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ハッピー・テロリスト  作者: ウィザード・T
ターゲット3 グッドクラフトマン・バッドティーチャー
18/36

ブロー・ザ・サシミ・ドリンク・ザ・スープ

 葬儀の日。


 古元紅太郎は親方の伝手で借りた喪服を身にまとい、葬儀の主催である外澤と言葉を交わしていた。

 多くの人間が故人の思い出話にくれる中、福田悠一も礼服の代わりになると言う事で学生服で来ていた。


(似たようなもんだよ……)


 啓二からはアイドルのコンサートかよと言われたが、実際そんな差はないと思っていた。



 それに、自分が何とかここに追いやった紅太郎が立派に父親を悼んでくれるか心配でもあった。


「ったく、こんな高校生に心配されるなんてよ……」

「心配ですよ」

「どうひいき目に見ても土木作業員のあんちゃんにVIP席なんか要らねえっつーの、外澤さんとの約束通り一般弔問客扱いだ、お前と同じな」

「でも店の皆さんは紅太郎さんに親切でしたよ」

「お前があそこまで心配するからよ、あんな親父でもお前や店の皆々様からしてみりゃスーパーヒーローなんだろ、そのご機嫌を取って何が悪いんだ」

「親方さんだって行って来いと言ってくれたんでしょ」

「そうだよ、ったく見知らぬ人間のはずの親方まで魅了するんだからな、お前は本当にすげえ奴だよ」




 軽口を叩きながらモブ弔問客としてやる事をやった古元紅太郎は、悠一を葬儀場の裏手に招いた。

 悠一の足取りの軽さに紅太郎がため息を吐くと、薄ら笑いを浮かべながら裏手に向かって手を振った。

「外澤さん?それと…」

 そこから出て来たのは、葬儀の主催である外澤と悠一に一について話してくれた常連客だった。


「福田さん……四代目は紅太郎さんの扱いを間違ったと何度も言っておりました」

「俺にも言ってましたよ」

「どうせ子どもの時から和菓子屋の厳しさを見ているから勝手に理解していると思い込み、それでつい手を抜いてしまったと」

「はあ…」

「それで紅太郎さんはわかったんです、ハッピー・テロリストが一さんを殺した訳を」

「わかったって!」


 ようやく紅太郎が一を認めてくれたと思っていた悠一は声を荒げるが、三人とも実に冷静だった。

「俺を甘やかして失敗したから、外澤さんには厳しくしたんだ」

「羹に懲りて膾を…吹く…?」

「そうかもしれません。しかし私が六年間、どんなに頑張っても頑張ってもまだ無理まだ無理しか言わず、この人は私を認めたくないのかと思いました。

 一度あの日の前にそれを言ったら何を慌てふためいてるんだって怒鳴られまして、めちゃくちゃ早口で何を言っているのかわかりませんでしたけどとにかく私にはそんな資格などないと言わんばかりでした」

「でもこんな和菓子屋の五代目なんて」

「そうです、確かに厳しい物です。ですがこっそり、四代目に内緒で見聞した外澤さんの菓子は十分茶会に堪えるそれだと思いました」

「言わなかったんですか」

「言えませんでした、とにかくここ数年の四代目さんは荒れてたので、下手に言うと外澤さんにも迷惑がかかりそうで」



 古元一と言う人間が文字通りの職人気質であり、妥協を許さない人間だと言うのは予想通りだった。

 だがその上でなお、外澤に辛く当たっていたのは悠一に取り予想通りであり予想外でもあった。



「息子の失敗を鑑みて厳しくした結果……私はあんな酷い言葉を四代目にぶちまけてしまった。

 と言うか、私が四代目を殺して逮捕されればこれで紅太郎さんが五代目ですねとか言うのを堪えられただけでも社会人として成長できたなと思いましたよ」

「そこまで追い詰められていたんですか」

「ああ。残念だけど一人しかいねえ息子と、たくさんいる部下の職人を間違えた親父は本当の馬鹿だよ。ましてや外澤さんなんて生粋の和菓子屋でも何でもねえサラリーマン。それこそいくらでも替えのいる存在に過ぎなかったって事をすっかり忘れちまってたんだよ、あのバカ親父」







 ————————————————————もしこのまま古元一を放置していたら外澤の我慢は限界に達し、外澤は最悪一を殺したかもしれない。

 でなくとも一が外澤に愛想を尽かすより先に外澤が一に愛想を尽かしたとなればそれこそ店は成り立たなくなる。




 羹に懲りて膾を吹くのは笑いごとだが、膾を吹いて凍らせて羹を全力で啜るのは笑いごとではない。


 だがそれを実際にやろうとしてしまったのが、古元一だと言うのだ。


「そんな……」

「でさ、決めたんだ。俺が五代目やるよ。それが親父の望みだろ」

「そんな!」

「それでその五代目の権限で外澤さんを六代目にする、これでいいだろ」

「それは違う!あくまでも一さんは立派な菓子職人としてこの店を盛り立て皆さんに納得してもらえるそれが出せると認められ!」

 悠一の口を、細くはあるが芯の通った手が塞ぐ。長年にわたり古元一の茶菓子を愛用していた、常連客の男性。


「悠一さん…これもまた、大人の話かもしれません……」

「だからって!」

「四代目は確かに職人としては超一流だったけど、師匠としては三流以下だった……それが悲しいけど現実なんですよ……」




 ————つまり悪人ではなく、罪を犯した訳でもなく、これから全てを乱すと思われたからこそ殺されたのか。




「人は皆死刑を宣告されている、執行日を知らないだけで……」

「人間が勝手に決めるなんて傲慢だと思いますけど。それにこれでは無能な人間は皆死んでも構わないと……」

「悠一さんのような人がいる限り四代目様は幸せです。私だって悲しいですけど、四代目様にとってはこれが一番いい終わり方だったのかもしれません」


 ヴィクトル・ユゴーの言葉を投げかけられた悠一は、気力を失ったかのように体を引きずっていた。

 彼らは皆、その言葉に同調するように泣きながらも飲み込んでいる。その事実が、福田悠一と言う高校一年生にはハッピー・テロリストの光弾よりも強烈な一撃だった。







 その後、古元一の和菓子屋はその時の言葉通りの処置が行われ、店には相変わらず客が来ていた。


 だが


「兄ちゃん、なんであそこ行かねえんだよ、あんな熱心に通ってたのに」

「俺は改めて決心したよ、警察官になりたいって」


 その店に来るようになった福田と言う姓の男子高校生の下の名前が悠一から啓二になった事、それだけは変化であると言えた。

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