第1章 2025年7月 参院選・開票の夜
7月20日、午後8時。各局の選挙特番が一斉に始まると、赤字のテロップが画面を覆った。
――自公、参院でも過半数割れ確実。
治水会館の自由保守党選挙対策本部に、重苦しい沈黙が広がった。幹事長・御子柴健太郎は椅子に深く沈み、拳を握りしめる。
前年の衆院選ですでに自公は過半数を失い、少数与党政権に転落していた。それでも野党がまとまらず、政権は延命してきた。だが今夜、参院でも過半数を割った。戦後初めて、与党が衆参両院で少数与党となる。政権は、いよいよ崖っぷちだった。
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公正党本部。政調会長・城戸圭介は記者に囲まれ、ぎこちない笑顔を浮かべる。
「国民の声を真摯に受け止め、連立の責任を果たします」
しかし、彼自身も分かっていた。組織票は細り、議席は減り、自由保守党を支える力を失っていた。「自公連立」という屋台骨は、今や自重で軋んでいた。
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その頃、渋谷の貸しホール。未来創生党の開票センターは、ライブ会場さながらの熱狂の渦に包まれていた。代表・鷲尾蓮が壇上に立ち、拳を掲げる。
「国民が声をあげれば、政治はひっくり返せる!」
支持者が一斉にスマホを掲げ、その光は波のように揺れた。動画は瞬時にSNSを駆け巡り、同時視聴は10万を超えた。テレビより速く、広く、強く。勝利の熱気が拡散していく。
その歩みは、決して一夜で築かれたものではなかった。3年前の2022年参院選。比例区で鷲尾ひとりが当選、わずか1議席。前年2024年の衆院選でも2議席にとどまり、国会では泡沫扱いだった。だがSNSの発信力を武器に地道に支持を広げ、今回一気に14議席を獲得。党全体で17議席となり、「第三勢力」と呼ばれる位置へ躍り出たのだ。
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国民協和党本部も歓声に包まれていた。幹事長代理・加納弘志は組合旗を振る支持者に囲まれ、胸の奥で複雑な思いを抱いた。労組票に加え、ショート動画やライブ配信を活用した新人候補が若者層に食い込み、大幅増。
「……時代は変わった。しかし、この奔流を制御できるのか」
その独白は、熱狂にかき消された。
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深夜、議席数が確定する。
- 自由保守党:大幅減
- 公正党:減少
- 立憲協和党:微増
- 国民協和党:大幅増
- 改革保守の会:微増
- 日本革新党:微減
- 社会市民党:横ばい
- 保守新党:初の議席獲得
- 令和世直し隊:微増
- 未来創生党:14議席獲得
- チームきぼう:初の議席獲得
自公は衆参ともに過半数を失い、政権は風前の灯となった。
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午前1時、治水会館の控室。御子柴は机上のメモ帳を前にじっと動かず、やがて赤ペンを走らせた。その文字は誰にも読ませぬよう覆い隠された。
「……1週間だ。1週間以内に、形にする」
声は決意とも恐怖ともつかぬ響きを帯びていた。周囲の者には分からなかった。幹事長が今、心の底から掘り起こしたのは、これまで冗談半分にしか考えたことのない“禁じ手”だったのかもしれない――。