ニュー・ティーチャー
「ええ…そうですか…はい…」
武野教太郎の死から三日後ようやく授業が再開される事となったその朝、日野琴美は朝から滅入った気分になっていた。
ニュースを見ても、夫から聞いても、ハッピー・テロリストと言う存在が架空のそれではないと思い知れと言わんばかりに情報がなだれ込んで来る。
テレビも、新聞も、近所でも、みんなその話ばかりする。
夫さえもその話を辞めようとせず、聞き流そうとしても入り込んで来る。そのせいで昨日の晩御飯のカレーが不味くなったのを夫の責任にしたくてたまらない。
その挙句三日ぶりの登校だと言うのに譲は朝から震えており、あの教室が怖くてたまらないと言い出している。一緒に学校に行ってとか一年生のような事を抜かす物だから頭に来るのをこらえてまた同級生の親に聞きまくったが、九人中九人が一緒に行くと言い出していた。
「わかった、一緒に行ってあげるから…あーあ……」
あからさまに嫌がっては見せるが、譲は満更でもないらしい。
まったく、どうしてこんなになってしまったのか。
日野玉枝は、不安で一杯だった。
だが果たして、玉枝の願いを踏みにじるかのように小学校には普段の倍とまでは行かないにせよ一.七倍の人間がいた。
その〇.七倍の内二割ほどが学校の職員と近所の老人であり、残りは彼女たちのように親であった。一年生どころか六年生の親までおり中には未だに登校できていない子どもまでいるようで要ると言う。学級閉鎖は大げさとしても譲が通う四年二組でさえも全員出席ではないらしい。
「行ってらっしゃい」
どうしてなのかとか思いながら力尽き果てたように体を引きずる。まさかと思い帰りに迎えに行くんですかと他の親に聞いてみると深く頷いていた。しかも聞けば五年生の子の母親らしい。
それにたった三日で学校を再開しようなど無謀だとか言う意見まであったらしく、それこそ安全を確認できるまで近隣の別の小学校に移るべきだとか言う意見まであったと言う。
ふざけるな。そんな事をすればこの学校の児童だけ授業が遅れるじゃないか。
「(その時の映像すらないってのに、どうしてみんな信じられるのかしらね。確かにテレビでは即死って言ってたけど、心臓麻痺とかじゃないの?後で病院でも行ってみるわ……武野教太郎先生が運ばれた病院にでも……)」
息子に構い過ぎてその暇がなかったので調べようともしなかった自分を恥じながら、スマホを動かし入院先を調べその足で向かう。
「急に言われましても」
「ですから本当に知りたいだけなんです!死因が何なのか!」
「ニュースでやっていたでしょう、頭部を撃ち抜かれた事による即死だって」
「本当なんですか!」
「ええ」
医師の戸惑いにも構う事なく迫る琴美。
ハッピー・テロリストとか言うふざけた存在ではなくただの突然死であると言う回答を欲しがる中年女性の期待に応えてくれない存在に憤り、内心でやぶ医者めがとか言うまったくの冤罪を叫びながら病院を出る。
情報を漁れば漁るだけ、ハッピー・テロリストとか言う文字が頭に入り込んで来る。
その瞬間の映像がとか、犯人像は一体どうなのかとか、なぜ武野教太郎が殺されねばならなかったのかとか。
そもそも赤い光が何なのか、レーザー光線なのか、殺傷能力があるのか、とか言う話については耳を貸したくもない。
あまりにも漫画チック、いや妄想そのもの。
病院と言う科学の権威そのものの場所の人間でさえも平気でそんな事を言い出す。
「……ああ!」
病院の売店で買ったパンと茶を流し込んでいると学校から連絡が入る。
もう一週間ほど集団下校と言う事で希望者は迎えに来てほしいとの事だ。場合によっては集団下校だけでなく集団登校まであるかもと言う事で今後も協力できるならばお願いしますと言う。
考えさせてくださいとか言うゼロ回答をし、家へと向かう。お出迎えに応じる気などない。
「で、利賀間先生って人。女の先生で優しい人だったの」
「そう…」
「いろいろ大変だったでしょうねって、僕たちの言葉をいっぱい聞いてくれたの」
「ふーん…」
「あとこれ」
譲から聞かされた武野教太郎の後釜の利賀間とか言う教師は、二十代後半の女性らしい。どうも優しいと言うか甘そうで、どうにもいい影響を与えそうにない。
そう思っていると譲は、一つの封筒を差し出して来る。
「保護者の皆様に」と言う大仰な文字に頑丈な封がされたそれを開けてみると、とんでもない文字が踊っていた。
武野教太郎、体罰により指導を受ける事、三度—————。