ファンネル・アタック
「しばらく休校?もしや野球部は!」
「いや試合はやるみたいだけど授業はなしだって、しばらく自宅学習になるようで」
「でも枯山さんは」
「一日に二人も殺されるなんてこの学校は尋常じゃないって評判が立ってるんだ、ったく冗談じゃないよ!」
当たり前だが関原高校は大騒ぎどころの話ではなかった。
脇山安子殺害事件で集まっていたマスコミがいなくなりかかっていた所に、明日に備えて外の空気を吸いに出ていた枯山綱子と言う同じ学校の生徒が亡くなったとなればそれは騒ぎどころの話ではない。
テレビ的にも午後五時ごろから始まったニュース番組にてハッピー・テロリストによる脇山安子殺人事件をトップニュースで取り上げひと段落した所でこんなニュースが追加で入って来たのだから、関原高校の名は完全に全国区になってしまった。
「当校といたしましては…」
悲しみと無念さを抱え込んだ顔で頭を下げる校長や教頭の顔と来たら、文字通り見るに堪えない。
一体何の責めがあると言うのか、何の問題があると言うのか。
少し前には小学校教諭が殺されたのだからこの学校だからと言う事はないにせよ、それでも同じ学校の生徒が二人も殺されたのは異常事態でしかない。名門私学と言うブランドも台無しにしかねない一大事であり、生臭い事を言えば経営問題でもある。
殺されるような問題を抱えているのか、その問題に気が付かないのかと言う責めもある。ハッピー・テロリストを肯定する意見とも取られかねないが、無責任に騒げる外野からはそんな言葉が出まくっている。
人殺しは人殺しであると言う本来この世で最も力を持つべき理論を振りかざすにはあまりにも空気が悪すぎる。
「やはりハッピー・テロリストは許しがたいと」
「はいそうです。当校の生徒二名をなぜ手にかけたのか、その答えを聞くまでは、いや聞いたとしても絶対に許せません」
その空気の中でその質問をした記者はあるいは称えられるべき存在であり、赤穂浪士に対する新井白石のような人間であったかもしれない。
そう、つまりはそういう事なのだ。
※※※※※※
「あの二人はそこまで嫌われていたのですか?」
「いや、その、何ていうか…」
休校日明けに催された脇山安子と枯山綱子の「お別れ会」には、呆れるほど人が来なかった。
ハッピー・テロリストなどに屈しないと言わんばかりに学校も気合を入れて二人の生徒の追悼の思い出を語ろうとさせたが、誰も何も言おうとしない。口から出したとしても「何でこんな事に」「どうしてこうなったんだよ」とか言う通りいっぺんのそれであり涙を流すような生徒はいない。
「いいですか。人を殺すと言う事は、相手の人生にもうこれ以上の意味はないと勝手に決めつけると言う事です。皆さんの人生は皆さんの人生であり、他の誰にも決められる物ではありません。他人の人生を自分の手で勝手に決めつける、と言うかもう意味などないと言う宣告をしてしまう事になるのです。そんな傲慢な行いをされたら皆さんはどう思いますか?」
せっかくの名文句も、多くの生徒にとっては耳ざわりのいいだけのセンセイサマらしいオコトバにしか聞こえていない。
「痛かったんでしょうか」
「ものすごく痛かったでしょう。何せ人間の体を貫くほどの光線ですからね、先生だって想像するだけで恐ろしいですよ」
生徒たちにお追従と言う概念を身に付けさせている事に気付かないまま、教師は口を動かす。
ハッピー・テロリストの放つレーザー光線に殺傷能力がある事はわかっていても痛みがあるかどうかはこの場にいる誰もわかっていない以上、まるっきりの当て推量でしかない。
死ぬぐらいだから痛いと言うのは実にごもっともだが、実際に脇山安子や枯山綱子が痛がっている所を見た人間はいない。枯山綱子にしても文字通り頭を打たれての即死であり痛みを感じる暇があったのかすらわからない。
実際二人の死に顔は痛くてしかめていると言うよりあっと驚いたそのままの顔であり、それもまた説得力を低めている。
そしてそれ以上に、既に教師たちへの信用は低減していた。
平たく言えば、脇山安子と枯山綱子が実際に嫌われている事に教師たちは気付かなかった、と言うか気付いていた上で仲良くしなさいと言っていたのだ。
だがその上で、枯山綱子のおべんちゃらを表立って告発してどうこうするほど殊勝な人間はいなかったし、脇山安子の決定打であるネットストーカーとでも言うべき行いに気付ける生徒もいなかった。
脇山安子が嫌われていたのは何かと自分は立派な存在であると誇示したがりやたらオタクなどの一人きりで過ごす事を厭わない層を軽蔑する振る舞いが多かったからであり彼女をワッキーと言うあだ名で呼んでいた層でさえも彼女を友人と思っていなかった。枯山綱子については脇山安子ほどではないが自己顕示欲に満ちた行いから特に女子から嫌われており、いい子ぶりっこの代名詞のように扱われていた。
(……赤澤直子に、大川康江。彼女たちを使うしかないようですわね)
そしてそんな二人を、早川秋絵も弔おうとしない。
授業が終わるや家に速攻で帰り、赤と水色のスマホを眺める。
「石田光江は島田親男と言う男に惚れている……」
その短文と「証拠写真」を二台のスマホに打ち込み、すぐシャットダウンする。
成功した暁にはスマホ先の相手の親を出世させると言う、それだけは間違いのない約束を込めて。
早川秋絵のやり方は、実に精巧だった。




