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ハッピー・テロリスト  作者: ウィザード・T
ターゲット1 ハッピー・テロリスト
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ラナウェイ・フロム・ジャパン

「先生言ってた」

「何て?」

「別にハッピー・テロリストなんか気にしなくていいって」

「でしょ!いい先生にあ」

「別に悪い事をしなければいいんだって」

「そう…」




 譲は無邪気に、琴美の願望を打ち砕く。


 ハッピー・テロリストの否定なんかではない。

 むしろ、全面肯定。


 武野教太郎が悪い事をしたから殺されたのだと言わんばかりの物言いであり、琴美のそんな物は漫画かアニメに過ぎないと言う願望を打ち砕く鉄槌であった。


 子どもたちを導くべき存在が、そんな事を言っていいのか。


「わかったならちゃんと手洗って勉強して、あと今日シチューのルウが安かったから買って来て、あ、ビーフじゃなくてクリームよ」

「はい」


 とりあえず口にしてみたものの、気分は1マイクログラムも軽くならないし将来の息子の展望も1ルクスも明るくならない。



 どうして皆、息子を甘やかそうとするのか。

 何かに呪われているのではないだろうか。


 夫も夫で

「最近さ、上司が妙に優しくなってさ。いや定時までは厳しいけど定時過ぎの残業が急に減らされてさ、ここ数日帰りが早くなっただろ?そういう事だよ」

 とか言っている。


 まるでハッピー・テロリストの出現と共に世界が少しきれいになったみたいではないか。

 ふざけるな、そんな事などあってたまるか。


「テロはテロよ」

「そうだけどな」

「民主主義社会をテロによって変えてどうするのよ。それこそ国家そのものの資格が問われる話じゃないの」

「じゃキミはハッピー・テロリストの犯行の基準って何だと思うんだ?」

「ないわよ、そんな、ハッピー・テロリストとか言う物なんか。ただ武野先生が突然死しただけでしょ」


 そしてハッピー・テロリストの存在を否定しようとしてついうっかりテロ行為そのものへの否定をしている事だけに気付き、あわてて話を逸らす。


 まさか、自分がそんな。

 

 夫に酒を勧めると共に自分も煽った琴美であったが、ちっとも酔えなかった。







 週末。


 夫に無理を言って出かけた、ランチ会。


 言葉では女子会とかPTAの変形だとか言ってはいるが、話題は確実に一点集中。

 わかっているから出たくないが、出なければそれこそもっと問題になる。



 —————ハッピー・テロリスト。



 そこから逃げる事など許さないとばかりに、事件から五日経っているのにちっとも死なないどころか余計に生き生きとしているワード。

 学校や回覧板でも様々な情報が飛び交い、「対策」について大真面目に語られている。


「お互い悪い事は出来ないよな」

「清廉潔白に生きような、秘密はダメだぞ」

「うちの会社もなんか最近ホワイトっすね」


 と言うか会場となったファミレスの家族・カップル・職場仲間でも、みんな話す事はハッピー・テロリスト。



「どうしたんですか日野さん」

「いやその、お子さんたちの成績とかは」

「気にはなりますけど、それよりメンタルケアが重要ですよ。何せうちの子も目の前でいきなり先生が倒れるのを見ちゃったんですから」

「健康第一って事ですね。

 まったく、あの子も本当に何というか、あの子にぶち切れた瞬間に頭の血管が切れて突然死しちゃったのかと思うと、本当に何とお詫びを申し上げていいのか」


 だからハッピー・テロリストの存在を頭から否定しにかかったのに、誰も同意しようとしない。疑問の声さえも起こらず、もちろん同意さえもない。

 ふと首を横に振ってみた琴美の期待に応えてくれる人間など、店員以下一人もいない。


「ちょっと、自分の子どもの不出来をそんなに声高に言うもんじゃありませんよ!」

「いえいえ、でも日ごろから大変熱心な方でしたから」

「えー…」

「えー…?」

「もしかしてご存じないんですか?武野教太郎って人が前科三犯の体罰教師だって」

「知ってますけど」

 2+3=5ですけどという気持ちにしかなれないまま言葉を続ける琴美の口が緩み、目も柔らかくなっている。

「まさかと思いますけど、ハッピー・テロリストとか言う口にするのも恥ずかしいような存在を信じてるんですか?武野先生はあくまでも心臓麻痺です。私が病院に行って来たから間違いありません。いいですね、では失礼します」

「あの、ちょっと」

「皆さんもそういう事ですから、ああお代は全部払いますので」


 前払いと言う事さえもすっかり忘れて食事も半分も取らずに席を立った琴美は高揚感に浸りながらも、すぐに自分に向けられる視線の冷たさに気付いた。



 堂々と架空世界の産物を否定してやったのに、まるで意味が分からないと言わんばかり。自分の目で見た訳でもない存在を信じ、平気で噂をする。その挙句テレビや新聞社のような権威のある存在でさえも否定しようとしていない。




(……猿だわ)




 琴美には、他の人間がそう見えた。


 猿の惑星ならぬ猿の国から、逃げ出さねばならぬと心に決めた。

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