」や「闘争の渇望」として処理していた自分を恥じるほど、その言葉は深く胸に刺さったのだ。

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