5話
【王女side】
王女の顔がヒキガエルとなってから、国王は国中のあらゆる医者に王女を診せたし、別の魔法使いにも相談をした。しかし誰も王女にかけられた魔法を解けなかった。
やがて一緒にいると食欲がなくなるからと、王女は家族との食事に呼ばれなくなった。そして王女の姿を見ると家族が辛い思いをするからと、王族の私室に割り当てられた区域にあった王女の部屋を、下級使用人たちが使う西塔一階の隅、物置小屋の隣にある薄汚れた小部屋へと移されてしまったのだ。
新しく与えられた部屋は、以前の部屋に備え付けられていたクロークよりも狭かった。
前の部屋は王女の好みを考えられ、かわいらしい柄の壁紙やカーテンが使われており、白い家具に囲まれた清潔で美しい部屋だった。
しかし今度与えられた部屋は部屋全体が埃っぽく、灰色のレンガがむき出しになっている壁に、古くて貧相な寝台と小さなテーブル、同じく小さな箪笥があるだけの部屋だった。しかもこの部屋には椅子が無いので、王女は寝台を椅子代わりにしてテーブルを使うしかなかった。
そしてこれまで王女に付けられていた侍女たちは、別の仕事へと変えられ、王女の世話をする者はいなくなった。使用人の誰かが日に三度、ドアの前に使用人と同じ食事を置くだけだった。
これまで優しかった家族も侍女たちも、今では王女を見ると嫌な表情を浮かべるようになっていた。顔が変わってしまった事で、王女は彼らから本当に愛されてはいなかったと知ってしまったのだった。
ある日王女は父親に呼ばれた。もしかしたら父親の気持ちが変わったのかもしれない。「これまで辛く当たってしまってすまなかった、私たちには気持ちを落ち着ける時間が必要だった」そう言って前のように優しく抱きしめてくれるかもしれない、そんな期待を抱いて王女は父親に会いに行ったのだった。
しかし、呼ばれた部屋に父親はいなかった、代わりに父親の部下と知らない男性ばかりが数十人もずらりと並んでいたのだった。
「それでは王女さま、ベールをお上げ下さい」
以前とは違う父親の部下の冷たい声に、王女はどうしてそう言われたのかが分からずに戸惑ってしまった。
「頭の中までカエルになってしまいましたか? 早くベールを上げて下さい」
再びそう言われた王女は、言われるままにベールを上げて、その場にいる者たちにヒキガエルに変わってしまった顔を見せる。
その場にどよめきが起こる。中には人ではない王女の顔を見て「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げた者さえ何人もいたのだった。
王女の顔を見た男性たちの反応は様々だった。分かりやすく顔を顰める者、手で口を抑える者、口を開けたまま王女の顔を見る者……。
「ではこの中に誰か王女と結婚をしてもいいと思う者はいないか? 王女を娶った者には北部のカレド領を与える、との国王さまのお言葉だぞ」
カレド領といえば北部にある小さな土地だった。寒いだけの何もない土地だったので、領地を治めるのは無理だと数十年ほど前に王家に返された土地だった。
男性たちは領地の話が出た時に少し騒めいたが、この場で手を挙げる者はいなかった。
国王が国中の貴族たちに「王女と結婚する者がいたら、その者には領地を与えよう」というお触れを出した事を王女は知らなかった。
そして領地と王女欲しさに、王女の顔が変わってしまった事をまだ知らない、田舎暮らしの低位貴族の次男や三男たちが集まり、今日が彼らと王女との顔見せの日だった事も。
彼らも王女と同じように、王女の顔が変わってしまった上に、与えられる領地が北部の小さな土地だということを知らされてはいなかった。
そして彼らが自分の領地へ帰ってから王女の事を話した事で、王女の顔がヒキガエルになってしまった事が国中に広まってしまい、王女は「かえる王女」と呼ばれるようになってしまうのだった。
王女の顔が変わってから、王女に優しくする者はいなくなってしまった。もうパーティーに呼ばれるどころか、城の中で王女に話し掛ける者はいなくなってしまった。
【魔法使いside】
国王が国中にお触れを出した事を魔法使いは知っていた。国王は王女の求婚相手の条件を貴族としていた。魔法使いは過去に三度も王女に求婚をしていたが、王女の顔がヒキガエルに変わっても国王が魔法使いに王女との結婚を命じることはなかった。
どんな姿になっても王女は国王の娘なのだ。その娘の嫁ぎ先は平民であってはならない、きっとそう判断をしたのだろう。
魔法使いはそろそろ王女が現れる頃だろうと思ったので、街で手に入れたクッキーを用意して王女を待っていた。
今の王女は自由だった。しかしその自由は人々の頭の中から王女として扱う事が薄れた事で得られた自由だった。
「人ってこんなに変わってしまうものなのね」
出されたお茶とクッキーをつまみながら、ヒキガエルの顔をした王女は大きなため息を吐いた。
これまでの王女はここに来る時でさえ、色あいは地味でも上等な布を使い、びっしりと刺繍を刺された輝くようなドレスをいつも着ていた。今の王女が着ているドレスは、以前とは同じではあっても、一日おきに着ているので、ほつれも目立ち始めており、くたびれている様子がひと目でわかる状態だった。
「人の気持ちは移ろいやすいものですからねえ。ですからまた良い方に変わる事もありますでしょう」
そう言いながら魔法使いは二杯目のお茶を王女のカップへ注ぐ。今日は茶葉の中に乾燥したカモミールを混ぜてみた。
「私は間違っていたって今なら思うわ。顔が変わっても、みんなが私の事を愛してくれるのは当たり前だと思っていたの。今は私の姿を見ると、侍女たちも騎士たちもクスクスと笑うわ。お父さまだではなく、お母さまもお兄さまも私の事はいない者のように扱うの。私が変わったのは顔だけで、中身はあの人たちが愛してくれたマリアーヌのままなのに。だからこの顔になってみて、みんな私の顔だけが好きだったのだとよく分かったの。もう真実の愛を探すどころではなくなってしまったわ」
そして王女はふたたびため息を吐く、口が大きいせいか王女のため息は風のようで、魔法使いの髪を揺らした。
クッキーを食べながら、王女は魔法書が収められている本棚を見た。パッと見てわかるくらい明らかに本の冊数が減っている。
「……あら、前はあんなにあった魔法書はどこにいったの?」
魔法使いの家の本棚には魔法書がたくさん収めされていた。それがいつの間にか三分の一ほどの量になってしまった事に王女は気が付いたのだった。
「少し家の中を整理しようと思って処分したのです、気になさらないでください」
そう言いながら魔法使いは自分のカップのお茶を飲む。
「あんなに大切にしていたのに、捨ててしまう時はあっさりしたものなのね。簡単に捨てられてしまうなんて私みたいだわ」
「捨てたのではなく、欲しいと言っていた人に譲っただけです。私は自分が気に入ったものはずっと大切にする方ですよ」
「そんなの嘘よ、だってハミルはこの間、私の事を簡単に好きって言ったじゃない。こんな顔になった私の事をなぐさめようとしてくれたのでしょうけれど、そういう優しさってかえって傷つくものなのよ」
やはりこの王女は魔法使いのあの時の言葉を信じてはいないようだった。
魔法使いは自分への不信感を否定するために話を始める。
「初めて遠くから王女さまをお見かけした時、その時の私はあなたの事をとても美しい人としか思っていませんでした。絵画や彫刻を見るような感覚です。私があなたの事を好きなったのはあなたが私のことを『ハミル』と初めて名前で呼んでくれた時です」
「たったそれだけ? それだけでハミルは私のことを好きになったの?」
「城に召し抱えられてからは皆が私の事を『魔法使い』と呼ぶようになりましたが、私にはハミルという名前があります。家名があったならそちらで呼ばれたのでしょうが、私は平民で孤児ですから、家名がありません。だから皆が私の事を職名で呼ぶのです。しかしあなたは初めてお会いした時に私の名を聞き、名前で呼んでくれました。私はここに来て初めて名前を呼ばれたのです。それだけで私はあなたの事を好きになってしまった。こう話しても信じてはもらえませんか?」
今度も魔法使いは淡々と自分の思いを話してしまった。やはり魔法使いには事実として自分の気持ちを話す事はできても、芝居がかった熱烈な告白は出来なかった。
「……わからない。だって真実の愛はもっと特別で、そのような普通の会話から生まれるような事はきっとないわ。ハミルは私の事を愛してくれているのかもしれない。でもそれは真実の愛とは違うような気がするの」
魔法使いも大きなため息を吐いた。これまでずっと自分の思いを隠してきたが、いざ打ち明けてそれが伝わらないとなると、こんなにもどかしい気持ちになるとは思わなかったからだった。
「ひと月後、またここに来て下さい。お渡ししたいものがあります」
そう言って魔法使いは王女を城へと帰した。




