オンリー・ザ・コットン
「一応、調べてみます?」
「よせ。と言うか全く無傷…いや多少のほつれはあるがその程度に過ぎないと言う事実こそが科学力の違いと言う物だ。とにかく残る部分をはがしてくれ」
肩部のパワードスーツを脱がせた結果見えた物、それは全くありふれた木綿の薄い布。
多少着古されているが、ほぼそれまでの存在。
レーザーカッターにより、残る首、胴体、腰の部分も切り取られる。青い金属と比べると手間ではあるが、最悪金属部品が壊れても戦ったり逃げたりは出来るようになっているのかもしれない。だとすればなんと人道的なのだろうかとか、皮肉ではなく素直に思えてしまう。
「まさかこの下は…」
「ま、そういう事だろうな」
さすがに完全に理解してやったぞとばかりに胸を張るが、この上ない虚勢でしかない。理解したって、何を理解したと言うのか。すぐさま誰でもわかるような事、1+2=3と言うか3-1=2と言う計算式を理解して誰が賞賛してくれると言うのか。
既に露見しているが、足には何も履いていない。文字通りの素足。足の指も爪も適当に整えられ、足もきれいに輝いている。あのスーツにより保護されていたせいかこの部屋の照明を素直に浴びており、まるで風呂上がりかのようにきれいだった。当然毛などわずかに足の指付近に生えているだけであり、文字通り少年の肉体のそれでしかない。
—————そして。
「……」
「……」
予想通りとは言え、言葉をなくすことしか出来なかった。
年相応としか言えない、細い腕。
思わず触ってみたが、まるで我が子のようにぷにぷにと柔らかい。無論今の我が子は二十四であるから筋肉が引き締まっていて完全に別物だが、それでも我が子が八つの時にはこんなだった。
そして、その手足の少し内側にあるのは、木綿の薄いT字型の布。
下には、T字型と三角形の中間の様な布。
平たく言えば、ブリーフ。
そう、下着だけだった。
「失禁の跡はありませんね」
「ええ……」
どこの国にでもあるような下着に排泄痕がない事に戦慄してみるが、そんなごまかしなど何の意味もない。
山のように戦死体を見て来てその腐臭にも慣れたし、死体が垂れ流す排泄物の臭いにも慣れた。一体何時間あんな姿で戦って来たのかわからないが、ひっくり返されてもなお真っ白な下着を前に私は押し黙る事しかなかった。
「いくらだと思います?」
間の抜けきった質問だが、実に正しく実にありがたい。
少年が今身に付けているそれは、文字通りの市販品、と言うか量産品。上下合わせても値段の知れたそれ。
あとここに靴下と靴と上下と、ついでに帽子でも被らせればあっと言う間に「ただの子ども」が完成する。費用と言う事で言えば私の時給も要らないだろう。
「これは」
「名前ですかね」
「チキショウ、こんな幼気そうな子供を!」
「やめろ、こっちが何人の未亡人と孤児を作って来たのか忘れたのか」
そしてその下着に書かれている名前。
その少年兵が本来、そう呼ばれ親たちの愛情を受け取って育つはずであった名前。それもフルネーム。
何ケタかの数字で呼ばれていない事に少しだけ安心する自分がすぐさま嫌になったが、それでもこの戦争の敗因が自分だと言う事を実感するには十分だった。
おそらく彼は、私たちがこれまでの連戦連勝で作って来た孤児の成れの果て。
そんな存在に目を付けたのか自ら志願したのかわからないが、それこそ私物と言えるのはこれぐらいしかないかもしれない存在。
軍人と言う仕事は、それこそこんな孤児を作る事である。
こんな少年を戦争の兵器に利用するなど非道だと言う事は簡単すぎたが、それは何も向こうだけの話ではない。ただでさえこっちが連戦連勝して来た以上、今ここにいる彼の様な戦争の被害者の数は向こうの方が圧倒的に多い。今それに復讐されているのだと思うと、気持ちは沈むが胸糞は悪くならない。
「脱がせます?」
「一応な」
謎のレーザー光線により、頭に空いた風穴。
その一撃で命までも失った少年兵から、最後の持ち物を奪わねばならない。いや、ある意味尊厳と言うべきそれを。
その罪悪感から逃げるようにもう動かない肉体を兵士に起こさせ、シャツを裾からまくり上げ、一挙に脱がせる。
薄い胸板に、よくくぼんだ臍。
汗の輝きすら感じられない柔肌。
触れば触るだけすべすべとして気持ちよく、少年兵が我が国の少年とちっとも変わらない人種である事を思い知らされるには十分すぎる。
悪あがきのように機械的な痕跡を探してみたくなったが、すぐにやめた。
「一応シャツも解析するのですか」
「やるに越した事はあるまい」
そう言って脱がせたシャツを研究員に渡す。汗すらもまともに染み込んでいないただの下着から何が得られると言うのか、渡した方も受け取った方もわかりはしない。
そして、残るは最後の一枚。
男子としての最大の尊厳と言うべき存在を、いよいよ剥がす事となる。
「やめますか」
「やめるならシャツを脱がしたりはしない」
「ならさっさとやりましょう。いや私がやります」
こんな経緯ではあるが、良い部下を持てた幸運に感謝した。
そして汚れ仕事は自分のそれだと言わんばかりに、その部下は少年兵の最後の持ち物を、足首まで下ろした。




