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第8話:衝突



いまだ混乱の余韻が漂う来賓室。重苦しい沈黙の中、赤崎千華は目の前で起きた事態を咀嚼できぬまま、深い思考の海に潜っていた。 


 “独立防衛軍《白川家》に上補家じょうほけ独自の非正規回線を通じて依頼を出す”


 新総帥の顔見せ訪問という、カモフラージュとして理想的な機会だったとはいえ、露呈すれば軍規違反を免れないこの暴挙を首謀したのは、他ならぬ大琥の姉、赤崎千華その人であった。


 敵が現れれば狂気に任せて、一人で暴れまわる――国防陸軍内では、もはや制御不能な大琥を軍事裁判にかけるべきだという声が大半を占めていた。それでも、あの有り様になっても、同じ血を通わせる家族なのだ。


 大琥が更生した場合に得られる国防上の有用性と、《《取り戻しうる面目》》を盾に上層部へ掛け合い、これが最後だと周囲を説得して、ようやく今回の依頼に漕ぎ着けていた。


 これが最後なのだ。あの憐れな弟は、今回の機に変わることができなければ“終わる”。その未来をなんとか回避すべく、無理に無理を重ね、史上最強の結界術使いと名高い「白川 結子」を招聘しょうへいしたのである。



――――それがどうだ。


『やんごとなきお方ですので、丁重に扱うように』

 

 唐突に一方的な連絡を寄越してきた結子の母――前独立防衛軍総帥、白川茜しらかわ あかね。口ぶりからして、おそらく白川家に匹敵する家格に身を置く子供。そんな部外者の放言に、全てをぶち壊されてしまった。


 大琥が怒りを爆発させかけたあの瞬間、実のところ千華もまた沸騰寸前であった。もしもあの瞬間、少年が放った威圧感に静められていなければ、彼女もまた声を荒げていたであろう。


 確かに、一瞬とはいえ覗かせた、他者をひれ伏させるようなあの威容からは、曽祖父が思い浮かぶほどの“ナニか”が視えた。おそらく、相当に『やれる』のだろう。しかし、あの怪物バケモノたる弟の膝をつかせるイメージなど、欠片も視えはしない。



 今から割り込んで相手を替えさせるか? ……不可能だ。一度火がついた大琥を制御することなど、誰にもできはしない。


 すべては後の祭り。白川結子にすがろうにも、あの場所を使える時間の猶予がそれを許さない。


 自身が持つすべてを賭して組み上げた計画を全て壊された怒り。そして何より弟の今後を思えば、脳裏には『絶望』の二文字が容赦なく浮かび上がる。


 だがそれでも、たとえ泥を啜ることになろうとも。事態を、そして弟の命運を繋ぎ止めるべく、千華は混濁する意識の中で、必死に次善の策を絞り出そうとしていた。




◆ ◆ ◆



――――国防陸軍関西本部 地下二階 『試作兵装 実証/実験試験場』



 陸軍将校たちが強引に都合をつけ用意していたその場所は、地下の二階層分すべてを一繋ぎのフロアとしていながら、柱一本存在しない。青白い照明が広々とした部屋全体を塗りつぶしているだけの、ただ広い、空虚な吹き抜けであった。


 国防陸軍 第二魔法研究所――通称、「陸軍第二技研」。陸戦用の兵器開発を担う施設が基地に隣接している関係上、ここではしばしば試作装備の試験が実施される。


その際、何が起きても一切の情報を外に漏らさぬよう、軍基地を囲う隔壁と同様の堅牢な材質が用いられている。さらに、部屋全体の管理システムとして『MCD(Magic Cast Device)』が組み込まれており、魔法技能を持つ者がコントロールコンソールから魔力を込めさえすれば、瞬時に複合結界魔法を起動できる仕組みだ。


 現在、部屋の内部全面に強固な障壁が張り巡らされたその空間は、物理・魔法の両面において鉄壁を誇る。まさに、『秘密裏の話し合い(戦闘)にはお誂え向きの密室』といえた。



 その空間に唯一存在する出入り口。壁に完全に溶け込み、ドアノブ以外に境目のない精巧な二枚扉を抜けて、赤崎千華と白川結子が重たい足取りでその身を部屋へと収めた。


「二人とも、待ってたよ」


「お待たせ、しました」


 この期に及んでなお、純真な陽気さを崩さない少年。その反面、結子は緊張と不安が頂点に達している様子ながらも、なんとか言葉を返してみせた。


しかし千華は、目の前で取られた場違いなほど軽々しい態度が追い打ちとなり、口を開けば何を口走るか分からないほどの状態にあった。ゆえに、苦虫を噛み潰したような表情で、理解不能な『ソレ(少年)』を見据えるのみに留めていた。


「それじゃ、行ってくるよ」


 はじめは、二人の視線を浴びても全く態度を崩すことはない。子供らしい足取りで、しかし当然のように。その小さな背中は、気軽な調子のまま部屋の中央へと歩いていった。



◇ ◇ ◇



 青白い光を薄暗く反射する鈍色の壁に囲まれた、無機質な部屋の中央。紅い巨躯の大琥は仁王立ちのまま、嵐の前の静けさを体現するように、目を閉じ落ち着き払って佇んでいた。


「逃げ出さなかったことだけは褒めてやる」


 歩み寄ってきた少年に対し、大琥はギロリと目を開き、傲岸不遜に言い放った。


「ふふふ。弱い者ほどよく吠えると言うよ? 」


 はじめが入口側に身体を向ける。それに応えるように結子が、スマートフォンのディスプレイ部分を全て物理ボタンに置き換えたフォルムの端末『MCD(Magic Cast Device)』を取り出す。


静音性の高いボタンを慣れた指捌きで数回。間もなく、ドア前を封鎖する形で結子自身と千華をまとめて囲う、「複合積層結界」が展開された。


 結子が事も無げに発動したその魔法の、あまりにも卓越した完成度。圧巻の積層数を前に千華が驚愕に目を見開き、思わず結子を振り返ったその時――戦端は開かれた。



◆ ◆ ◆



 瞬きひとつ。それだけの間に“子供のシルエット”が肉薄。一切の予備動作なき、鋭い脚撃――!


「――ク゛ッ! 」


 すんでのところで両の腕を割り込ませ、地を滑るように勢いを逃がす。それでもなお、腕の痺れを免れない。


 はじめは勢いをそのままに「“空”」を足場にして身を翻し、続けざま脇腹へ蹴りを叩き込む。


 訓練場に響く重厚な衝突音。だが今度は、大琥が咄嗟に身体強化魔法を発動したことで、その一撃を完璧に防ぎ切った。


「へぇ、なかなかの反応だ。でも、まだまだこれからだよ」


 そう呟くと、この程度小手調べだとばかり。間を取る隙すら与えず、目にも留まらぬ連撃の群を浴びせかけていく。




「(身体強化術も無しにこの威力。……このガキ、なにもんだ?)」


 確かな質量を伴う打撃を防御に徹し捌く最中、大琥の思考は乱れていた。


 魔法師であれば、必ず備わっているはずの『魔力視』が、一切の魔力を映さないのだ。無茶な身体改変か、魔法現象の事前定着か。何かしらの仕掛けがあると推測したいところだが、魔力が視えない以上、おそらく目の前の存在は、素の身体能力のみでこれほどの速度と出力を実現している。


 まだまだ余裕とはいえ、脳裏に浮かぶ冷ややかな焦燥感――それと同時に沸き立つ「充足感」と、さらなる「《《欲望》》」を確かに感じながら、闘志を漲らせる。





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