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2話

 王女が十六歳になった時、王女に婚約者が出来た。


 王女の婚約者は侯爵家の嫡男で見目麗しく、王女と並ぶと一対の美しい人形のようにとても似合いの二人だった。婚約者はいつも王女を褒め、会う度に花や菓子などのプレゼントを贈って彼女に愛を囁くのだった。


「ねえハミル、婚約者の方なのだけれど侯爵家の嫡男で、それはもう素敵な方なのよ」


 碧色の瞳をきらきらさせながら婚約者の事を語る王女は、すっかり恋をしている娘だった。魔法使いは侯爵家の嫡男と話をした事はなかったが、彼がいつも魔法使いを蔑んだ目で見ることを王女には話さなかった。


「おめでとうございます。きっとこれからお忙しくなりますね。私から魔法を学んでいるという建前でこちらにいらっしゃいますが、婚約者様の事を考えてもうこちらには来ないほうがよろしいでしょう」


 王女には魔力はなかったから魔法を使う事はできないが、後学のためにと理由をつけて魔法使いの元に魔法を学びに時々きていた。魔法を学ぶといっても、ほとんどが雑談や王女の愚痴を聞くばかりだった。しかし魔法使いには明け透けに何でも話してくれる、かわいらしい王女を追い返す事ができなかった。だがそれもこれまで王女に婚約者がいなかったから出来た事だった。


 いくら相手が国一番の魔法使いといっても、五歳しか違わない男女をいつまでも密室に置くほど世間は甘くはない。


「ええそうよね、少し寂しくなるけれど仕方ないわ」


 実は魔法使いは国一番の魔法使いと国王に認められてから、三度も王女への求婚を国王へ願い出ていた。


 最初の求婚は国が日照りで困っていた際に雨を降らせて国を助けた時だった。二度目の求婚は暗殺者に襲われそうになった王妃を助けた時に、そして三度目の求婚は国に強い結界を張った時だった。


 国王はいずれの時も、王女の幸せを考えて名のある者のところへ嫁がせたいと言っていた。魔法使いは国を何度も助けたが、彼は平民の孤児だったので功績はあっても名前、つまり貴族家出身ではなかったので、地位が無かったのだ。


 そして国王は魔法使いにとある男爵家の令嬢との縁談を勧めてきたのだった。




 ◆◆◆




 王女が17歳の誕生日を迎えようとしていた頃、泣きながら王女は魔法使いの家のドアを開けた。


 婚約者が出来て以来、すっかり会う事が無くなってしまったので、王女は式典の時に遠くから見るだけの存在となっていた。


 魔法使いは国王からの縁談を断った。せっかく貴族になれる機会を与えてやったのにと国王は言っていたが、魔法使いが欲しかったのは貴族の地位では無かった。だから魔法使いには婚約者がいなかった。


 そして男爵令嬢との縁談を断ったせいなのか、いつの間にか魔法使いに渡される給金が減らされていたのだった。


 食事は簡単なものを自分で作って食べているし、材料やパンは魔法使いが作った風邪や腹痛に効く薬と引き換えに、城の調理場から余り物を分けてもらっている。薪も薪置き場にあるものを使っていいと料理長から言われいるので、魔法使いは魔法に関わる事以外にお金を使う事はほとんど無かった。魔法使いの給金はたまに手に入れる魔法書や紙やペンといったものに消えていった。なので多少給金を減らされても問題はないのだが、そろそろこの国から出て行こうと思っていた。そんな時に王女はやってきたのだった。


「聞いてよハミル、婚約者がね、ヒック、陰で私の事を『顔と地位だけの性格の悪い女で嫌になるし、王女のわがままに困っている』だなんて、こそこそと陰で言ってたのよ!……ヒック 私の前では私たちは真実の愛で結ばれてるなんて言ってたのにっ! 嘘つき男っ!」


 王女は涙を流しながらも、またもや拳でドンとテーブルを叩くのだった。端材で作ったような古いテーブルなので、これはいつかこの王女に壊されるのではないかと魔法使いは少し心配になるのだった。


「名のある方々は、時と場所に応じて色々な顔をお持ちですからねえ。私にはわかりませんが、政略とはそういうものだと耳にしますし」


「そうよっ、政略だからあんな人でも、私は結婚しないといけないのよっ!」


 そう言って王女は今度は両手で顔を抑えて、再び泣きじゃくるのだった。


 そうしてしばらく経ち、涙も枯れてしまったのか、泣きやんだ王女は顔を上げた。


 顔はまだ真っ赤だったし、泣き腫らした目をしていたので王女はひどい顔をしていたのだが、それでも魔法使いはそんな王女の事をかわいらしいと思っていた。


「決めたわ、ハミル! 私は真実の愛を探す事にするわ」


「真実の愛、ですか……」


「きっとどこかにいらっしゃると思うの。本当に私を愛して下さる方が!」


 熱に浮かされたような様子の王女の瞳は、かつて婚約者が素敵だと語っていた時のようにきらきらと輝いていた。


 侯爵令息に恋をしていた頃と変わらない様子の王女に、魔法使いは釘を刺すことにした。


「王女さま、愛するというものには様々な形があります。王女さまが花を見て美しいと思う、それもきっと愛なのだと私は思います。王女さまが思い描く真実の愛というものがどのような形をしているのかは私には分かりませんが、婚約者さまとも長きを共にすれば、生まれる愛というものはありますでしょうし、婚約者さまの誤解も解けるかもしれません。ですから、くれぐれも早まるような事だけはなさらないでください」


 珍しく説教じみた魔法使いの言葉に、王女は困惑の表情を浮かべる。


「どうしてそんな事を言うの? ハミルは私の味方ではないの?」


「王女様、世の中は敵と味方、白と黒といった単純な事だけでは測り切れないものばかりなのです。あなたがおっしゃる真実の愛も存在するのでしょうが、それは決して永遠のものではない、私はそう思います」


「……わかったわ、婚約者との事はもう少し考えてみるわ」


 そう言って王女は魔法使いの家を出た。


 肩を落とした後ろ姿はとても寂しそうだった。


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