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最終話

【魔法使いside】


 パーティーに参加をしていなくても、その賑わいは魔法使いの家まで聞こえていた。


 それで魔法使いは、王女が自分の渡した魔法薬を上手く使ったのだと理解したのだった。


 これからどうしようかと、魔法使いはお茶を飲みながら、この数日の間に纏めた荷物を見ていた。そんな時にドアを強くノックする音と共に王女が現れたのだった。


「こんなに夜遅くにどうしたのですか?」


 やはり王女の顔は元の美しい顔に戻っていた。魔法使いはその事に内心で安堵しながらも、ただならぬ様子の王女に声を掛けたのだった。


「こんなの、間違ってるわ!」


「ちょっと待って下さい、まずは家に入って下さい」


 そう言って魔法使いは家の中へ王女を招き入れて、王女に出すためのお茶の準備を始める。


「結局、真実の愛なんてどこにもなかったのよ」


 お茶を飲みながら少し落ち着いた王女は、そうぽつりと言った。


 今の王女は濃い草色のドレスを着ている。以前はクロークに入りきらないほどドレスを持っていたと話していたが、部屋を移ってからの王女はたった二着しかドレスを持っていなかった。このドレスは紺色のドレスと交互に着ていたものだったから、紺色のドレスと同じようにくたびれていた。


「そうですか」


「ねえ、さっきから気になっていたのだけれど、どうしてこの部屋も物がなくなっているの?」


 王女は家に入ってから気付いていたが、魔法使いの家からは物がかなり無くなっていた。あれだけ壁に掛けられていた薬草やハーブは全て取り払われ、棚に置かれていた魔法書も小瓶も無くなっていたのだった。この家にあるのは、部屋の隅に置かれた大きなバッグと、寝台やテーブルといった元々あった古い家具に、ケトルと僅かな食器類だけだった。


「俺はそろそろこの国を出て行こうと思っているのです」


「出て行ってしまうの? それはいつ?」


「早ければ数日以内でしょうか」


 そう魔法使いは言ったが、この部屋の様子では明日にも出て行きそうだった。


「……ねえハミル、出て行く前に一度くらい私の事をマリアーヌって呼んで」


 突然の王女の言葉に、魔法使いは小さく笑った。


「言えるわけがないじゃないですか。ご冗談はやめてください」


「じゃあ、前に私の事を好きだって言ってくれたじゃない。また言って」


「いいえ、もう二度と言いません」


 魔法使いは王女をあしらうように、きっぱりとそう言った。


「えぇっ、どうして?」


「あなたは美しさを取り戻しました。状況が変わってしまったのです。ヒキガエルの姿をしたあなたを愛せたのは俺だけですが、今のあなたならたくさんの人が愛してくれるでしょう。俺はもうあなたには必要のない存在だからです」


「ハミルにとって、……必要、ない?」


「いいえ、あなたにとっての俺が、ですよ」


 その時王女の頭の中で、難しかったパズルが解けたかのように、ひとつの考えが頭の中に浮かんだのだった。


「どうして今なのかわからないけれど、私、気付いてしまったの」


「突然何かに気付いたのですか?」


 王女の言葉の意味をどう解釈していいのか分からない魔法使いは首を傾げる。


「一部の人たちからは悪く言われていたけれど、私は生まれた時からいつも美しいとこの顔を褒められてきたわ。醜くなってからは誰もが私の事を嫌ったの。そして顔が元に戻ったらまた以前のように皆が私の事を褒めてくれるようになったわ。ううん、それまで嫌っていたから前以上に私の事を好きになってくれたわ。でも、ハミルだけは私がどんな姿になってもずっと変わらなかった事に、今になってやっと気が付いたの」


「あー、それは随分時間がかかりましたね」


 王女の言葉に魔法使いは苦笑いを浮かべる。


「私ったら今まで何を見ていたのかしら? あなたが言ったように状況が変わったわ。私もあなたと一緒にこの国を出たいの。お願い、私も連れて行って!」


「えっ!」


 魔法使いは驚いた。そして急な話に心がついていけなかった。


「王女さまは隣国の王子とご結婚をされるのでしょう? 祝いの声はここまで聞こえてきましたよ」


「私はあの方と結婚するなんてひとことも言ってない。周りが勝手に決めて祝福し始めたのよ。ちっとも嬉しくなんてなかったわ。それにあの王子、カエルだった時に私の事をバケモノと言ったのよ。確かに顔はカエルだったけれど、ベールを被っていた時までは求婚しようとしていたくせに、あの顔を見てすぐに態度を変えたのよ」


「でも身分の高い方々の結婚ってそういうものでは?」


「この国を出てしまったら身分なんて関係なくなるわ。私は、あなたを失ったらずっと後悔するって事に今、ここで、ようやく気が付いたの。愛は分からなかったけれど、失くしたくないものなら分かるわ!」


「俺はこの通り身分の無い平民ですから、王女さまが思われている普通の生活もさせてあげられません。この国の中でならともかく、他の国に出て俺と一緒にいてもきっといつか嫌になって後悔しますよ」


「私は一年近くも下級使用人と同じものを食べてきたわ。それだって最近は一日に一食か二食しかもらえなかったのよ。ここで食べられるお菓子が一番の贅沢品だったわ。服だって二着しかないドレスを自分で洗ってみてわかったけれど、ドレスは洗うのも大変だし乾くのも遅いし、洗うと生地がすぐに痛むしで、平民の服が羨ましいってずっと思ってたわ」


 魔法使いはじっと見つめながら王女の言葉を聞いていた。


「……少し考える時間を下さい」


 そう言って魔法使いは椅子に座ったまま腕を組んで瞳を閉じた。


 王女は魔法使いの考えがまとまるのを、お茶を飲みながら待っていた。


 魔法使いは四半刻の間、同じ姿勢のままずっと考えていた。


 そして考えがまとまったのか、魔法使いは立ち上がると「少し出掛けてきます」とだけ言い残して外へ出て行ってしまった。


 しばらくして戻ってきた魔法使いは体中が泥だらけで、手には膨らんだ布の袋を持って戻ってきた。袋に入っている何かは生き物らしく、袋の中でしきりにごそごそと動いているのだった。


 そして魔法使いは布袋を持ったまま、自分と王女に姿くらましの魔法を掛けて城の中へ入った。


 魔法使いは城の中の事は詳しくないので、王女に案内をしてもらう。


 この一年ですっかり下級使用人たちの仕事場の場所を覚えた王女は、魔法使いをリネン室へ案内する。


 リネン室では洗って畳まれている下級使用人用の服が仕舞ってあるので、そこから一枚ほど拝借させてもらい、王女はドレスから下女の制服に着替えた。


 着替え終えた王女がリネン室で待っていたら、泥だらけだった顔や体を洗った魔法使いが戻ってきたので、次の場所へ向かう。


 その後は調理場へ行き、余っているパンをいくつかもらってから、目的の場所である王女が使っていた部屋を目指す。


 夜中だったのと、下級使用人しか使わない場所ばかりだったせいなのか、この辺りは警備の巡回経路には入っていないようで、誰にも行き会わずにリネン室と同じ一階にある、物置小屋隣にある王女の部屋へ着いてしまった。


 王女の部屋の中に入った魔法使いは、この一年王女が過ごしていた部屋の状況があまりにもみすぼらし過ぎて眉を顰める。困窮している平民でもない限り、ここまでひどい部屋には住んでいない。


「一応聞きますが、持って行きたい物はあります?」


「そんなもの何もないわ。だって私、物を持っていないんですもの……あ、でもちょっと待って」


 そう言って王女は、小さな箪笥の引き出しの中に数枚だけ入っていた古い麻の紙と、中身が固まりかけているインク瓶とペンを取り出してテーブルの上に置いて何事かを書いていた。


 その間、魔法使いは王女が使っていた寝台の掛け布を上げて、王女がさっきまで着ていた草色のドレスを寝台の上に広げ、ドレスの中にはずっと手に持っていた袋の中に入っていた物を入れる。そして寝台に向かって眠りの魔法を掛けると、上掛けを元に戻した。


 全ての用事を終えたら、もう空が白み始めていた。


 既に準備してあった大きなバッグを魔法使いは肩に担いで王女と共に外へ出た。


「この家ともお別れですね。行きましょう、マリアーヌ」


「ええ、これからもよろしくねハミル」


 そう言って王女はにっこりと笑った。そんな王女を見て魔法使いは、愛おしい人を見るように目を細めるのだった。


 ここからは魔法使いが先を歩く。二人は裏庭のさらに奥を目指して歩いていく。そうして城壁があるところまで辿り着いた。人がほとんど来ないこの辺りは庭師も手入れをしていないので、雑草が生い茂っている。


 魔法使いは慣れた様子で城壁にぴったり置かれている古くて大きな木箱の前まで来ると、それを横へずらした。


 木箱で隠されるようにしてあったものは、人がひとり通れるくらいの穴だった。城壁に穴が開いている事を知らなかった王女は驚いた表情を浮かべる。


 穴の向こう側に見える景色は森だった、おそらくこの穴は人の目につくことも少なく、これまで見逃され続けてきたのだろう。


 城壁の穴には苔が生えており、年季の入っている穴だということが分かる。魔法使いが裏庭で薬草の採集をしている時に、たまたま見つけたものだった。王宮の中に住んでいた過去の誰かが、時々抜け出すために使っていたのかもしれない。


 魔法使いと王女はその穴を通って城の外へ出た。


 城を出た二人は、お互いの手をしっかりと握っていた。


 森を出た頃にはすっかり日が昇っていて、市場が開かれる時間になっていたので、二人で市場に行って果物を買ってから城から持ち出したパンを一緒に食べる。


 王女は街に出てすぐに、古着屋で服を手に入れて着替えていた。城を出る時に魔法使いが目くらましの魔法をかけたので、今の王女は茶色の髪に黒い目をした、どこにでもいるような平民の少女にしか見えなかった。魔法使いも魔法使いのローブを着ていなければ、これといって印象に残る顔立ちではなかったので、二人が街の中を歩いていても気にする者はいなかった。


 そしてすっかり街が活気づいて人通りも増えた頃にはもう、二人は王都を出るための乗り合い馬車の中にいたのだった。


 一方、城の中では大変な騒ぎになっていた。


 客間で眠っていたはずの王女がどこにも見当たらないのだ。


 慌てた侍女たちが、もしやと思って王女が前の日まで使っていた部屋へ行ってみたが、部屋に王女の姿はなかった。しかしよく見ると寝台に掛けられている薄い上掛けが少し膨らんでいるようだったので、侍女のひとりが上掛けを取ってみた。


 寝台の上には、そこで眠っていたかのような形で王女のドレスがあった。そしてドレスの中では大きなヒキガエルが一匹眠っていたのだった。


「ひいぃっ! 王女さまがカエルにっ!」


 別の侍女はテーブルの上に書き置きがあるのを見つけていた。


 書き置きには『私は真実の愛を得る事がでませんでした』と王女の字で書かれてあった。




 ◆◆◆




 王都を出た魔法使いと王女は、隣国の王子のいる国とは反対側の国を目指して、何度も馬車を乗り継いで国境を目指していた。その間、特に追手がついている様子もなかったので、旅慣れない王女のためにゆっくりと移動をしていった。魔法使いは薬売りのフリをして、手持ちの薬草から作った薬を売りながら旅の資金にしていた。


 そして王都を出てからひと月ほどで、何事もなく国境を越えて小さな街に着く事が出来たのだった。


「すごい! 国の外に出たなんて初めてよ!」


「俺も初めてだ、まずはこの国の王都を目指して日雇いでいいから仕事を探そうかな」


「まあ、魔法を使うお仕事はなさらないの?」


「そちらはしばらく様子を見てかな、飼い殺しにされるのはもう嫌だからね」


「私も仕事を探そうかしら?」


「あー、キミはまず家の事を出来るように頑張ろうか。俺、自分の家で家族と食事をする事にすごく憧れてたんだ」


 冷遇されていても王女は王女として育ったので、幻術で姿を変えても平民としては上品過ぎて所作の美しい彼女を、魔法使いはあまり外へ出したくなかった。


 そんな他愛もないことを話しながら、二人は小さな街の大通りを歩いて今日の宿を探すのだった。手を繋いでいる二人の指にはこの街で手に入れた揃いの指輪がそれぞれの指で光っていた。


 宿に着いてから、魔法使いはまず国にかけていた結界を解いた。


 この結界は十日ごとに張り直す必要があるので、いずれは無くなるものなのだが、自分の中の区切りとして自らの手で結界を解きたかったのだ。


 結界がなくなった事であの国は強い陽の光にさらされる事になるが、日照りが続いていたのは昔からの事だし、魔法使いが結界を張るようになってからは確かに潤ってはいたが、それもここ数年の話なので元に戻るだけだった。


 隣国の王子には、敵対している国から命を狙われる事が多いからと、実は二年前に魔法使いは王子に加護の魔法を掛けていた。


 王に命じられて掛けた魔法ではあったが、国を出て王との縁も切れたので、結界を解いた時に、隣国の王子に掛けた魔法も一緒に解いておく事にした。こちらも時間と共に効果が薄まる魔法なので、そろそろ重ね掛けが必要な時期ではあったが、この際きっぱりと無くしてしまう事にした。


 隣国にも魔法使いはいるので、そちらで掛け直せばいいだけの話だった。ただし、どの程度強力な加護を掛けられるのかは分からないが。


 そして王女の元婚約者の家を始めとしたいくつかの貴族家からは祝福の魔法を掛けて欲しいと願われて魔法を掛けていたのでそれも解いておく。あの魔法は祝福を受けた分だけ、善行を積まないと加護を失った時に手痛いしっぺ返しに遭うという魔法で、その点もちゃんと伝えていたので善行さえ積んでいれば解いても問題は無いはずだった。


 そうやって魔法使いはあの国にいた時に掛けていた魔法を全て解いてしまった。


 魔法を掛ける前に戻っただけの話なので、元通りと言ってしまえばそれまでだが、王女に掛けられた魔法が解けても元の通りとはならなかったように、あの国も魔法を掛ける前に戻るという事は難しいだろう。


 しばらくすると風の噂で、隣国の王子はペットのヒキガエルをとても可愛がっているという話が聞こえてきた。


 王子は一度、目の前で王女の魔法が解ける瞬間に立ち会っているので、あの時の奇跡をもう一度とでも思っているのだろうが、あのヒキガエルは王城の沼にいたただのカエルなのでどれだけ愛を囁いても、たとえカエルに口づけをしたとしても王女になることはない。


 魔法使いと王女はさらに国境を渡ってから落ち着ける場所を見つける事ができた。その国は魔法が使える者を手厚く遇する国だったので、平民であっても通いで使用人を雇える暮らしを送る事ができた。


 結局王女は真実の愛を得る事はできなかった。


 しかし、夫となった魔法使いは王女に永遠の愛を誓ってくれた。自分の気持ちに偽りは無いと彼は誓約魔法まで使おうとしたが、王女がそれを止めた。


 派手な事をするような人ではないが、彼から愛されているのだと王女も今は充分に分かっている。それは彼が以前も今も変わらないから。


 彼の気持ちだけはずっと変わらなかったと、城を出たあの日に王女はようやく気付いたのだった。


 そして今日も魔法使いは愛する妻のためにお茶を淹れるのだった。お茶受けにはマリーと名を変えた妻が焼いた菓子がいつも添えられている。

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― 新着の感想 ―
あらー何だかあったかカップルが愛溢れるスローライフを満喫するお話でしたわ。 姫様も中々に残念仕様でしたけれどちゃんと自分にとって何が大切か、気づいてくれて良かったですわあ。 それにしてもカエルちゃん、…
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