マスト・ビー・ナイトメア
「何言ってるのよ!」
「いや本当なんです、譲くん以外にもクラス中の子が見たと言ってます、ねえ」
「そうだよおばさん、赤い光が飛んで来て武野先生の頭を撃ち抜いて、バッターンって先生が倒れちゃって!」
「そうなの?」
日野譲の母である日野琴美の第一声は、ただでさえ脅え切っていた譲を追い込むにはかなり有効な一撃だった。
同級生や引率の教員の言葉を聞いてなお腑に落ちないと言わんばかりに首をひねり、さらに追い打ちをかける。
「ちょっとママ、何でぼくの言う事を信じないの!」
「うーん……本当に、そうなんですね」
「そうなの!」
「はあ…まあ、あの、先生は、武野教太郎先生は…」
「先ほど病院に運ばれましたが即死の可能性が高く」
「残念ですね、あんな立派な人いないのに……とにかく、ご苦労様でした……譲、ちゃんと手を洗いなさい」
結局あーはいはいわかりましたよと言わんばかりの振る舞いでそっぽを向いた琴美に、譲は疲れ果てたような顔をして付き従う。
そのまま譲が疲れ果てたように居間に倒れ込むと、琴美は譲と同時にため息を吐いた。
「……ねえ、本当に本当なの?」
「何が…?」
「先生が赤い光に撃たれて死んじゃったって」
「うん……」
「夜更かししすぎてたんじゃなくて?」
「それは…それはその、宿題が終わらなくて、本当だよ……」
あくまでも、息子と言うソースからの情報を信じようとしない。
ランドセルを下ろそうともしない息子を見下ろしながら、嫌味ったらしくため息をこぼす。
勝手にしろとばかりにテレビを点けると、ついさっきまで譲がいた小学校が映っていた。
教師が人手不足とメンタルケアにより待機させている児童を送り出そうとしている姿が映り、画面の下には
「ハッピー・テロリストを名乗る謎の組織により犯行声明」
と言うテロップが踊り、見慣れたレポーターがマイクを持って周辺住民などに聞き込みをしている。
日野家もまた学校から徒歩十分だったから聞かれるかもしれないと言うかすぐそばまで取材車が来ているような状態であったが、とても取材に応じる気になどなれない。
チャンネルを変えるがどこを点けても同じ状態であり、NHKですら小学校の周りにいる。
「とりあえず、二時間目からの授業は何だったの」
「算数、国語、社会、理科…それと、体育…」
「十分ほど休んだらやりなさい。お昼は作ってあげるから午後は三十分ほど外を走って来て」
「うん…」
譲を自分の部屋へと追いやり、また深くため息を吐きながらチャンネルを回し、どこを点けても変わり映えのしないそれに飽き飽きして電源を切る。
そしてスマホではなく据え置きの電話を握り、譲の同級生の家にかけた。
だが、結果はチャンネルを回したのと同じでしかない。
「本当の、本当なの……?」
安っぽいアニメみたいなお話。
いきなり上空から赤い光が飛んで来ていきなり誰かを殺す。
そんな話があるものかと誰か一人でも言ってくれないかと思ったが、誰も期待に応えてくれない。
「譲!」
「ひいっ!」
ガチャで爆死したような気分で琴美は未だに衝撃に潰されている譲を怒鳴りつけ、強引に叩き起こそうとする。着替えもせずに寝そべっている譲を担ぎ上げ、勉強机の椅子に座らせる。
「あのね、宿題がないからって何ボーっとしてるの!あなたは常日頃からグダグダしてるんだから、こんな時にこそやらなきゃいけないの」
「でも…」
「でもも何もありません!どうしてもって言うならこの漫画捨てちゃうから!」
「わかった!やるやるやるやるやる!」
自分の言葉よりも漫画一冊が大事なのかと思うが、とにかくやる気を出せばよしとばかりに目を爛々と輝かせる。
(まったく、こんな事が何度も何度も起こる訳がないじゃないの!そんな事ぐらいでどうして我が子がつまずかなきゃいけないの!本当、あの調子だとよその子たちはみんな甘ったれてるんでしょうね!このチャンスを生かさなくてどうするの!)
もしこの時琴美が鏡を見ていたら、血が一気に降りたかもしれない。
自分では憤っているつもりだったが、この時の彼女の口は緩み切っていた。
元々この不出来な息子に頭を悩ませていた彼女は少しでも学問を積ませねばならぬと躍起になっており、元から厳格だった武野教太郎を好いていた。その武野教太郎の突然かつ無念であろう死もまた利用できるかもしれない—————それを意識していたかどうかはともかくこの時の彼女は千載一遇のチャンスをつかんだ気になっており、自然と口元に現れていた。