エターナル・トップ・オブ・ファン
後書きに重大なお知らせがあります。
たった一人のためのコンサート。
そのたった一人のために集まった五万人の観客と、その数倍の家族と、スタッフたち。
そのたった一人が掲げる写真。と言うか遺影。
「皆さん!私は、ハッピー・テロリストとか言う存在を!絶対に許しません!」
その彼女が放った第一声は、予測済みであったとしても莫大なインパクトを持っていた。
ごく普通の中年男性の遺影を、まるで親かプロデューサーかのように抱きかかえる。
「なぜですか、なぜ、私の大事な、ハンカチを拾ってくれた人が!あんな目に遭わなければいけないんですか!
お礼を言う事も出来ないまま、私は、そんな優しくて悲しい人の事を!絶対に忘れません!押しつけがましいとはわかっています!でも皆さん、どうか、この稲田浅次郎さんと言う人を、絶対に忘れないで下さい!」
国民的スーパーアイドル、まゆりんこと田辺真由子。
どんな政治家よりもその言葉に重たい力を持っていた彼女の言葉は、ドーム内のみならずこの国中に広がって行く。
「天国の稲田浅次郎さん、見て下さい!聞いて下さい!皆さんもどうか!稲田浅次郎さんのために!みんな!応援をお願いします!」
「浅次郎さん…!」
そのスーパーアイドルの一言に応えるようにわずかに出された声。それが蟻のひと穴であるかのように、ドーム内の空気が染まって行く。
「浅次郎さーん!」
「浅次郎さーん!」
「浅次郎さーん!」
「浅次郎さん、あんたこそアイドルファンの鑑だよ!」
「違う、浅次郎さんこそ人間の鑑だ!」
「そんな誠実な人こそ、まゆりんのファンにふさわしいんだ!」
「普通の事を当たり前に出来るなんて!俺たちは……俺たちも……そんな立派な人間になりますぅ!」
「稲田浅次郎さん、バンザイ!」
稲田浅次郎を称える声が、五万の口から飛び出す。
まゆりんコールと同じレベルで、アサジロウコールが為されている。
「皆さんありがとうございます!浅次郎さん、見ていてください!では行きます!」
まゆりんは改めてマイクを握り直し、浅次郎の遺影を自分に一番近い席に置く。自分の全てを、一番近い場所で見せるために。
※※※※※※
「あれが、まゆりんなりのハッピー・テロリストへの対抗措置なんでしょうね」
「それは喜ばしいけどな」
柏原竜也が相変わらず苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、まゆりんのコンサートのニュースを見る。
国民的アイドルの、最高のファン。
確かにそれはそれで名誉かもしれないが、いずれまゆりんの人気が落ちれば消えてしまう名だろう。本来ならもっと長く、真っ当に生きて名声を得られる事も出来たはずなのに、その機会をハッピー・テロリストとか言う存在に踏みにじられた。
そういうこちらの危惧に負けてたまるかと言わんばかりに、ファンたちは浅次郎の名を連呼する。それ自体は間違いでもないし、ハッピー・テロリストの非道を訴えるには十分だった。
「—————気になりますか」
「ああ、そういう事はあなたの方がうまいでしょうから」
年上とは言え二つしか違わない二階級下の神田太一巡査部長に向かって敬語を使う竜也の顔には、あまりにも即物的な動きに走ってしまった人間たちの悲しみが見えてしまっていた。目先の義憤に駆られ、その上でまゆりんと言う絶対的存在により右端から左端まで行かされてしまった人間がこの先どうすべきか。その答えを自分以下誰も持っていない事が、竜也には腹立たしい事この上なかった。
「……お母さん……私、お巡りさんになって、ハッピー・テロリストを逮捕します」
まず稲田詩音は、それ以外の夢を全て捨てていた。
もし彼女が反抗期と言う名の成長過程をすっ飛ばしていたら、こんな気持ちにならずに済んだだろうか。ほんの一瞬とか言うにはあまりにも長く父親の誠意を疑い過ぎた彼女の心の傷をあまりにも深くえぐった、ハッピー・テロリストと言う存在。懺悔の涙を枯らした彼女は、自分にそんな資格などないと言わんばかりにまゆりんのグッズを全部ネットオークションで売り捌いた。その必要もないのにだ。
続いて浅次郎のいなくなった会社もまた、あのまゆりんから浅次郎が最大級に持ち上げられた事により浅次郎を軽視、と言うか犯罪者扱いしていた営業部の社員たちは存続のために彼らを切ってしまい、その後「まゆりんの最強のファン」を傷つけたとしてまゆりんの純粋なファン層からもまゆりんの影響力を評価する層からもブラックリストに載ってしまい、今後の人生はかなり苦しい物になるだろう。
そして、千間女神。
少し前まで鋼鉄であった彼女の面の皮は、あの一瞬で金箔の薄さになった。
まゆりんの最強のファンを金づるにしようとした事が露見したと思い込んだ彼女は、ハッピー・テロリストに撃たれる前に自らの人生に決着を着けようと海岸へと向かい、そして—————
「本日10時50分、我々は千間女神を殺害しました。
全ては千間女神の幸福のためであり、ひいてはこの国、否この世界に住まう全ての人類のためにです。我々はこれよりもまた、皆様の幸福と正義のために動き続けます。
ハッピー・テロリスト」
その前に、構文の一つとなって消えた。
だが彼女が稲田浅次郎と違ってまゆりんの心にどの程度響くかは、本人は知りようがない。
少なくともその点だけ、千間女神は稲田浅次郎より確実に不幸であった。
唐突ですが本作はここでいったん完結、と言うか休筆とさせていただきます。
理由は…ぶっちゃけ不評なんです、個人的には気に入ってるのに。
いつか再開するかもしれませんが、その時はお楽しみに。




