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第01話:プロローグ



――――音を置き去りに“空を翔ける”



昏い(くらい)影色のタイトなアーマースーツで全身を包んだ、三十人編成の魔法師小隊。重厚な大口径ライフルを悠々携えた隊長を先頭に、寸分の狂いもない美しい矢印型の隊列を組みながら、空気を切り裂き直進する。


その目的は、北海道・旧EEZ(排他的経済水域)――現在は日本の領海として保有するその場所へと闖入ちんにゅうした、敵魔法師中隊の殲滅。


たおすべき敵を双方が視界に捉えた次の瞬間、黒の部隊はコントレイル(飛行機雲)を曳き――即座。


「――敵を取り囲むべく“散開行動に移った――っ!” 」


一瞬のうちに生じた円錐状の白い雲(ソニックブーム)の爆音が、戦闘開始の合図を告げる―――




◆ ◆ ◆


 西暦二二八四年・十一月一日 北海道 稚内市。


 北海道北端、宗谷海峡を隔ててわずかな距離にサハリン島を望むこの街は、今や国防軍の関連施設が所狭しと並ぶ要塞と化していた。


魔法が体系として普及してなお、重火器はいまだ現役であり、それらを発射するためのプラットフォームも手厚く配備されている。



“日本は現在、五カ国からなる連合軍による侵攻の只中にいる”



 膨大な兵力が北海道へと集結し、日々、領海・領空の境界線では『魔法師』同士の苛烈な戦闘が繰り返されているのだ。


 侵攻の大義名分は、日本による「魔法技術の独占」の是正と「技術の不当な秘匿」の解消。


『世界の声の代弁』――彼らはそう嘯くが、あくまでそれは表向きの理屈に過ぎない。


 日本が有する、時代を置き去りにするほどの魔法技術と、他国を圧倒する魔法師たちの素質。


 たかが極東の島国ごときに頭を抑えられ、マウントを取られ続けることは、彼らのプライドが許さない。それが連合軍、そしてその裏で蠢く国々の本音に他ならない。



――――基地中に鋭い警報音が鳴り響く。


 緊急発進スクランブルの指令を受け、漆黒のアーマースーツを纏った国防空軍・第一航空魔法師小隊が静かに離陸し、所定の高度に達すると――北の空へと猛然と加速していった。



◆ ◆ ◆


 昏い(くらい)色のアーマースーツで全身を包んだ、三〇人編成の第一航空魔法師小隊。彼らは一糸乱れぬ完璧な隊列を組みながら、音を置き去りに“空を翔ぶ”。


 彼らが纏う黒のスーツは、空軍の中でも選りすぐりの航空魔法師のみに配備された、実戦試験段階にある空中戦闘用装備――正式名称『ウィング01(ゼロワン)』。


最高時速マッハ四での飛行を可能とし、空気抵抗(摩擦)およびG(重力加速度)の大幅な低減。そしてこのスーツを象徴する、高精度姿勢制御バランサーを搭載したアーマースーツ型MCD『Magic Cast Device:type-P』である。


各関節部とバックパック部に魔力コンデンサーを配置し、スーツ自体に組み込まれたパッシブ発動型の魔法式へ絶えず魔力を供給する。これらを完全自動制御システムが最適化することで、機体性能を十全に発揮する。


唯一の懸念があるとすれば、フルスペック発揮時、稼働時間がわずか一時間という点だろうか。



◇ ◇ ◇



 稚内国防軍基地から飛び立ち、わずかな時間。彼らのフルフェイス内に映し出されたレーダーには、戦闘レンジ寸前まで迫る無数の赤点が示されていた。


敵の数は、無人観測機《UAV》の報告通り、中隊規模。


その姿を視界内に捉えた刹那、碧のアーマースーツを纏った敵航空魔法師部隊から一斉に放たれた無数の閃光が、視界を塗りつぶす――っ! 



 フルフェイス内が緋色の警報色(―レッドアラート―)に染まる。同時に全リミッター解除(activate)の通知が視界を埋め尽くした。


その表示を確認した第一小隊の面々は、後方で生じたソニックブームの爆音を合図に、淀みない機動で速やかに散開。敵弾の幾筋かがスーツを掠めるが、その全ては表面に展開された防御障壁が容易く弾き返す。


 全機が放物線状のコントレイル(飛行機雲)を空に曳く。彼らは二機一組のペアを組み、大きく隊列を拡げながら、敵中隊を包囲する陣形へと移行した。


 碧い色で統一された敵部隊も即座に反応し、応戦すべく隊列を広げるそぶりを見せる。


――――だが、漆黒の機影が一つ、中央を最大速度で突っ切る――――! 。


 瞬きほどの刹那。


 集中砲火を複層障壁で弾きながら、先頭に構えるひときわ重厚な『指揮官機』へと、一気に肉薄。


すれ違いざま。間隙を突くように懐へ飛び込み、その一点へと零距離で――発射の瞬間、銃口の閃光とともに《《幾重の魔法エフェクトを纏った》》――“大口径”を叩き込んだ。


『――ダンッ!!! 』


 最高速度を維持。発射時の反動リコイルによる飛行体勢の乱れは、エアスーツの姿勢制御バランサーが瞬時に補正してみせた。


 後方から遅れて届く、重々しい発射音。彼はその唸り声を背中に感じながら、甲高い風切り音で空を切り裂き、敵部隊の眼下を一瞬で翔け抜ける。


 彼は慣れた手つきでコッキングレバーを引く。排莢口からは、排熱煙を伴い、赤く灼けた三〇ミリの巨大な薬莢が重々しく空へと吐き出された。


 敵の背後を取り、縦にコントレイル(飛行機雲)を描いて急上昇、そのまま反転。――視界の端から大柄な碧の人型が零れ墜ちていくが、それに一瞥もくれることはない。


 敵のシックス・オクロック(六時の方向)、そのさらに上方。遮蔽物など存在しない空中戦において、敵中隊を背後上空から見下すという、終焉を告げるポジションを確保したのだ。


 指揮官を失った動揺か、敵の陣形にはほんの数舜、しかし、明らかな澱みが生まれた。……音速の世界で繰り広げられるこの戦場において、その僅かな躊躇こそが、そのまま彼らの命運を決定づけた。


 第一航空小隊の面々は、敵が立ち直った頃には既に、完璧な間隔で包囲陣形を完成させていた。


 最初に口火を切るのは、先ほどと同じく、空気を震わせる重厚な大口径の咆哮であった。轟音が響くたび、碧の人型が一つ、また一つと淡々と空から叩き落される。


それに続くように、包囲陣に就いた小隊員たちもアサルトライフルの引き金を絞り切った。


――――視界を埋め尽くす弾丸の雨。放たれる全弾に『加重加速魔法』の白光と、『追尾魔法』の青白い光が纏わりつき、逃げ場を失った碧の人型へと慈悲なく吸い込まれていく。


銃弾の先で、敵兵たちは死に物狂いで逃げ出すように飛び、障壁魔法を展開する。しかし、その悉くは紙切れのごとく、なんの抵抗も許されずただ穿たれていく。


 爆音と魔力の光が交錯するこの戦場は、黒の集団にとってもはや、ただ引き金を引くだけの『作業』と化していた……。




『初手でいきなり指揮官が討たれる』。出鼻を完全にくじかれ、招かれた一瞬の機能不全。それはたしかに敗因の一つと言えるだろう。


 しかし、実力差はあまりにも歴然だった。


 完成されたはずの魔法術式、最新鋭のアーマースーツ、戦場に投入しうる最高峰の魔法師を揃えてなお、結末はこれほどまでに一方的となった。……装備、魔法式、魔法師本人の技能――その全てにおいて、彼らと日本の間には、埋めがたい隔たりがあったのだ。



◆ ◆ ◆


『こちら第一航空小隊、島木 梓中佐。敵部隊の沈黙を確認。回収ドローンの派遣を要請する』


 敵の中央を強行突破したのは、左肩部に中佐の階級章が記された黒いエアスーツだった。《《彼女》》は、フルフェイス内のAR(拡張現実)HUDヘッドアップディスプレイを視線で操り、通信ウィンドウを立ち上げる。軍の規則に則り、簡潔に伝達した。


『こちら稚内第一管制塔。了解しました。回収ユニットを即時射出します。作業中も全検知センサーの作動を維持し、周囲への警戒を怠らないでください』


『了解』


 通信ウィンドウが融け消えたHUD。周辺状況をリアルタイムに更新するレーダーの傍ら、隅に表示されたエネルギー残量ウィンドウには、『残り稼働時間:45分/最大稼働時間:120分』の文字が躍る。


それは、フルスペックでの稼働限界まで残り四五分、省出力モードへ移行すれば、最大一二〇分まで稼働可能であることを示している。


『各員、全センサー作動状態で警戒態勢を維持。周辺の索敵を継続する』


 第一航空小隊隊長、島木 梓。彼女は短く、絶対的な命令を下した。



……数十分後。海面を割って、積載効率を追い求めたような箱型の潜水ドローンが一基、その背ビレ(セイル)を覗かせた。船体上部から伸び出たグリーンライトが四度、明滅した。同時に、フルフェイスのディスプレイに『回収作業完了:帰投プロセスへ移行』とのポップアップが躍り出た。


 それからほどなく、再度の通信が繋がる。


『回収ユニット全機の収容を確認。速やかに帰投してください』


『了解。第一航空小隊、これより帰投を開始する』


 陽の光を吸い込むような漆黒の集団は、整然と隊列を組み、白いコントレイル(飛行機雲)を長く曳いて、空の彼方へと消えていった。



――戦闘の残骸ひとつ浮かべない海上。安寧の風景を取り戻してもなお、彼らは眼下に目を向けることは、ついぞ無かった。






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