ザ・ゲスト
「本日17時47分、我々は媚山千賀子を殺害しました。
全ては媚山千賀子の幸福のためであり、ひいてはこの国、否この世界に住まう全ての人類のためにです。我々はこれよりもまた、皆様の幸福と正義のために動き続けます。
ハッピー・テロリスト」
犯行声明から十分の時を経て駆け付けた救急隊員により、媚山千賀子・三十五歳の死亡が確認された。
六月と言う事もありまだ夕方と言えなくもないこの時間、本来ならば人が少ないはずなのにその場は騒然としていた。
「ったく、冗談じゃないよ!これでしばらくこの辺りには人が近付きそうになくなるじゃないか、ったくこの女何をしてくれたのかね!本当損害賠償を請求したいよ、ああお巡りさん、ハッピー・テロリストにもね!」
そうグチをこぼす中年女性はやけに派手派手しい服を身にまとい、化粧も年齢以上に濃く見える。
そこがどういう店で媚山千賀子と言う人間が入ろうとしているホテルがどういう類のそれであるか説明するには、十分すぎるほどのモデルだった。
「そう言えば一緒に男性の方がいたはずなんですが」
「行方は」
「わかりません、もしかして彼が」
「どうやって撃つんですか、梅雨の走りみたいな雲の中からいきなり雷かと思ったら赤い光が飛んで来て!何がハッピー・テロリストだか、ハッピーじゃないわよハッピーじゃ!」
やはり、赤い光。
その赤い光で後頭部を撃ち抜かれ即死。
そして、その手口が犯人がハッピー・テロリストである事を雄弁に証明し、そしてそれをたった三件目の犯行にして既に認識されている事。
それだけでも、ハッピー・テロリストは成功していると言えた。
「とりあえず、その同行していた男性の行方を追ってみましょうか」
「特徴は」
「真っ黒なスーツを着た中肉中背で、大きなアタッシュケースを持ってました。メガネはしてなかったはずです」
「協力感謝いたします」
一応警察は重要参考人になりそうな人間を追ってみるが、ハッピー・テロリストにたどり着けるとは誰も思っていない。少なくともこの場にいた多くの野次馬たちはそう思っていた。
「しかしさ、三十五だって」
「あら、こんな派手派手しい着飾り方しちゃって、むしろ年相応って言うか逆に痛々しいぐらいの若作りで、と言うか逆に老けて見えるわよ」
第三者の意見は、全く容赦がない。
たった今死んだばかりの人間に対し、その容姿を遠慮なく批評する。
実際媚山千賀子は真紫とでも言うべき濃いドレスを身にまとい、さらに化粧も派手派手しくその上厚く、六ケタのバッグを持ち同じぐらいの値段であろうネックレスも付けていた。
そんな格好でこんな場所をこんな時間に歩く理由など、考えたくはないが想像は付きやすかった。
ましてや、ホテルに入る直前でである。
「またまさか…」
誰かがそうこぼすと同時に、殺人事件のはずの現場が急に緩み出した。
現場検証に当たっていた警官が口を歪めるが、誰もそんな事情に斟酌しない。
ある匿名掲示板では
どこかの誰かさん
あの教師をクビにしなかった教育委員会の甘さ
どこかの誰かさん
怒鳴ってりゃどうにかなるだなんてまさに化石
404064464
日野琴美、どうもハッピー・テロリストを信じる俺らを猿呼ばわりしていた模様
どこかの誰かさん
琴美さんマジ選民思想パねえっす
どこかの誰かさん
もしかしてあの偏差値70オーバーの塾に息子をやったのも
404064464
どうも息子だけでも日本から「逃がそう」とした様子
どこかの誰かさん
猿呼ばわりしてたってソースは
404064464
車の中で人間として、人間としてと三十回は愚痴っていたとの事。ソースは週刊○○→リンク
とか言う野次馬たちよりももっと無遠慮な人格批判が行われており、そういう人間からすれば媚山千賀子は既に被害者ではなく、ある種の加害者であり、それ以上に成功者だった。
実際、その死を嘆いている人間は、確かにこの場にいたのだ。