ジェット・エンジン
「正確な硬度その他はまだわかりませんが、我が軍の戦闘機や戦車を打ち破るとなると…」
「今はそれだけでいい」
アルミニウムに何を入れたかはわからないが、とりあえずとんでもない科学力がある事だけはわかる。どんなレアアースを使ったのか、それとも鉄とか銅とか鉛とかそんなありふれた卑金属なのか。後者だとしたらより恐ろしい。
「次はあの機動性を担保しているであろうジェットエンジンを調べたいと思います」
そして次は、ジェットエンジン。背中に内蔵されていた、二門のジェットエンジン。少なくともその熱に耐える程度には金属は強く、その上うつ伏せにしても見えないほどに薄い。
「人体改造ですか」
「あるいは機械兵士とか」
「それは気休めか」
髪の毛に感じられない人工の臭い。
それから肌も眉も、思いっきりただの人間だった。全てはスーツの力だと思いたいし、そうでなければ悲しみが多すぎる。まだ完全な機械兵士とかならば戦車とかと同じ類だと慰めもあったが、髪の毛を触った限りその望みもない。
まだヘルメットだけで、手甲を含む首から下の装甲は外されていない。肉体が生命活動を停止している以上ただの金属片だが、もし生命活動を停止していなかったら、あるいは生命活動の停止に伴い自立的に動いたり自爆したりするプログラムが施されていたりしたら。
そう考えるだけで恐ろしいから、そう考えない事にしてじっと少年兵を見つめる。
背中を向かされた少年兵の姿は相変わらず小さく、とても我が軍の三分の一を破壊したようには見えない。自分たちを苦しめている存在が大きければ大きいほどいいと言う現象に誰か名前を付けて欲しい。何なら自分たちが少年兵器症候群とでも名付けるかとか言うどうでもいい事を考えていると、腕部の装甲が除去されていた。
「案外簡単だな」
「装備者の生命が失われた際に帰属権を失う…とか言うことかもしれません。あるいは生命がなくなると同時に急激に劣化を始めるとか」
「後者だったらそれこそ我々はバカだ。今でも十分にバカだがな」
「開き直ってどうするんですか」
「他に何のしようがある。と言うかこうして簡単に除去出来る所を見るとそれこそ最終兵器かもしれないぞ」
「ならこれを」
「一体しかないのにどうにかなるか」
最低でもあと二体少年兵はいる。
それがすぐさま動かないのは交渉の余地を与えてくれているのかそれともメンテナンスが必要なのかはわからないが、いずれにしてもその二体がすぐさま仕掛けて来れば我々は木端微塵だ。この装甲を全てはぎ取って間に合わせで一体の「少年兵」を作ったとしてもその一体と相討ちがせいぜいであり、残る一体に対する対処方法などない。
それでもアルキメデスのように目の前の真相を研究せんとする研究員たちだけでも守らねばならぬとばかりに私は小銃を手に出入口に立ち、作業を邪魔させまいとする。軍人としての最後の役目のつもりだったが、兵たちに止められ作業を見守る役目を押し付けられた。
そして少しばかり抵抗した私が研究員たちの方向を向くと、背部装甲が除去されていた。
案外と平易だなと思っていると、その次の一撃で私は大きくふらついた。
「こんなサイズかよ!」
内蔵式と言うにはあまりにも小さい。こんな小さいジェットならば見つからないと言うか狙いようがないとも言うか、出力だって知れているはずだった。だが戦闘機と同じ高度まで上昇してそれ以上の速度でとなると、このジェットの出力は戦闘機のそれ以上と言う事になる。確かに一対分はあるとは言え大きさで言えば桁が一つどころか二つ違うかもしれないこれがあんな出力を出すとなれば、絶望の二文字を見るのは平易過ぎる。
「解析してみますか」
「早速頼む。しかしもし仕組みが我々の知るそれと同じだとしたら」
「単純です。しかしあまりにも強力です」
「それに耐えられるだけの装甲と言う事か…」
ジェットエンジンを内包していた背部の装甲は腕部のそれと変わらず、金属的な堅さを感じないのにむやみやたらに丈夫であり、その上ジェットエンジンの熱をもろに受けているはずなのに焼け焦げのひとつもない。耐熱性もまったく桁違いであり、自分たちのそれが屑鉄の集まりにさえ思えて来る。
「ジェットエンジンの取り外しを行います」
「やめろ、それより装甲を外してもらいたい」
破壊出来っこない金属からジェットエンジンを取り外すとか言う無茶苦茶な要求を司令官として阻止させたのは、良心でも何でもない。ただ乗り掛かった舟である上で一刻も早く降りたいと言うのと、この少年兵の生命が失われていなかったらどうしようと言う情けない気持ちだった。




