クラフトマンズ・デイリーライフ
土ぼこりが目立つ地。
五階建てのビルの建築現場で悠一はじっと立っていた。
「何でい兄ちゃん」
「あの、古元紅太郎さんって人を探してるんですけど」
「おお紅太郎か、ちょっと待ってくれや」
和菓子屋の跡取り息子がいるとはとても思えない場所で、福田悠一の手により紅太郎と夕暮れはどっちが早いかと言う奇妙な競争が行われていた。
「んだよ、さっき親父んとこの皆様が来たと思ったら今度は誰だよ」
「僕は福田悠一って言う、ただのお父さんの常連客です」
「常連?かぁーっこんな奴が息子だったら親父は大喜びだったろうなぁ」
で、その競争に勝利した古元紅太郎と言う坊主一歩手前のベリーショートヘアでタンクトップを着てツルハシを担ぎやけに黒く焼けている肌を見せ付ける男と、和菓子屋の五代目とか言う言葉は真反対にもほどがあった。
「なぜここにいるんです」
「俺はもう親父から破門されたんだよ、っつーか家出してここで親方に拾ってもらって飯を食わせてもらってるんだ、あの店がどうなろうが知った事かって言うかどうにかする権利はねえっつーの」
「破門…………?」
「そうだよ破門だよ」
破門と言う言葉に引っかかった悠一は語尾を上げる。
破門と言う言葉は、もちろん温かい物ではない。だが破門と言うのは師弟関係のそれであり、親子ならば「絶縁」とかだろう。間を置く事によりその疑問を差し挟もうとする悠一に対し、紅太郎は抑揚なく破門と言った。
「俺だって五代目候補様だった、和菓子ぐらい作ったさ。だが親父はこんなもんが出せるかってさ、あ、これで終わったなと思ってそれで家を出てさ、今こうしてここにいる訳よ」
「お店の方々にもそう言ったんですか」
「言ったよ。でも外澤さんって人は親父はどうしても俺に戻って来て欲しいんだって言ってたけどよ」
「って言うか行かなくていいんですか!お父さんが亡くなったのに!」
「いいんだよ、行っても迷惑なだけだ。葬儀は一応出てやるがあくまでもモブとしてだ。俺はもうあの店の人間でも何でもねえ、迷惑なだけの存在だ」
紅太郎は悠一の訴えにも耳を貸そうとしないまま、話は終わったとばかりに現場に戻って行った。
「あそこまで情のない人とは思えないけどな……」
その紅太郎を拾った親方さえも、一の死に何も動かない紅太郎にため息を吐いていた。
確かにもう八年間工事現場で働きすっかり第二次産業従事者としての姿が染み付いているとは言え、それでも紛れもなく古元一の息子である存在。
それがすっかり和菓子職人の息子としての姿を捨ててしまったのはともかくとしても、親子の情まで捨ててしまったのはあまりにも寂しい。
親がダメ人間ならばいさ知らず、万人に慕われる立派な人物。それがどうしてここまで憎まれ、いやぞんざいに扱われねばならないのか。
「破門とか言うけど何をやらかしたんですかね」
「さあな、口では親父の企業秘密をばらしたとかって言ってるけどありゃ大ウソだね。近所の和菓子屋とか回っても一さんのようなそれを作ってる奴いないからよ。
そんでこの前同僚に言ってたんだよ、和菓子作りでんなもんがお客様に出せるかと言われたからだって。あと昔っからいずれは五代目様になるんだって威張り散らしていたからそれがいけねえんだとも」
紅太郎が言いふらしているそれを真に受ければ破門と言うのも合点は行くが、その証拠が薄い。
そして紅太郎が仲間に言った「本当の理由」は、確かに問題はあるが破門とか言うにしては軽い。
あんな厳格そうな人ならそれぐらいは言いそうだし、息子だからと言って手加減しそうには思えない。
(あ…)
いや、厳格ではなかったのかもしれない。
古元一と言う男が紅太郎に対し厳格でなかった理由に対し、思い当たる節があった。
「紅太郎さんのお母さんは紅太郎さんが五つにならない内に亡くなったんです」
「そうかよ!…まあ一応知ってたけど、まだ四つと言えば甘えてえ盛りだろうに、それで……」
「……かもしれませんね」
一は三十七歳と言う年齢でやっと授かった上にすぐ母親を亡くした紅太郎を、溺愛してしまったのかもしれない。
その結果五代目と言う地位を鼻にかけるくせにちっとも腕前はついて来ないような人間になってしまい、それで紅太郎を放り出したと言うのか。
だがそれはある種の矛盾であり、ずいぶんな話であった。確かに四歳で母親を亡くしたと言うのは同情に値する話だが、それでもと言うかなればこそ紅太郎は和菓子屋の空気にどっぷりと浸かっていたはずだった。
実際、紅太郎が「破門」されたきっかけになったのは六年前、高校卒業以前から大して気合も入れさせられていなかった和菓子作りを一に二日ほど付きっきりでやらされた挙句一が紅太郎に「んなもんが人様に出せるか」と言う紅太郎に言った通りのセリフをぶっつけられたからに過ぎず、それきりまともな連絡も取っていない。
許さんとさえも言っておらず、文字通りの没交渉。一応一の部下が何度が来ていたが、一自身は一度も足を運んでいない。
それが、まごう事なき現実だった。




