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ハッピー・テロリスト  作者: ウィザード・T
ターゲット4 リビング・ジェイル
23/36

ネクスト・ターゲット

「……………………」


 早川秋絵は、何も言えなかった。

 校門にて休校となった事を聞かされた秋絵はすぐさまリムジンを呼び出すと疲れ切った顔で乗り込み、体重42キロの体を引きずって乗り込んだ。

 目はうつろ口は半開きなのに首だけは動きが早く、リムジンに乗るやガラスを叩く。半ば以上要人警護のための車両であるとは言えそのガラスは細い拳をたやすく弾き、本来なら与えるはずであった安心の数倍の圧を秋絵に与えた。

「お嬢様」

「早く家へ向かって」


 いい意味で鉄面皮であったはずの彼女の面の皮は、あの三分間で金箔になった。




 赤澤直子に、大川康江。




 脇山安子や枯山綱子と同じく、石田光江を放逐するために動いていたはずであった自分の手駒。


 その全てが、あっという間に消滅した。


 証拠隠滅だけは出来ているつもりだが、証拠隠滅が出来ていたとしても関係ない存在により。


(まさか、まさか……)


 体が震える。

 脇山安子が死んだ時の数十倍の力で心は揺れ動き、肉体にも反映される。何か口から吐き出したかったが、何も出て来ない。スマホを握る事すらできず、ただただ外ばかり見ながら縮こまっている。


「あ、えと、二人、お二人は……」

「二人ともそれぞれのお家を出られてほどなくと言う所を……」

「やはり…」

「もちろん即死だそうです…………………なんとおいたわしや……」

 何とか絞り出した言葉に返って来る、あまりにも冷厳たる事実。


 大川康江は枯山綱子と同じように、玄関を出てすぐハッピー・テロリストの赤いレーザーを頭部に受けこの世を去り、見送りに出た彼女の母の心に最大限の傷を付けながら赤い血を流した。

 そして赤澤はマンションの8階の部屋を出た所で撃たれてそのまま死体が宙を舞ったものだから両親どころかマンションの住人たち全員のトラウマとなり、この日赤澤と何の関係もないのに休校した児童や生徒も少なくなかった。


「関原高校は、関原高校は……」

「今度の休校は長引くやもしれませぬ。あるいは転校をお考えになりますか」

「出来る訳がないでしょう!ああ本田様は」


 叫んですぐ本田勝弘はどうなるのかと思い返しあくまでも個々人の問題故大丈夫だと言う返事をもらったものの、それでも秋絵の心は完全に縮こまっていた。







 ————————————————————次はお前だ。







 そんな言葉ばかりが頭を巡る。


 脇山や枯山の時にはまだなんでもなかったはずなのに、なぜか急に背筋が寒くなる。

 もうこれ以上の手駒は秋絵にはないし、作る事も出来ない。

 自分自身やっている事が石田光江の追い落とし以外の何でもない事はわかっている。

 ハッピー・テロリストと言う存在がもし、その行いを探知して彼女たちを殺しているとしたら。

 どう考えても次の目標はその大元締めと言うべき自分ではないか。


 帰宅した秋絵は急いで赤澤と大川に指示を飛ばしていたスマホのデータを禅消去すると、宿題と言う名の現実逃避に走った。

 と言っても授業がないのだから宿題すらなく、東大レベルの入試問題に手を付けているだけである。問題に向かい合っている間だけは平静でいられたが、二時間かけて問題を解くと急に喉が渇き、ペットボトル一本分の水を飲み干しても気持ちが落ち着かない。

「本田様の試合は…」

「明日予定通りに行われます。いよいよ準決勝、そろそろ相手も本気で来ると思われます。応援に向かわれますか」

「いえ……本田様は…大丈夫ですから…」


 猛暑の時期を避けるように前倒しにされた高校野球地区予選。

 本来ならば何よりも楽しみであったはずのイベントを前にして、本来ならば最高潮であったはずのテンションはガタガタに落ちている。

 選手たちの警護はとか言う声が不思議なほど上がらないのはなぜなのかと言う疑問を抱く人間は予想外に少なく、学校の上層部から離れれば離れるだけ危機感がなくなって行く。校長などは徹底した安全対策をとか言っているが、生徒たちは悪い事をしなきゃいいんでしょとしか思っていない。


(「まさか俺が何か悪いことしてると思ってるのかよ(ですか)」)


 と言う生徒たちに共有された理屈がお偉い大人たちを黙らせ、元々そういう事をしていたという自覚があった人間はおとなしくなり、無自覚な悪い生徒は仲間たちからハッピー・テロリストの存在をちらつかされて押し黙るか縁を切られた。


 そしてそれは、あの四人以外にも石田光江に絡んでいた女たちにも降りかかって来た。

「前から思ってたけどよ、ダサいぞ」

 本田勝弘のその言葉と共に、彼女たちは手のひらを返し出した。


 もはや誰も悪い事は出来ないという空気が、関原高校を支配していた。

 その空気は性悪説に動いていた人間の心胆を寒からしめ、実際に悪事を働いていると覚悟している人間により一層の覚悟を与え…る事は出来なかった。


 所詮聖職者を自負する教職員と、十八歳以下の人間の集まり。


 それが、高校である。


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