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ハッピー・テロリスト  作者: ウィザード・T
ターゲット1 ハッピー・テロリスト
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ラスト・ワード

「急に英語塾なんて!」

「これは全てあなたのためなの!」


 帰って来るなり琴美は譲を叩き起こし、夫の車で英才教育で有名な塾へと連れ込みにかかった。


 一応小学四年生からとはあるが基本は中学生以上向けのそれであり、当塾受講生TOEIC970点とか言う相当にハードルの高い文字が躍っている。

「何よ、ほんの七年間よ、出来ないっての!」 

 そのとんでもないハードルを飛び越えた人間は、高校二年生。

 確かに小学四年生から考えれば七年間だが、元々その生徒が中学時点で偏差値65オーバーの私学でトップの常連であり現在は東京大学を出てオックスフォード大学に籍を置いている事など琴美は知る訳もない。知る訳もなく、全身全霊を込めて吠え掛かっていた。


 そんな人間と譲とか言うただの公立小学校の劣等生を一緒にするなど暴挙以外の何でもない。ましてやこの塾の受講料はそれこそかなり高価であり、月謝だけで夫の給料の二割が吹っ飛ぶ文字通りのエリートのための塾だった。小学四年生からとか言った所で、orangeをついひと月前に「オランゲ」と読んでいた譲などがついて行けるはずもない。実際この塾に今いる小学四年生は既に中学卒業レベルを意味する英検三級を受けている状態であり、譲とは比べ物にならない差がある。



(このままこんな所にいたらこの子は猿の仲間になってしまうわ、一刻も早く逃がさないと!)

 



 いくら恨まれようが、嫌われようが構いはしない。


 一刻も早く、この国から息子を出したかった。


 ハッピー・テロリストとか言う与太話の極みを誰一人疑わないこの日本と言う国の人間のレベルの低さに、琴美は絶望していた。


 あまりにも安っぽい漫画やアニメが蔓延し、人々の想像力を明後日の方向にばかり高めている。

 だから赤い光線が飛んで来ていきなり人を撃ち抜くと言う話を真に受けてしまうのだ。




 誰が、いつ、どうやって、そんな殺傷能力を持った赤い光線が撃てるような装置を作ったのか。


 そんな物に気付かないほど、日本政府は間抜けなのか。


 あるいは日本政府が自ら作ったのかもしれないが、だったらなおさらこんな恐ろしい国になどいられない。


 逃げたい。逃がしたい。だがそのためには外国語を話せねばならない。




 —————ならば。




「いいこと、必死に勉強して一刻も早く英語を覚えるのよ!」


 琴美は実に真剣だった。

 子どものためならば何も惜しくない。


 譲がどんな顔をしているかなどまったく顧みる事はない。

 自分のクラス一の優等生が一軍のレギュラーどころか育成選手にすらなれないような環境である事を何となく悟った譲に対し、その事を理解していないししていたとしてなお追いつけ追い越せを唱える琴美。


 二人の力の差は明らかだった。



「ぼく…」

「譲……あなたには世界に出て欲しいの。もっと色んな事を学んでほしい。今は苦しいかもしれないけど後で絶対良かったって思えるから」

「………………」

「現実は何よりも楽しくて、何よりも面白いの。私はその世界が広がるのかと思うと本当に嬉しいわ」


 圧倒的な力を持った存在が、満面の笑みと共に弱者を動かす。

 これからの未来に思いを馳せ、十年後の息子の笑顔を思い浮かべる母は至福の時の中にあった。




「あ」




 そんな母親の子どもは、外に出ると同時に一文字を吐き出す。

 いや、その場にいた誰もがリアクションを取った。

「え」

「あれ、あれ!」

「キャー!」

 同じように一文字だけ吐き出した存在、空を指して震える存在、悲鳴を上げてうずくまる存在。


 

「どうしたのよ」

「あの光、赤い光!」

「ちょっと何言ってるのよ目を覚ましなさい!」

「いやでも!」

「何がいやでもよまだ午後三時だって」







 のに、と言う助詞は、口から出て来なかった。







 赤い光、いや赤い光線は日野琴美の胸を一直線に貫き、アスファルトにわずかに焼け焦げを残して消えた。

 そして日野琴美の体は日野譲に向けて、武野教太郎と同じように覆いかぶさる様に倒れた。


「あーっ!」

「救急車、救急車ぁ!」


 胸から血が出ている。武野教太郎と同じようにのしかかっている譲の服を染め、日野琴美の生命を奪わんとする。

「ママ!」

「譲……」

 赤い光線の殺傷能力を示すかのように、直前まで元気であった肉体は急に生命力を失って行く。胸だけでなく口からも血が流れ、譲の頭をも染めて行く。


「ママ、ママ…!」

「良かったわね…」

「ママ!?」

「作り話じゃないって………………証明…できて………」



 だが日野琴美は、それでもなおこの場を支配する事をやめようとしない。

 痛みよりも笑いが勝ったのか、まるで吸血鬼のような笑顔をして譲たちに語る。



「ちょっと!」

「本当、みん、な…バカ、ばっか……こん、な…マンガみたいな、話に、惑わされ…て……ああ、ニッポンの、マンガ、バンザーイ……………………」




 ダイイングメッセージと言う言葉があるように、人間は死ぬ間際には頭がよく回る。ろうそくの炎が燃え尽きる直前に強く燃え上がるように、人は最期に及んで全力を見せる。


 ————————————————————要するにそういう事だと、皆が理解した。




 救急車が到着する頃には彼女だけが慕っていた武野教太郎と同じ場所にいた日野琴美の事を憂えるのは、息子ぐらいのものだった。

 車内から譲の出来とは明らかに不釣り合いな学習塾の資料を見つけた譲の同級生の母の胸に抱かれる譲の涙が、この場にいた人間たちが流した涙のほぼ全てだった。


「あ、犯行声明…」


 誰となしに呟いたその言葉と共に皆がスマホを握り、ニュースを確認する。


「(速報)ハッピー・テロリスト、またも犯行声明を出す」




 そのネット記事に載せられた犯行声明の全文。




「本日15時10分、我々は日野琴美を殺害しました。

 全ては日野琴美の幸福のためであり、ひいてはこの国、否この世界に住まう全ての人類のためにです。我々はこれよりもまた、皆様の幸福と正義のために動き続けます。

 ハッピー・テロリスト」




 この殺人がどうやって行われたのか、それは未だ定かではない。



 ただ確かな事として、現実から目を背け、同級生の親を猿と蔑み、息子に過剰な負担を強いんとした存在が、この世から消えた。



 それだけが、事実だった。

小説家になろうではこの時点での受けによってここで更新が止まる可能性があります。

どうか皆様応援よろしくお願いいたします。

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