表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピー・テロリスト  作者: ウィザード・T
ターゲット5 ヒー・キャッチ・オンリー・ザ・ハンカチーフ
34/36

マユリンズ・ツイート

 —————本当にここだけの話だったここだけの話を、私は聞いた事がない。


 そんな名言を残したのは誰か分からないが、それでも人口に膾炙される程度にはその名言は力を持っていた。


「じゃあ要するに素手で握ったって事?」

「間違いないわ。ったくあんな堅苦しい顔して本性はとんだスケベオヤジなのよ!」

「それがどうしてハッピー・テロリストに殺されるのよ」

「お巡りさんに見つかったらヤバい事をしようとしてたんじゃないの、それでその前に殺されたとか。聞いた事あるでしょ、不倫してた女の人が旦那さんにバレる前にハッピー・テロリストに殺されたって」

「あー……」

「うん、まあね。そういう事だと思うよ。だってそんな悪いことしてないのにそうされるってのはそういう事なんだよ」


 女神の口調には、何の迷いもない。彼女自身そこまで多くの事を見た訳ではないがまゆりんのハンカチを素手で中年オヤジが握りしめていた時点で、他に使い道などないと断じていた。

 国民的アイドルであるまゆりんのファンは、それこそ多岐にわたる。だがそれはまゆりん本人はともかくとしても女神から見れば歓迎できないようなファンもいると言う意味であり、それらが迷惑なアンチであって欲しいと言う願望もあった。そんな「メイワクナアンチ」はまゆりん様に近づけてはならない、秘かに排除せねばならない。もし目に入ってしまったら慈悲深いまゆりん様の事、おそらくは全力でお守りになろうとする。

(男、ましてやオッサンなんて一皮むけば欲望の塊。まあまゆりん様が認めてやってるんなら許してやらなくはないけど、正直ウザいっつーかキモイのよね)

 いかにも三次元の女など目に入らないと言わんばかりにファッションも何もかも捨ててまゆりんバンザイを唱えるようなドルオタ連中。ずっと二次元に閉じこもって出て来なければ世界は平和なのに、まゆりん様が誘蛾灯にでもなってしまったのかと思うと頭に来る。

 

 どうせあのオッサンだってそれの同類項。

 どんなに真面目くさった顔をしてもそれこそまゆりん様のためだけに仕事をして金を貪り他の全てを捨てるような従順と言うより妄信的な事だけが取り柄のようなドルオタどもと結局は同じ。

 

 それが、千間女神のまごう事なき本音だった。




※※※※※※




 このただの女子高生の益体もないはずの噂話は、あっと言う間に広まった。

 ただでさえハッピー・テロリストがこれまでの行いで印象を固めていたのもあり、稲田浅次郎と言う人間の印象は一気に決まった。





「……」

 稲田浅次郎の娘の稲田詩音は、部屋から出て来なくなった。


 ハッピー・テロリストの被害者遺族と言う日野譲が簡単に乗り越えたハードルが、今の詩音には分厚い壁になっていた。

 ハッピー・テロリストに殺されると言うのは悪人、でないとしても殺された方がいいような「愚か者」、せいぜいが「無能な働き者」。そんな風にフィルターをかけられるだけでもやってられないのに、その挙句まゆりんのお話だ。

 なぜまゆりんの大事なハンカチを、稲田浅次郎と言う平凡なサラリーマンが持っているのか。まゆりんが子ども時代を過ごしたのはここから電車で二時間は離れた地域であり、ここにハンカチがある理由がない。プライベート?それこそ月に一回も休めないような人間がどうしてこんな所まで来ると言うのか。

(やっぱり盗んだ…いやそんな訳はないわよね!でも、あの話が嘘って事はないのは間違いないのよね……あのお巡りさんが嘘つく訳ないし……)

 なぜ、まゆりんの故郷とも全然違う方向にしか仕事に行かないはずの父親がそんな物を持っていたのか。まゆりんグッズとか言うにはあまりにもよく出来ていたらしいし、市販品だとしたら包装を開ける理由もない。

 だったら……と言う考えに至ってしまう事を詩音はわかってしまっていたし、実際に自分の同級生も父の職場の仲間たちもハッピー・テロリストのこれまでの「信頼」からその流れに偏っている事を詩音は知ってしまっていた。


 部屋の中に搔き集めたまゆりんグッズの全てがこちらを見下ろしている気がして来る。

 母親に抱かれてようやく落ち着きを取り戻すも、胃が食べ物を受け付けない。

 わずか数日でやつれ出した詩音を励まそうとするのは、母親でなければ柏原竜也の命を受けた神田太一と言う名の警察官だけ。その神田曰く柏原がかなり熱心になっているとは言え反応は鈍いようであり、名誉回復までどれだけ頑張ればいいかわからないらしい。


「何よ、何よ、何よ…!」


 布団を被って泣く彼女の姿と来たら、罪悪感を覚えねばそれだけで悪人の烙印を押されそうなほどだった。

 柏原や神田が必死に救い出そうとするのも無理からぬ話であり、その上で狙撃ルートとか犯行声明のプロバイダとか含めありとあらゆるルートから探ろうとしても全く見つからない存在。そしてそれを捕まえたとしても回復されるか分からない故人の名誉。


 全てが、稲田詩音にとって悪い方向にばかり傾いていた。




 しかし。

 拙速は巧緻に勝ると言う太古からの格言を踏みにじるように、あまりにも強力なデウス・エクス・マキナが降臨した。




田辺真由子 MAYURIN

見つかったんです!私のハンカチ!

あの日の、あの交番の、お巡りさんが見つけてくれたんです!

……なんでも、あのハッピー・テロリストとか言うのの事件の証拠品のようになっていたので返せるかどうかはわからないようですけど……とりあえず見つかったのは何よりです!


 


 あの日の、あの交番————————————————————。


 警察がアップロードしたハンカチにはMAYUKOの文字。


 そして、その反対の部分を占拠する赤い液体を吸った跡。




田辺真由子 MAYURIN

赤い染み…たぶんこのハンカチを拾ってくれた人の血……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ