第10話:終結
◇ ◇ ◇
「大琥ッ!」
『バキャッ』という鈍い音とともに、千華が結子の積層結界を拳で“粉砕し”、蹴り破ると、依然として伏したままの大琥のもとに、突風のごとき疾さで駆けてくる。
「救護を呼んであげて。今すぐ」
深刻な面持ちで大琥を見下ろす一が、慈しむように告げた。
「分かっているッ! 」
ピクリとも動かない大琥の様子を見た千華は慌てた様子を一切隠そうともせず、胸ポケットから乱暴に通信端末を取り出し、怒鳴りつけるように声を張り上げる。
『大至急、地下二階に救護班を寄越せ! 全てを持ってだ! 』
「結子ちゃーん! すぐに救護が来る。結界を解除してあげて」
一は身体を入口へ向けると、口に手を添え声を響かせた。
「わ、分かりました! 」
試験場に響く一の声に反射的に応えた結子は、目の前に広がる光景の異常さに愕然とし、呆気にとられていた。二人の動きの一部始終を目で捉えることはできていたが、大琥と一が繰り広げる異次元の応酬を受け止めきれず、理解が追いつかない。
だが、それでも大琥の状態が『非常にまずい』ということだけは本能的に察していたらしく、すっかり修復し終えた結界を解除する。心ここにあらずといった表情のまま、ドアを全開にして救護班を迎え入れる状態を整えた。
「救護班、ただいま到着しました」
程なくして、黒紅の軍服にメディカルワッペンを付けた屈強な出で立ちの軍医が二人、緊迫の面持ちで駆け込んでくる。続けて即座に、大柄な軍人二人がかりでようやく担ぎ上げた、巨大な救急治療ポッドが運び込まれた。
大琥は現在、常軌を逸した『身体強化魔法《《術》》』の反動により、全身の内外に甚大なダメージを負っている。文字通り一刻を争う、極めて危険な状態だ。
だが救護班の面々は、そんな悲惨な光景を前にしても一瞬の躊躇すら見せない。
駆け寄ると同時に、軍医たちが横たわる大琥へと手のひらをかざす。一人は魔力を生命エネルギーに変換する抽象系統・回復魔法『ライフコンバージョン』で懸命に命を繋ぎ、もう一人は肉体本来の修復機能を超活性化させる現象系統・治癒魔法『アクセルリペア』を行使する。
……二人の魔法医師は、感覚で魔法を発動するマニュアルプロセスでの魔法行使による脳の過負荷に、額に大粒の汗を浮かべ顔色を蒼白に変えていく。しかし、その動作に澱みはなく、熟練の連携で迅速に治療を継続していった――。
◇ ◇ ◇
――身体強化魔法は文字通り、身体能力を向上させる魔法。魔力を体外に放出しないその特性から、『“内燃系統魔法”』に分類されている。
この魔法の有用性は凄まじく、発動時の飛躍的な身体能力向上はもちろん、繰り返し使用することで発動中に強化された身体能力が肉体へ徐々に定着していく性質を持つ。
しかし、一般魔法体系に《《正式》》に取り入れられたのは、つい五十年前と比較的最近のことだ。その理由は、現在の大琥の様子から見て取れる通り、身体能力を向上させる規模あるいは強度の『倍率設定』を誤れば、“大怪我では済まない”という一点に尽きる。
魔力を媒体に現象を具現化させれば完結するプロセスが比較的容易な放出系の魔法とは異なり、身体の内側で完結する『内燃系統魔法』を機械的に制御するには、感覚の再現――最低でも脳の神経指令や電気信号を擬似的に再現しなければならない。
『魔法の発動命令を受けた外部デバイスが、あらかじめプリセットされた出力設定に基づき魔法式を実行。脳の神経伝達信号を演算的に再現し、肉体へと反映させる』
この受動的なプロセスを、実戦で許容できるタイムラグ内で完遂する必要があるのだ。
演算処理が膨大なあまり、実戦仕様規格を前提とした小型デバイスの処理能力では十分な応答速度を確保できなかった。魔法式自体も極めてシンプルな構造ゆえに改良の余地はなく、演算処理の総量を減らすことも不可能であった。
これらの理由から、実用可能なサイズ内に納めた外部機器による自動制御は、長らく技術的障壁として立ちはだかっていたのだ。
それゆえに、長きにわたり身体強化魔法は、出力の調整を魔法師本人の感覚に依存せざるを得ず、たびたびこういった凄惨な事故が起こるという深刻な欠陥を抱えていたのである。
――現在は、身体強化魔法を自動制御するためだけに開発された演算処理特化の外部デバイス『MCD(Magic Cast Device):Type-P』が登場したことで、《《大琥のような規格外を除き》》、その出力設定を厳密に管理することが可能になっている。




