ミホノブルボン・アンド・オグリキャップ
「親父…んな事やってたのかよ…ったくとんだバカ親子だぜ…」
悠一の言葉を聞かされた紅太郎はヘルメットに右手を当ててうつむいた。
父親の葬式にもまともに行く気もない親不孝息子のくせに親まで巻き込みながら、こちとら暇を盗んで聞いてるんだぜと言いたげに目を動かす。
「でもバカって!」
「バカはバカだよ。和菓子バカとかって言う体裁のいいもんじゃねえ、ただ賢くねえって意味のバカだ。親父がんな風に俺に怒鳴ったのはいっぺんだけだ、まだ四つの時におふくろが亡くなって泣き疲れてそのまま寝ちまって派手に寝小便した時だけな!」
改めて、紅太郎をどう一が扱って来たのかわかる話だ。
高校でも四代続く和菓子屋の息子だと言う地位を鼻にかけまともに修行などせず遊び歩き、高卒後なんとなく転がり込んで五代目になれる気分でいたのにすぐ修業を投げ出し現在の親方に拾ってもらえただけと言う人間に紅太郎を仕立て上げたのは、どう考えても一の責任だ。
「俺は自業自得としても外澤さんにまで迷惑をかけやがって、ったく見下げ果てた親父だよ。ああ親方と外澤さんがどうしても出ろって言うなら出てやるけどさ、香典には四千円しか包めねえからな」
「………………」
「そんな暗い顔しやがって、どうしても出ろっつーのかよ、親父が死んで悲しかったって言えばいいのかよ、あーあ……」
「自分のためじゃないんですね」
悠一がひどく冷めた紅太郎の言葉に言葉をしまい込むと、紅太郎は急に別の部分をむき出しにして来る。悠一が目を吊り上げて紅太郎の中途半端な答えに絡み付くと、紅太郎は右手をチョップの形にして悠一の前に突き付ける。
「あのさ、外澤さんが親父に何されたか知ってんのか?ぶっちゃけ俺ぐらい冷めてるならまだしも、外澤さんほどその気になってた存在をつっけんどんに扱うなんて親父はやっぱりやる気なんかねえんだよ」
「やる気がない人があんなに認められるんですか」
「あー、お前ガチャを天井まで回す気か?ウルトラレアなんぞ入ってねえぞ俺には」
「回したいですよ」
ソーシャルゲーム的な言い方で話しても無駄だと言った紅太郎に、悠一がさらに噛み付く。二人してソシャゲなんぞまったくやらないが、それでもその知識だけは存在していた。
「親父は表向きには朝六時から起きて仕込みやってるしその姿を見せ付けてる。俺に取っちゃそれが日常だった。最初は大変な仕事だと思ってたけど、今となっちゃ正直ポーズにしか見えねえ。ガキん時から俺にそういう姿を見せればうまく行くと思ってたんだろ、だがさっきも言ったようにんな日常茶飯事を見せられた所で気合なんか入らなかった。肝心要の実践教育もせいぜい週に一度一時間。これが五代目候補にする態度だったと思うのか、っつーかお前マジで親父が俺に五代目を継がせようとしてると思ってんのか」
「思ってると外澤さんはおっしゃってました!」
その悠一に紅太郎が天井ガチャの結果を見せてやったからいい加減黙れと言わんばかりに連続攻撃をかけるが、それでもこの後の葬式にと言う訳で強引に休まされ寮に半ば押し込められていた紅太郎に悠一もいくらでも突っ込んでやると言わんばかりに迫る。
親方のお墨付きですからと言わんばかりの、実際その通りである彼は目の前の男に向かって笛を吹きまくる。何とかして古元一と言う自分が尊敬する人物がいかに優秀で、いかにハッピー・テロリストなどに狙われるのが間違いであるかを認めさせたくて仕方がなかった。
「……ハッピー・テロリスト、か……確かに俺を狙わねえ時点でそいつらはただの無差別テロ集団だろうな、と言えば満足するか」
「逃げるんですか」
「まさか。お前はハッピー・テロリストが俺の言う無差別テロ集団であれば満足か」
「満足ですよ」
悠一の最も混じりけのない本音はそれだった。今までの事件の事を知った上でそれらは全てたまたまに過ぎず文字通りの非道な殺戮集団である、そう認めてくれればそれで良かった。
「何か親父にそこまでイレ込む理由はあるのかい?」
「お菓子が美味しかったし、話も面白かったんですよ」
「へぇ、何の話だよ」
「競馬とかです。
一さんが言ってましたよ。
ミホノブルボンとか言う馬はめちゃくちゃ早くて強かったけど、その親のマグニテュードは全然ダメな奴だった。一方でオグリキャップは本当に強くてかっこよかった、でも親父としては全然活躍できなかった。まあどっちも、詳しい奴に教えてもらったんだけどな……と」
真面目な高校一年生様である福田悠一にとって、競馬とか言うギャンブルの知識は一がこぼしてくれたそれ以上はない。
全く未知の世界の話であったから、悠一にとって実に興味深かった。他にも修業時代の思い出や若いころの流行歌、早くに亡くなった妻の思い出や先代の話。紅太郎の話をする時は不出来だと言いながらも子供の時の思い出を語りもした。
「なるほどな、わかったよ」
「そうですか!」
「葬式には出てやる。それでいいか」
「ハイ!」
福田悠一は得意満面になるのを覆い隠しながら、古元紅太郎の手を握った。




