ヒー・キャッチ・オンリー・ザ・ハンカチーフ
「ふざけるな!」
柏原竜也は荒れていた。
部下たちがおののくのにも構う事なく、全身をゆすっている。貧乏ゆすりとか言う生易しいそれではなく、職務に忠実なゆえの怒り。
「一刻も早く方向を調べ、どこから連中があんな真似をしたのか突き止める!
と言うか解析班をして、未だにどこから討って来たのかわからないと言うのか!」
「……」
部下たちも押し黙るしかない。
これまで犯行の度にレーザー光線の根源を探し求めているのだが、レーザー光線の角度が0度とまでは行かないにせよ10度にもならない事が多々あり、それこそ地上数十メートルとか言う別の意味で非現実的な高さから撃っている事になる。そんな低空に存在する物体が見つからないはずがないのだ。
だがレーザー光線の軌道を分析して行くと、どうしても途中で途切れてしまう。と言うか全くそういう装備を設置しえない高層ビルの壁とか、何千メートル級の高山の頂上とか、ひどいのになると全くの虚空からと言うのもある。
それこそ神の裁きとか言う言葉が当てはまりそうな人間の域を逸脱したようなお話であり恐ろしく傲慢な話である。それで運命を決められるとか言うならそれこそ人生に何の意味もなくなるではないか。
「衛星写真は」
「そんな地上のどこにでも攻撃できるような衛星があれば世界は気付きます」
「とにかく一刻も早くハッピー・テロリストとやらを摘発せねば国家的イメージの問題になるぞ、安心して町も歩けないのかと!」
「まゆりんのコンサートがドームになったのもそのせいですかね」
「あれはキャパシティの問題だろう、と言うか何で急にそんな話になる」
「だってニュースにもなったでしょ、一件目の後すぐに予定変更って事で」
「…何か馬鹿にされている気分になったのは何故だろうな」
柏原竜也と言う男はいわゆるキャリア組ではあるがある意味叩き上げでもあり、平凡な高校から平凡な大学に進学しそこで覚醒して学問にはげみキャリア組になったと言う人物である。さしたる学閥もなく実力と修練だけで出世して来たような人間に取り、趣味趣向の話は雑音に近かった。ただ一つ激辛麻婆豆腐を食べる事だけが勉強疲れを癒す方法であった彼がまゆりんとか言う言葉の意味を知ったのはここ半年であり、それ以前に彼女が所属していたアイドルグループの存在を知ったのが一年前だった。
それまでメンバーの変遷はあれど八年間活動したその大規模アイドルグループを、だ。
その中の筆頭であるまゆりんこと、田辺真由子。
アイドルグループのエースから、国民的アイドルに成り上がった彼女の曲とダンスは二次元キャラたちにも負けない日本文化の象徴としてお役所たちさえも利用しそうなほどになっており、「MAYURIN」が世界共通語になる日も遠くないとさえ言われていた。
そう言えば小学校時代ガリベンの家庭に生まれ当時流行りのゲームを知らなかった同級生が仲間たちからハブられていた事を思い出しもしたが、いま彼がどうなっているのかは知る術もないし知る気もない。その時の反動がとか言う話を聞かない訳でもないが、少なくとも自分は成人したぐらいからではあるし関係はない。
警察官としてはハッピー・テロリストとか言う人殺しのせいで日程も会場も歪まされた主催者に同情の念を禁じ得ないし、義憤だって沸き立つ。
だがその義憤を叩き込むには、ハッピー・テロリストの犯行はあまりにも正しすぎる。
殺すべき人間だけを殺し、苦痛も最小限のそれしか与えない。尊厳死とか言うには一方的かつ乱暴極まりないが、それでも先のいじめ騒動の加害者たちも学校や被害者たちと言った本来正当に裁かれるべき存在から裁かれずにこの世から消えた。
だが同時に贖罪からの新たな人生を送る権利も奪われた。警察官であり法治国家の人間としてはその事実を重視すべきはずなのだが、そうならない空気が竜也にとって何より胸糞の悪い話だった。
ましてや、被害者がそんな罪などない人間だと分かった時は—————。
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「本日19時57分、我々は稲田浅次郎を殺害しました。
全ては稲田浅次郎の幸福のためであり、ひいてはこの国、否この世界に住まう全ての人類のためにです。我々はこれよりもまた、皆様の幸福と正義のために動き続けます。
ハッピー・テロリスト」
稲田浅次郎。
それが、今回のハッピー・テロリストの犠牲者だった。
四十四歳の、ただのサラリーマン。
ただ、一枚のハンカチを持ちながら、ハッピー・テロリストにより頭部を撃たれて死んだ。
————————————————————交番の、目の前で。




