ディティクティブ・ワズ・トゥー・レイト
「まさかこんな事になるなんて…一応相方が男を追いかけてますけど」
「そうですか……」
媚山千賀子の死亡確認の連絡を受けた男はすっかり意気消沈していた。
どれほどまで彼女が苦しんだかはわからない。だがもし武野教太郎のように即死だったとしたら、苦しんだ時間はそれこそ数秒どころか1秒もないかもしれない。文字通りの安楽死である。日野琴美についても、狙撃されてから数十秒の間にずいぶんなダイイングメッセージを吐きながら笑って死んだらしい。
その一緒にいた男が彼女を殺した可能性がない事は、状況的にも明らかだ。
それなのに警察と言う無罪であれば頼れるはずの存在からさえも逃げたと言う時点でその男はそういう男だし、それ自体は別に構わない。
構うのは、公的に彼女がどう扱われるかと言う事だ。
「警察は」
「殺人事件として扱っています、当然ですけど」
「実際に殺人事件だからな」
媚山千賀子が民草にどう思われようとも、警察としては「殺人事件の被害者」でしかない。
殺人事件の被害者、ましてやハッピー・テロリストとか言う名前を名乗る無差別殺人を行う存在の被害者ともなれば警察《国家権力》としては躍起にならない訳に行かない。
ある意味、国家権力のお墨付きを得てしまったのだ。
「でもこれからそういうとこって書き入れ時だよな」
「はい、店主も愚痴をこぼしてましたよ人が来なくなるって」
「営業妨害だよな」
「死人から金が取れますか」
「そうなんだよ」
そして彼女が死んだのは、いわゆる歓楽街。
酒に酔い潰れて倒れて寝るんならまだしも、いきなり殺されて倒れるなど物騒極まる事が起きては皆が二の足を踏む。ただでさえそういう所にはより暗部のそれがうごめきやすい以上、無理矢理にでもクリーンなイメージを作ろうとしているはずだ。それなのに、起きてしまったこんな事件。
本来なら八つ当たりすべきはずのハッピー・テロリストに当たる事などとてもできない以上、無責任極まる話だがこんな所で死んだ奴が悪いとなる。ましてや武野教太郎と日野琴美のせいでハッピー・テロリストの犠牲者のイメージが悪くなっている以上、媚山千賀子は絶好の標的である。
しかし、死人に口なしである以上に死人に責任はない。
自殺だとか言うならばまだなくもないが、どう見ても他殺。ハッピー・テロリストと接触した形跡も現状ではなさそうであり、それこそこんな所で死ぬつもりでなかった事だけは間違いないだろう。過失業務妨害罪とか言う罪は存在せず、ましてや被疑者死亡である以上誰に責任を問う事も出来ない。
—————そう、少なくとも媚山千賀子にはもう責任の問いようがないのだ。
「誠に申し訳ありませんとしか……」
「いいんです。私もこんな事になるなんて予想外でした」
「予想できますかこんな事」
「全くです。誠意をもった謝罪どころか上っ面のごめんなさいすら聞けないんですから…………」
「媚山さんには何とお詫びを申し上げて良いものか……」
そしてそれは歓楽街の人間だけではない。
この媚山純太郎もだ。
「もっと証拠が必要だと思ったのです」
「私だって思いましたよ。それこそあの調子ではごねると思い、そのために証拠固めをそちらに頼んだのですが」
「それで報酬なんですが…」
「それは予定通り」
「いえ、こちらの遅滞がこの結果を生んだかもしれない以上後日改めてと言う事で……」
媚山純太郎と言う、仕事一筋の真面目な年収五百五十万円の三十六歳のサラリーマン。
普段は虫も殺さないような顔をしている人畜無害の典型例のような存在が、媚山千賀子の亡くなる十分前までは人を殺せそうな顔をしていた事など、本人以外で知っているのは電話の先の相手だけだった。
それこそ、結婚式のひと月後から五年の間ずっと浮気に溺れていた千賀子を成敗せんとしていた—————。