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第11話:背負わされる業



◇ ◇ ◇



 結子は目の前で繰り広げられていた光景を咀嚼するにつれ、いっそう面食らっていった。


 百聞は一見に如かず。“壮大に誇張された”、いくつかの逸話を聞いたことしかない宮上 一(みやかみ はじめ)が大琥を凌駕するビジョンなど、欠片も視えてはいなかったのだ。



 しかし結果は、力なく横たわる赤崎大琥の姿と、飄々とこちらに歩みを寄せる少年。対極をなす二人の姿が示すとおり、実力の差を推し量ることすらできない。あまりにも一方的な幕引き。


 脳裏をよぎる先の戦闘《《風景》》をなんとか飲み下した今、不安と心配が晴れた安堵と、それを遥かに上回る驚愕。正反対の衝撃に大きく情緒を掻き乱され、一体どの言葉を選べば良いのか、理解が及ばない。

 「感謝」か。それとも、“本来であれば”危険な場所に引き込んでしまったことへの「謝罪」なのか? 彼女は小さく口を開いては閉じてを繰り返していた。



「……これは結子ちゃんが成し遂げた功績にするんだよ」


 一は憂いを帯びた視線で、救急治療ポッドが猛スピードでホバー移動特有の――耳につく高音を含んだ――わずかな駆動音を引き連れ部屋を飛び出していくのを見送ると、隣の結子にだけ聞こえるように呟いた。


「へっ? 」


 直後、思考を真っ白に染めるような内容に、結子は耳を疑ったように慌てて振り向き、ひっくり返った声を上げる。そんな彼女を静かに、しかし有無を言わせぬ眼差しで見据え、彼は言葉を続けた。


「君の立場にはどうしても、何人をも凌駕する圧倒的な強さのイメージが求められる」


 白川結子が就いている『独立防衛軍』は、日本の正常を保つための最後の砦である。


 《《それゆえに、孤高にして最強でなければならない。》》


 外敵の侵攻であれ、国防軍の暴走であれ、それらを全て一方的に叩き伏せ、沈黙させる。それを現実に体現できる、威容を誇る心象イメージを抱かせる必要があるのだ。


「すごくきつい言い方に聞こえるだろうけれど、結子ちゃんはその強さを身につけるための資質を持っていない……。おそらく今回の機会を逃すと、《《穏便》》な形では、二度と白川家当主として必要な“仮面”は手に入らない」


「だから、今回の成果を君のものとして持ち帰る必要がある」


「で、でも、千華さんも見ていましたし……」


「それは問題にはならないよ。君がそうだと言わない限り、こんなチンチクリンな子供が倒したなんて、信じられるはずがないからね」


 一は、少しおどけた様子で自分を指さし断言する。


「それでも……嘘は言いたくありません」


 今までとは違い、柔らかく突きつけられた「自分の弱さ」をなんとか受け止めきった様子の結子は、萎れたように俯く。

――しかし、そこから強い拒絶を示すように顔を上げると、弱々しくも、《《言い返してみせた》》。


「はぁ~……。これは内緒だよ? 」


 思いもしなかった力強い言葉にわずかに目を見開いたが、やがて「できれば引き合いに出したくはなかった」と深く溜め息を吐き出す。とてもではないが繕いきれない内心の心苦しさに肩を落としたまま、重い口を開いた。


「おそらくこの案件は、君のお母上である茜さんが仕組んだものだ」


「――えっ?!」


「さすがは前当主といったところだね。さっき僕が言った『イメージ』を君に背負わせるために、何らかの形で手を回したんだろう」


 そこで言葉を切り、申し訳なさげに問う。


「だからもし断ってしまうと、その、叱られると思うよ? 」


「娘をサポートする」――含みある言い回しでそう告げた母である茜の存在まで引き合いに出した、もはや命令に等しいその言葉。しかし、それとは反して、強制の様子は微塵も窺えない。どこまでも柔らかく、迷える子供を諭すかのような口調であった。


「う゛っ、うぅ~」


 結子の脳裏に浮かぶのは、母が時折見せる苛烈といえるほどの厳格さ。


 当主についてまだ一ヶ月。とはいえ、これまで結子の仕事に全く干渉してこなかった母がわざわざ手を回すということは、今回の功績を自分の手柄として持つのが『至極重要』であるということに他ならない。


 もし反故にしたときの、本気の怒りに対する恐怖心はもちろんあるが、なにより、二人の意思が自分のためを思ってのことであることを理解しているからこそ、結子は逃げ場のない葛藤に眉を寄せ、喉の奥で言葉にならない呻き(うめき)を漏らした。


「…………分かりました」


 長い、長い長考ののち、くぐもった答えが絞り出された。


「脅すようでごめんよ。でも、これだけはどうしても必要なことだから」


最後の一押し。静かに言い含めた一の面持ちには、本心から滲み出た、申し訳なさがありありと浮かんでいた。



◇ ◇ ◇



「……彼は、大丈夫でしょうか? 」


「功績を掠め取るなんて、とてもではないが納得できない」しかし、反論の余地がない、逃げ場のない論理を前に、結子はまともに言い返す言葉を持てずにいた。


 そこで、この耐え難い居心地の悪さをなんとか遠ざけようと、彼らが出ていったドアへ逃避するように目を移し、話題を大きく逸らしたのだ。


「かなり高倍率の身体強化術を発動したとはいえ、危険な領域にあったのは最後の踏み込みから拳を振り切るまでのごく短時間だったからね。後遺症は残らないと……思う」


 ここまで余裕を崩したことのないはじめが、初めて見せたその歯切れの悪い口ぶりに、結子は不安げに表情を曇らせる。だが彼は、声色は重たいものの、悲観を一切含まない言葉で、その不安を払拭するように力強く断言する。


「でも、きっと大丈夫さ。なんといっても彼は赤崎家の“天才”だからね」


「それなら、良かったです」


 安堵を表すその言葉とは裏腹に、結子の表情は胸中を反映したように、依然として暗い影に覆われたままであった。


「さてと、そろそろ出ようか。あまり悠長にしていると次の予定に間に合わなくなってしまう」


 一は、凄惨な光景が広がるこの場にいては、気が弱い結子が気持ちを切り替えるのは難しいだろうと判断し、間を置かず、多少強引にでも会話を終わらせた。




――地面に残る亀裂と虚しげな残骸。そして、クレーターの如き破壊跡。


つい先程繰り広げられていた戦闘の激しさに象られた鈍色の空間を、二人は後にした。



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